第29話 集荷物は要望容量を守って、正しくお運び下さい
喜怒哀楽が入り混じった朝を越え、現在、ソーロスがあたしのステータスを見てくれている。
……が、顔が険しい。
「ソーロス……」
『あ、話しかけないで、パイセン……んー……』
その、んーってなんですかね?
めっちゃ気になるんですけど!
「サエは、たくさんあるよー。だいじょーぶ!」
シラチャがぼふっと顔に張りついてきたので、そのままハスハスしてみる。
ちょっと獣臭くて、ちょっとパンの香ばしい香りがする……幸せ!
しかしながら、魔力ってものが全く感じ取れないあたしは、あってもなくてもあまり変わらない気がしている。
でもたくさんあった方が、たくさん運べるらしいので、少しは期待したい。でもこればっかりは資質な気もする。
シラチャを頭から離し、抱えてみたが、ソーロス、眉間に皺寄ったままなんですけど。
シラチャがもぞもぞするので、頭に乗せ直したとき、あたしの斜め上を視ていたソーロスが、ようやく視線を戻した。
『こんなの初めて! パイセンの可能性、無限大っす。ヤバい!』
苦笑いを浮かべてのソーロスに、あたしはぐんと顔を寄せた。
のけぞったソーロスにさらに顔を近づける。
「意味わかんないから、説明して」
『近いって……。えっと、魔力には、マックス値ってあるんだけど、パイセンの場合、昨日と今日で、マックス値が違うんだよね』
「なにそれ。え? なにそれ。怖い」
『ふつーは、かわんないからね。でも理由はわかんない。パイセンの機嫌なのか、体力なのか。でも、リルリア並に、あることはあるから、頑張れば大きいの運べると思うんだけど。ちなみに今日は昨日より上がってる』
その答えにリルリアは満足だったようで、うんうんと笑顔で頷くと、あたしの手を取った。
『行動あるのみ! 大集荷場に行って、何が入るかやってみましょ? デカいの入れば、あとは、資格をもぎ取るだけよ……! ふふっ』
リルリアの黒い顔が怖いけれど、ここは強欲でいきたい。
年に3回ある資格テストは、先日、今年分が終了済み。
絶対、来年まで待てない!
実績があればだいたい取れるというし、ここはゴリ押して行こう!!!!
お気に入りのローブを着込み、グローブもはめる。
シラチャとウードさんにはフードの中に入ってもらうが、ソーロスもついてくると言う。
「ソーロスちゃんや、いっしょに行動していいのかい?」
『いいんすよ。だってパイセン、私の従者、だし!』
「意味わかんないよ。従者についてくる国王はいないでしょ」
『いーから、いーから。シラちゃんとかウードさんになんかあったら困るしね。それに、ちゃんと護衛もいるし』
確かに、前後左右に4人、騎士がついている。
ゴージャスな鎧を纏った男性が4人もついている。
皆、兜の隙間から目しか見えないけど、無表情すぎて、どんな気持ちなのか全く見当がつかない。
「……リルリア、護衛の人たち、怒ってないかな」
『なんで?』
「だって、あたしたちの周りを見て歩くことになるし」
『いざとなれば、護衛は私たちを切り捨て、ソーロスを守るから、気にしないでいいわよ』
それもそうだよね。国王だもん。
そんな、あたしより少し背の小さい国王・ソーロスは、今日も昨日と同じドレスだ。
彼女の制服みたいなものなのかもしれない。なら、あたしと同じだ。
ソーロスは、こめかみから垂らした髪を指でくるくるしながら、あたしを見る。
『パイセンの髪型、いいっすよね。スッキリしてて』
そう言われて見れば、ここの女性はみんなロングヘアばかり。
きっちり結い上げ、バレッタや編み込みでおしゃれを楽しんでるみたいだ。
リルリアも自分の髪の毛先を眺めつつ、
『髪の毛ね……。髪の毛は魔力に直結するから、短くは難しいんじゃないから』
『そこだよ、そこ。なんで髪の毛に魔力溜まるんだろ。マジ、謎』
「ってことは、あたしがロングになったら、もっと魔力増えるってこと?」
『それは、わかんないかな』
意外と冷静な声がソーロスから返ってきた。
『だって、パイセン、異世界人だもん。どこに魔力蓄えてんのか、ぜんぜんわかんない』
その答えにウードさんが顔を出す。
『ですが、仮に源泉のように、魔力が湧き出ているとしたら、どうでしょう。日によって値が変わるのはもちろんですし、蓄えてもいない、ということになりませんか?』
