侍女は彼女にします
「何、しれっと席に着いてるんですか」
冬長官は、さっさと部屋に入るなり卓に置いたままにしていた料理を見て、即座に椅子に座った。
「残っているし、食べて良いんだろう」
菜明に箸とスプーンの催促をしている。
尋ねているくせに、食べる気満々のようだ。
「お昼も近いし、冬長官は食堂に行ってくださいよ」
「食堂は逃げんが、お前の料理は逃げるだろう。逃げるものは追わなければ」
「犬ですか」
菜明が、持ってきた皿とスプーンを冬長官ではなく、私へと渡してくる。
食べさせるかどうかは私が決めろということらしい。
(しっかりしてるなぁ)
菜明の立場では、主人である私と後宮の長である冬長官に違うことを言われたら、どちらの言うことを聞いても角が立つ。だから、これはとても賢い判断だ。
私が皿を持っていることに気付いた冬長官が、伸ばしてきた指先をクイクイと揺らす。
はやく食べさせろということか。
「俺は仕事で忙しい。今も、冬花殿にもう少し待ってくれと伸ばされた侍女の件について、こうしてわざわざ聞きに来てやっているんだ。ここなら話し合いながら食事も済ませられるし、実に効率的だと思わないか」
「いえ、食事は食堂でとってくださいよ。ここをなんだと思ってるんですか」
「固いことを言うな。食堂よりも近くて美味かったら、普通行くだろう」
「そ、その褒め言葉は素直に受け取っておきますけどね。でも――」
「分かった分かった。今度、欲しい食材をなんでもひとつ取り寄せてやるから」
「仕方ありませんねぇ」
皿とスプーンを渡した。
「あの……侍女を決めるというのは……」
もう帰ったと思っていたら、鵬姜様はまだ扉のところにいたようだ。
冬長官は卵を口に運びながら、「ああ」と気付いたように説明する。
「ここ白瑞宮には侍女がいないんだよ。以前、声を掛けて回ったが誰からも良い返事がもらえず、彼女に臨時で通いの侍女をしてもらっているんだ。だが、いつまでも臨時というわけにもいかないしな。そろそろ正式な侍女をと」
「なるほど。なぜ宮女がと思っていたら、臨時でしたのね。でしたら、私の侍女をひとり寄越しましょうか?」
「えっ!」と私と菜明の声が重なった。
「私の宮はここより小さいですし、今三人も侍女がおりますの。ひとり減ったところで不都合はありませんから。宮にいますし、呼びましょうか?」
「いやいや、急にそんなことを言われても……!」
厄介払いでもしたい侍女なのだろうか。そんなのを寄越されても困る。
突然の申し出に、私は手と首をぶんぶんと横に振る。
「それに……ゆ、友人でしたら、こうするのではなくて?」
「え、まさか私のためですか……?」
「それ以外に何がありますの!」
顔横に垂れる髪を指先でいじりながら、チラチラと視線を寄越す鵬姜様。
利己的な人だけど、やはり可愛い性格をしているようだ。
「冬花殿さえよければ、俺はそれで構わないが。元侍女なら教育の必要もないしな」
冬長官に渡された侍女候補の書類にのっている人達は、ほとんどが誰かの侍女だった。きっと、この世界について何も分かっていない私には、そういった侍女がふさわしいのだろう。
だけど……。
「鵬姜様、ありがとうございます。でも、もう決めてるのでお気持ちだけいただきますね」
彼女は、眉尻を下げて少し寂しそうに「そうですか」と言った。
「冬長官、私が選んで良いんでしたよね」
「そうだが」
冬長官は口端についた卵を手で掬い、パクッと口に入れながら頷く。
「だったら私、菜明を侍女にします」
冬花を除く全員が「は?」と言ったきり、時が止まったかのように硬直した。
「いっ……! いやいやいや何を言い出すんですか、冬花様!? それは無理というものですよ。私はただの平民の宮女で、今は臨時だからどうにかお仕えできていますが、本来であれば冬花様の御髪に触れることすらかなわない身分なのですよ!?」
「あ、ごめんね。嫌だった?」
「嫌とかではなくて! むしろ私もずっと冬花様にお仕えしたいですよ。しかし、それとこれとは話が別なのです。気持ち云々で解決して良いことではなくて……っ」
菜明はこれ以上下がらないだろうと言うほど、眉尻を下げて詰め寄ってくる。
「冬花殿、俺も反対だ。侍女という存在は、ただ身の回りを世話ができれば良いというものではない。侍女とは、主人の望みを叶えるために動く者のことだ。だから、侍女には身分が求められる。実家の資金力や人脈そして教養……すべてを駆使して主人の望みを叶えるために。当然、平民には無理だ」
「おかしいですね。冬長官は今さっき、私が選んで良いって言ったじゃないですか」
「い、言ったが……、それとこれとは別だろう」
さっきまで大口開けて料理をかき込んでいた、ただの食いしん坊でしかなかった男は、今や元の職務を思い出したかのように眼光鋭くこちらを威圧してくる。
どんな時でも置かれなかったスプーンが、今は卓に置かれている。
本気で忠告しているということか。
「私も、雷宗様の言葉が正しいかと」
鵬姜様だった。




