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第34話 初めての届け物

 あたしは慣れていないため、フラフラ降りていく。

 なんとか地面に降りるが、上空から見たよりも、生活感に溢れていた。


 20軒程度の集落だが、水は豊富、木々には果物がたわわに実り、他に干し肉、魚の干物など、常備食材が各々の家庭で作られている。家の前には小さい畑も作られて、ザ・スローライフ!


「こういう暮らしってちょっと憧れるかも」

『そう? 私はクッキーがないと生活できないわ』


 いつもさまざまなクッキーがテーブルに並んでいたが、それぐらい好きだったのか……!

 <リルリアはクッキーが好き>と頭のメモに書き込んでいると、抱えていたシラチャが目を覚ました。


「……ついたのー?」


 もこもこの手で目をこすっている。

 顔を洗うこすり方じゃなく、眠いからこすっている手の開き方!

 わかるかな、この手の開き方!! めっちゃかわいい!


「サエー、ねぇ、ついたのー?」


 寝起きだからか、少し涙目で見上げてくる。

 思わず頬擦りしながら、ついたよーと答えるが、シラチャからグウと聞こえてきた。


「おなかへっちゃったー」


 へへへと笑うシラチャのお腹をなでやる。


「お家届けたら、近くの河原でサンドイッチ食べよ」

「うん!」

『それ、いいわね』


 地図を見ると、目の前の家が依頼主のようだ。

 右隣に真新しく切り開いた土地と、土台、そして家に貼られていたものと同じ魔法陣が貼ってある。


 あたしは改めてサインをもらう用紙を確認してから、ドアノッカーを摘んだ。

 ツノの生えた獅子が丸い輪をくわえたものだ。

 それをドアに向けて、ゴンゴンと叩く。


 少し間をおいて、ドアの奥から『どなたですかー?』と、女性の声がする。

 あたしは名乗ろうとして、声が出ない。

 何て言えばいいんだ?

 振り返ると、リルリアが笑う。


『ホールネさんのお宅でしょうか。こちら、ご依頼の家を運んできた、宅急便魔術師です』


 リルリアの大きめの声は、凛として、よく通る。

 それを聞いた女性は、あらあらと言いながらドアを開け始めた。音で様子が見えてくる。

 いくつかの鍵を外す音を聞きながら、あたしとリルリアはドアから一歩離れて待つ。


「……なんだ、それでいいんだ」


 小さくこぼしたつもりだったが、リルリアが肘でつついてくる。


『逆になんて言うと思ったのよ』


 答えようと思ったら、古びているが、とても大きなドアが開いた。

 開いた先にいたのは、ぽっちゃり体型のお母さんだ。

 年齢は40代後半ぐらいだろうか。おおらかで、優しそうな雰囲気がある。


『ごくろうさまです』


 そう言いながらも、彼女はあたしとリルリアを見て、少し驚いた顔をする。


『こんにちは、宅急便魔術師のリルリアです。こちらは、サエ。今回、サエが大切に運ばせていただきました』


 慣れた口調で自己紹介と、あたしの紹介までサラッとリルリアがしてしまった。

 あたしは慌てながら頭を下げ、フードを外す。


「え、あ、こんにちは。……あの、えっと、先に家を確認していただいてから、サインを……」


 リルリアに言われたとおりの手順を伝えると、ホールネさんは急に笑い出した。

 大声ではなく、でも、あたしたちに笑っているわけではない、そんな笑い方だ。


『ごめんなさいね。まさか、あなたみたいな幼い子に運ばれてくるとは思ってなくって……。なんか、もっとごっついおじさんが運ぶんだって思ってたの! 誰もそんなこと言っちゃいなかったのにね。だから、ね、なんかおかしくなっちゃって……』


 自分の想像と違いすぎたことに笑っているようだ。

 ちょっと、わからなくもない。

 本当に意外すぎたのかもしれない。


 ホールネさんは、目配せしながら歩き出した。

 ついてきてと言っているようだ。


 思った通り、隣の空き地につくと、手のひらほどの魔法陣の紙を、目印がされた箇所へと置いた。


『これで大丈夫よ。……それじゃあ、家を出してもらえるかしら』


 笑顔で頷いたが、あたしはリルリアを振り返る。どうやってだすの!?

 リルリアは無言で、握り拳の手のひら側を合わせ、右手を持ち上げる。

 ……カバンを開けろ、って言ってるのか。


 肩掛け鞄から、家の入ったアタッシュケースを取り出す。

 小さなアタッシュケースも小石のように軽い。

 ケースの取手を挟むように、小さなつまみがある。それを回すと、カチンと音が鳴った。鍵と蓋のフックが外れたのだ。

 ちゃんと外れたのを確認して、あたしはバッとカバンを開いた。


 一瞬、目を瞑ったが、煙が出ることも、風が起きることも、土煙が起こることもなかった。

 ただそこに、家が建っている。

 元からあったように、家が建っている───


「……すご」


 思わず漏れた声に、シラチャが反応する。


「びゅん! って、いえでてきた。びゅん!」


 シラチャにはそう見えたようだ。

 ホールネさんにも同じように見えたのか、口を開けたまま、声も出さずに見上げている。


『母さん、家、届いたの?』


 奥の森から走り寄ってきたのは娘さんだろう。

 カゴいっぱいにりんごを積み、背負ったまま走ってきた。

 体型はホールネさんと比べると、縦はいっしょで、横は半分ぐらい。目元がとてもそっくりだ。


『……うん……お父さんの、…最後の家、……届いた……』


 ようやく言い切ったホールネさんは、大粒の涙をこぼしながら、地面に膝をついた。

 手で顔を覆い、声をころして泣いている。

 娘さんも同じく目を潤ませるが、ぐっと手の甲でぬぐうと、娘さんが母親の肩をかかえて、立ち上がった。


『……えっと、家の確認、したほうがいいですよね? 届けてもらった確認』


 はいと、返事をすると、2人のつま先は、新しい家へ向いた。

 すぐに娘さんは振り返って、


『よかったら、確認を……』


 言いかけた言葉を飲んで、言い直した。


『……この家のこと、自慢、させてくれませんか?』


 あたしとリルリアは、「よろこんで」言いながら、2人の元へ駆け寄っていく。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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