第30話 続・集荷物は要望容量を守って、正しくお運び下さい
焼きたてのチーズナンと、スパイシーなカレー!
まさか異世界で本格インドカレーを食べられるとは思ってもみなかった。
やっぱり、ナン、おいしい……!
でもこのバターチキンカレーのチキンのほろほろ具合もたまらない。
おいしすぎる……!!!!
「ぼく、ナン、おかわりしたーい」
「食べ切れる?」
「ぼく、たべれるー!」
手で食べられる料理だと、シラチャは気兼ねなく食べられるみたい。
両手と胸毛と口周りがすでに黄色いけれど、見なかったことにする。
「ね、リルリア、ここの都は、大陸の中心っていうじゃない。その、大陸はどれぐらいで、国はどれぐらいの広さなの?」
リルリアはもごもごと口を動かすが、ラッシーで口の中を流したあと、胸ポケットから本当に大きな地図を取り出した。それを見やすい程度に折り畳み、この国のあたりを切り抜きだす。
『この世界は6つの大陸に分かれてて……、その中央あたりにある、これ、この大陸が、ここ。で、国が、このくらいで、都がこの辺』
油で濡れた指で示してくれた場所は、ユーラシア大陸みたいに大きかった。
国はざっくりと中国の半分くらいの面積だろうか。あくまで、地図で見た感じ、だけど。
イメージは、大きな大陸の大半を支配しているぐらいだったけど、そんなことはなかった。
見れば、都がこの大陸の中央寄りにあるだけで、他にもたくさんの国が存在している。
確かに、リルリアも隣国からって表現してたっけ。
地図をなぞっていくと、大きな山脈と、大きな河が国の境になっているのがわかる。
峠があるってことは、国間の移動はかなり険しいのだろうか。
そもそも、この都のあたりが平坦なだけで、他のエリアは、山や谷が多く見える。
『サエ様、ここのあたりがわたしたちが住む森ですよ』
「へぇー! もう少し移動したら海もあるんだね」
『海まで行くには、徒歩だと4週間は見た方がいいかと』
「あーーーー。距離感がもう、わかんない。徒歩の意味もわかんない!」
シラチャは地図を見たが、ふーんと唸っただけで、追加のナンを食べている。
銀の小さめの器に入ったカレーをナンできれいに拭き取る姿が、めっちゃかわいい!
ちまちまと食べる姿を微笑ましく眺めながら、まだ温かいあたしの豆カレーを差し出した。
でも、無言で突き返された。基本、肉食なんだな、シラチャ。
『パイセン、都がここでしょ? で、この北領土と西領土には領主がいるんだ。南と東は同盟国が繋がってて……。今問題になってんのが、西の領主ね』
ソーロスが細い指でスルスルとなぞってくれたが、意外と西も遠いイメージ。
その西領土をよく見ると、温泉街と村が3つある。
『ここは温泉街があるから、観光業で栄えてるんだよ。でも温泉に入れるの人間だけなんだよね。昔はいろんな種族、オッケーだったらしいのにさー。これもどうにかしたいんだー』
この国の制度はよくわからないけれど、この都が政府みたいなもので、領主が地方都市、みたいな感じなのかな?
