裏:とある後宮妃がニヤける理由
「それでは鵬姜様、おやすみなさいませ」
侍女が出て行くと、部屋は静まり返る。おかげで、今日一日にあった刺激的なあれやこれやを思い出してしまう。
今し方去って行った侍女の顔が脳裏に浮かぶ。
しかし、浮かぶ顔は曖昧でハッキリとしない。よくよく考えたら、彼女達の顔を細部まで思い出せるほど、まじまじと見たことなどない。
「侍女に対してあんな風に思ったことないわね」
巫女が、侍女に平民の宮女を選んだ。
その選択にも驚いたが、その際に宮女に掛けた言葉にも声を失った。
『私は菜明が嫌がることはしたくないし。でも、もしこれからも一緒にいても良いって思ってくれるんだったら、全力で冬長官でも皇帝陛下でも説得するよ。私は、菜明に傍にいてほしいな』
まさか、たかが侍女――しかも平民の宮女――のために、陛下に訴えるとまで言うとは。侍女がいてほしいとは思うが、彼女のように特定の誰かに対して、いてほしいと思ったことはない。
自分が不利になるようなことをしない、仕事をしてくれる娘なら誰でも良い。
なのに、彼女ときたら……。
「そんな彼女が、私をお友達って……」
さらりと言われた彼女の言葉。
後宮に来て、充媛となって、自分に対してそのようなことを言った人ははじめてだった。
「お友達……ふふっ、お友達ですって」
自然と口元が緩んだ。
もらった飴は、巾着のまま引き出しにしまってある。父親から買ってもらった首飾りや、母からもらった耳環やら、大切なものばかり入っている侍女にも触らせない場所。
「本当、変わった人。それに、料理までするなんて」
料理など使用人や平民がするもので、高貴な身分の者がするものではない――と、ずっと思ってきた。
身分の高い女性は働くものではない。他人にかしずかれていくらだ。もし、料理が趣味などと話せば、貧乏くさいと笑いものになるだろう。
「でも、とても美味しかった……」
温かくで、彩りが良くて、するりと食べやすくて。気がついたら完食していた。
後宮の食事は義務のようなもので、美味しいとか美味しくないとか考えたこともなかった。冷たくて固くていつも残していて、羹くらいしか食べる気がしない。
しかし、食べることで喉が守られるなら、これからはしっかりと食べなければ。
目を閉じると、黄金色の黒酢餡かけ卵と、ふるふる揺れる茶碗蒸しが脳裏に浮かぶ。
お腹がキュウと鳴いた。
「また、食べたいわ」
思わず美味しいと感想が漏れたとき、彼女はとても嬉しそうに頷いていた。
相手を喜ばせるのも、きっと友の役目だろう。
彼女なら、訪ねていけば受け入れてくれる気がする。
だって、侍女にただの宮女を選んだ規格外の人だから。
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