ツンデレ陥落
鵬姜様は、驚きの様子で茶碗蒸しの茶碗を手に取り、中を覗き込んでは首を傾げていた。茶碗が飴細工とでも思っているのかもしれない。
もしかして彼女、結構可愛い性格?
「この食事が飴とはどういう意味でしょうか。私には美味しい料理としか思えませんでしたが」
気付いてないみたいだけど、さらっと『美味しい料理』って言ってる。
私の中で、彼女はドジっ子属性つきのツンデレ姫様と認識された。
「菜明に渡した飴は、喉に良いハッカと麝香草という薬草を使って作ったものです。そして、これらの料理も喉に良いもので作った料理なんです」
まず卵は栄養価が高い。喉枯れでも風邪でも、身体に不調が出る時は、栄養不足で身体に元気がないときだ。また、卵は固さがないから飲み込みやすく、喉への負担も減らせる。餡を掛けたり、茶碗蒸しにしたのも同じ理由だ。とろみや出汁を加えることで、スルリと喉を通れるようになる。もし、喉を痛めているときならさらに効果的。
ネギもセリも生姜も栄養価が高く、なおかつ今回は細かく切って入れているため、舌触りの邪魔にならない。
「そして、今飲まれているお茶も、加蜜列という薬草のお茶で喉に良いんですよ」
「これも……」
茶器には、淡い黄色のお茶が注がれている。
彼女は興味深そうに眺め、ごくごくとひと息に飲んでしまった。
「薬草と言うから覚悟しましたが、控えめな花の香りで美味しいです」
気に入ってもらえたようだ。
「あくまで、のど飴は補助です。喉を守りたいのなら、ちゃんと栄養をとって、身体を元気でいさせることです。毎日毎食のど飴って馬鹿ですか。偏食どころの騒ぎじゃないですよ」
「ば……っ!? わ、私に……この、鵬家の宝と言われる鵬姜に馬鹿と……っ」
しまった。つい本音が……。
鵬姜様は、ただでさえ大きい目をさらに見開いて、口をわななかせていた。
菜明も手にしたお盆で口元を隠しているが、こちらを見る目が「あちゃー」と言っている。
まずったなと思いつつも、この際だからすべて言ってしまおう。
「きっと侍女の皆さんは言えないので、私が先に代弁しました。友人が馬鹿な食生活をはじめようとしてたら、普通止めますよ」
「ゆ……っ、友人!?」
「あ、失礼しました。私の立場は妃嬪の皆様と同じだと聞いたので、だったら友人かなーと」
上下関係ではないし、私は後宮妃ではないから同僚ともライバルとも違うし。
鵬姜様は、目を白黒させた次は頬を赤くしていた。忙しい人だ。
「飴ばっかり食べて生きていけると思います? たとえ喉が枯れなかったとしても、栄養が偏りすぎて顔は土気色になるし、痩せて肌のハリはなくなるし、最後には腹に力が入らなくて声すら出せなくなりますよ」
「それだけは嫌ですわ!」
「だったら、飴だけに頼らず食生活から意識してくださいね。後宮の食事って、冷めてますけど、飴よりかは栄養ありますから」
味は置いといて。
懐から小さな巾着を取り出して、彼女の掌に乗せてやる。
「な、なんですの、これは?」
「のど飴です。いざという時にでも食べてください」
そんな緊急事態で食べるものでもないのだが。
彼女にはこうでも言っておかないと、すぐ追加をもらいに来そうだなと思った……のだが、巾着を懐にしまう手つきが思いのほか丁寧で、多分大丈夫だろう。
鵬姜様は用件は済んだとばかりに席を立ち、出て行こうとする。
しかし、扉の前で足を止めた。
「あ……ありがたく、もらっておいて差し上げますわ」
僅かに振り返り、肩越しに告げられた言葉は声が小さくて聞き取りにくかったが、赤い耳を見て察した。
私にはもう「ありがとう」としか聞こえなかった。
「ちゃんとお昼ご飯食べてくださいねー」
さて、これで一件落着だと気を緩めようとしたその時、「キャア!」という彼女の悲鳴が響いた。
「どうしました、鵬姜様!」
扉の外を見て固まる彼女へと駆け寄ったが、彼女が見上げている者を見て、私はうんざりした。
鵬姜様が、先ほどよりも顔を真っ赤にして彼の名前を呼ぶ。
「ら、雷宗様がなぜこちらに……!」
扉の向こうに立っていたのは、鵬姜様に負けず劣らずの美人。
「お、部屋から良い匂いがするな。ちょうど良い時に来たかな」
「ちょうど良くないです」
ひとつ問題が片付いたと思ったら、問題事しか持ち込まない男がやって来た。