これがここだけのやり方なのか、この世界のやり方なのかもわかんないけど、これだけ大きくまとめてるなんて、ソーロスの仕事は大変そう……
『パイセン、どうしたんすか? ここのアップルパイ、めっちゃ美味いの! 食べてみない?』
強引に勧められ、カレーを食べ終えたあとにアップルパイを堪能。
『サエ様、このアップルパイ、シナモンの具合がいいですねぇ〜! これは美味!』
ウードさんはとても気に入ったようだ。
シラチャもバニラアイスと一緒に食べれて大興奮している。
「サエ、これでおうち、もっていけるね!」
そうだったよ。
今日はご飯で終わりじゃなかったんだよ……
給仕のお姉さんに見送られて、あたしたちは一番奥にある集荷エリアへとたどり着いた。
そこには本当に、家が、ある。
『サエ、これよ』
「誰かがここまで運んできたの?」
『違うわ。ここに建てたの。それを運ぶのよ』
「……え? 住みたいところに建ててもらった方が良くないです?」
『さぁ? 色々経費と時間や、有名な大工を雇おうと思ったら、ここで建てて運んだ方が安上がりだったみたい。……じゃあ、始めましょうか』
リルリアは小さめのアタッシュケースをどこからか取り出した。
『これに、入れてみて、サエ』
エスパーさんでも入れませんよ、A4サイズですもん。
『無理だと思ってるでしょ』
「そりゃあ、はい」
『じゃあ、サエ、周りを見てみて』
言われた通り、辺りを見渡した。
ここは一軒家の他に、木材も多くある。さらには毛皮の束や、干し肉の山も。
だがそれらの荷物が瞬く間にどんどん消えていく。
その荷物があっただろう場所には、伝票を渡され歩き出す人が。
間違いなく、ローブ姿の魔術師だ。
「……手品みたい……」
「パってきえちゃうねー!」
シラチャとほへーと眺めている暇はなかった。
改めてアタッシュケースを手渡される。
『これはかなりの容量を耐えられる魔法鞄。で、運びたい物には魔法陣がつけてあって、この鞄に運びたい物と同じ魔法陣をつけることで、鞄の中に荷物が移動するって仕組み。だけど、そのカバンの中が狭ければ、荷物は入らない。容量は魔力によって決まるけどね。さ、魔術はイメージ! 大きな空間をイメージできれば、サエの魔力量なら、すぐに移動してくれるはずよ』
魔術はイメージか。
想像の力が強いと能力が高まるものって、素敵だなって思っちゃう。
しかし、この家が入る大きさ……
うーん、体育館は小さいな。
地元の文化ホール……なんか天井が低い気がする。
もっと大きいもの……大きいもの……
「あ、野球のドームはどうかな……」
言いながらあたしは、小学生のころに、見学にいったのを思い出していた。
選手が休む場所や、売店、それこそグラウンドの中も少しだけ歩いた気がする。人工芝を痛めないように、本当に少しだけ。
お昼はドームの周りにある公園で、あたしはコンビニ弁当を食べた、そんな気がする。みんなは手作りのお弁当だったけど。
そういえば、説明をしてくれたお姉さんの話で、使わなくなった球場に、モデルハウスを建てたところがあると聞いた。だから野球場には、家が何軒も入ると。
ただっ広いグラウンドを眺めながら、いくつも並ぶ家を想像してみたっけ。
瞬間、家が消えた。
「………え」
「サエ、おうち、なくなっちゃったねー」
やっぱりあたしの勘違いじゃない。
家が、消えてる。
どういうこと!?
焦って振り返ると、リルリアとソーロス、ウードさんまで、手を叩いて喜んでいる。
『サエ、できたじゃない!』
『お見事です、サエ様』
『やっぱ、魔力の量があるとちがうねー、パイセン』
どうやら、この空気のように軽いアタッシュケースの中に、家が入ってしまったらしい。
『あとは、1日過ごしてみましょ。物を入れている間、魔力を消費続けるのよ。これだけの大きいもだと、魔力の消費が多いから、どれぐらい保つか、みてみないと』
「魔力切れしたら、家、壊れたりしない!?」
『ないない! 魔術師に何かがあって運べなくなることも想定内。だいたい大集荷場の荷物は保険がかかってるから、ちゃんと元の場所に転送されるようになってるわ。安心して!』
何を安心しろっていうんだい。
なんかもう、体がだるい。そんな気がする。気がするだけだけど。
そんなあたしの気持ちをよそに、職員らしいお兄さんがすっ飛んできた。
『今、これ、あなた、いれた?』
カタコトなのに驚きながらあたしがうなずくと、リルリアが割って入る。
『私と共同で宅急便をすることになったサエ。どう? これだけ運べれば、仮、もらいたいんだけど』
リルリアの顔をみて安心したようだが、すぐにずり落ちたメガネをかけなおし、お兄さんは、少し首を捻る。
『たしかにリルリア様と共同の方でしたら……あ、他の登録は?』
『してないわ。ここが初めて。でも、家を運べる魔術師は、貴重だと思うんだけど』
それはそうですが。言葉を濁すお兄さんに、少し同情したくもなる。
きっと素性の割れていないあたしをどうしたらいいか、とっても迷ってる。
──リルリア様はお得意様だが、こいつは違う。
目つきがそう言ってる。
わかる。あたし、空気、読める。
ローブの袖口を握り、俯いていると、お兄さんは小さく息をついた。
『……わかりました。リルリア様のお墨付き、なんですよね……?』
『もちろん! サエは特級魔術師になる子よ。私が育てるし』
『それであれば、本日、仮資格を。明日、安定の状況を見まして、資格を発行いたします。……こちらとしても、大型のものを運んでくれる方は、多い方が助かりますので……』
職員のお兄さんは、にぶく笑いながら、胸ポケットから灰色のカードを取り出した。
さらさらと胸元のペンで書込み、手渡される。
『仮の資格カードです。今日から温泉やサウナなどの公共施設は半額で使えますよ』
受け取ったあたしは、とっさに隠れたシラチャとウードさんにカードを見せる。
あたしの右肩と左肩から2人は顔を覗かせ、手を叩いてくれた。
『さすがです、サエ様! もう取得は目の前ですね』
「やっぱり、サエはすごーい」
そこに顔をよせてきたのはソーロスである。
『パイセン、明日取得したら、リルリア越えっす!』
「それはちがうしょ」
『いいえ、正しいわ。私は取得するまで3日かかったの。その頃は面倒な手続きが多くてね』
『楽しみっすね!』
ソーロスも喜んでくれているようだ。
親衛隊たちから、早く帰りたいという空気が鎧から発せられているのを読み取ったあたしは、ソーロスに尋ねてみた。
「ソーロス、午後から会議とか大丈夫?」
『え? ……あ、やば!』
ドレスにつけてある懐中時計で時間を見ると、ソーロスは慌てだす。
『パイセン、明日の朝も行くんで! じゃ!』
本当に会議か何かがあったようだ。
『私たちも、家に戻りましょうか』
リルリアの声に合わせ、あたしたちは帰路へとついた。
無事に家に着いたあたしは、すぐに部屋にあがり、ベッドに寝転がる。
「なんかだるーい」
「ぼくはおなかいっぱーい」
今日はこれ以上に出かけることもできないため、各自部屋で休むことになったからこそできる、大の字寝。
さらに、ランチを食べすぎたのもあり、夕食は各自サンドイッチとなっている。
赤い夕日と、夜の空がにじみ混ざった天井を眺めながら、つい不安がもれる。
「シラチャ、明日、家が戻っちゃってたらどうしよ……」
「だいじょーぶ。サエならできちゃうよー」
すりすり顔をこすりつけてくれるシラチャから元気をもらうと、リクエストのあったいちごジャムサンドイッチを作ってあげることにした。
あたしは蜂蜜をかけたパンだ。もうこれ以上いらない。蜂蜜と生パンの相性、最強だし!
冷蔵庫のなかにあるジュースも飲んでいいということだったので、炭酸を見つけ、あたしはそれといっしょに夕食を済ませると、シャワーを浴びて寝ることに決めた。
「なんか、どっと疲れたかも」
「はやくねよー」
シャワーを浴びたあたしたちは、再びベッドにごろんと寝転がり、大きなあくびを繰り返しつつ、布団に潜り込む。
潜りながら、あたしは思う。
明日資格が取れたら、どうにか給与を半分先払いしてもらって、ちょっと下着とか、日用品が買いたいな。と、頭のなかにメモをしているうちに、眠ってしまっていた。
……が、朝、ヤバかった。
もう、ヤバいしか、声がでなかった。
宅急便魔術師、マジ、ヤバいんですけど!!!!
お読みいただきありがとうございます
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