「サエ、すごーい!」
『シラチャ様、あくまで、仮説です。仮ですよ』
大通りではなく、通りを1本、奥に移動した。
ここは武器屋通りと呼ばれ、冒険者の武器、防具、薬など、あらゆる旅のお供が並ぶ通りになるという。
ウードさんが説明してくれるので、とてもわかりやすい。
『もう2区画抜ければ、大集荷場になりますね。意外と歩きますねぇ』
「たしかに。……ソーロスって、靴、ヒールだったりするの? 足、大丈夫?」
『ないない! ブーツっす。走って逃げれるように、いつでもブーツ! ヒールは、そういうときにしか履かないよ。足痛いし』
そういうときって、ダンスをする日とか、会議をする日とか、なんだろうか。大変だな、王様って。
『サエ、大集荷場の食堂でランチにしましょ。ソーロスもいいでしょ?』
いいよーと返事をしようとしたソーロスとリルリアの間に、騎士が割り込んだ。
『王があのような庶民の食べ物など、リルリア様、いい加減になさってくださいっ』
もう勘弁ならないという気持ちがありありと現れた声だ。
顔は見えないが、結構若めの青年の声がする。ちょっとハスキーでかっこいいかも。顔見えないけど。
でも、一番に声をあげ、誰も止めなかったのをみると、この親衛隊の隊長といってもいいのかな? かな? よくわかってないけど。
『ジェンディ、私は好きに食べる。口出ししないでくんない?』
『ダメです。ヴォールケン様から王らしく振る舞うよう、言伝を受けております』
ソーロスは大きく肩をすくめ、あたしの腕を取った。
『なに言っても文句しかいわねー。マジ、うちの親衛隊長、厳しすぎる。ウザい』
「気持ちはわかるけど、ソーロスを守るためでしょ? 仕方がないんじゃないの?」
『食べるものまでケチつけるって、なくない?』
「ぼくならいやだー」
唐突なシラチャの声に、思わず2人で笑ってしまう。
『先に、食堂へ行きましょう。早めに行かないと、オススメ、売り切れちゃうから』
さらにリルリアがあたしの腕をとる。
両腕に花ですよ。いいですよ、いいですね!
親衛隊たちの睨みのおかげで、誰に絡まれることなく大集荷場へ到着した。
大きな門のそばに小さな小屋があり、そこへ通行証を出さなければならないようだ。
リルリアが見せると、すぐに門が開いた。
「リルリア、なに見せたの?」
『宅急便魔術師の資格カード。今日はせめて仮資格までいけたらいいんだけど』
あたしの目の前に掲げられたカードは、あのサウナのとき受付に見せていたカードだ。
「それ、サウナの」
『そうよ? 運んだ重さ、距離とか、ポイント制になっていて、貯めたポイントは公共機関で使えるの。だからサエもこのポイントを貯めれば、この都での生活はしやすいはずよ』
宅急便魔術師、意外といいお仕事かもしれません。
……ま、リルリアが特別な宅急便魔術師っぽいから、あまり参考にならないかもだけど。
敷地に入ると、あたしの想像とは違う光景が広がっていた。
高い塀で囲われた敷地の中は、幾つもの大きな建物が並び、広い場所には木材、石材、岩塩などなど山積みになっている。
どうも、食材や個人の荷物など、受付所が分かれているようだ。
たくさんの建物があるのも納得。
「……こんなに広いと思ってなかった」
『そう? まあ、ここまでの集荷場は、この大陸だとここぐらいね。ここは大陸のほぼ中央だから、ここに荷物が集められて、各地に送られてるし』
『パイセン、食堂はこっちだよ! 早く行こ!』
歩きながら眺めるが、迷いそうなほどに建物がある。
食堂は南側の棟だという。
大きな通りを歩いていくが、荷物を持ち込む人々に、荷物を運ぶ宅急便魔術師たちが入り乱れている。
やはり魔術師たちはローブ派が多い。
リルリアはチュニックだが、もしかすると旅支度すればローブを着るのかもしれない。
いろんな種族の宅急便魔術師を眺めながら歩いている。
異世界っぽくて、めっちゃいい!
……が、フードの中でシラチャは外の景色を見たのか、震えが止まらない。
「ひとがいっぱい……ひとがいっぱい……」
『シラチャ様、大丈夫ですか? わたしがついておりますぞ!』
ウードさんが機敏な動きで慰めているのが、後頭部の震えでわかる。
少し歩いたところで食堂へと到着したが、カレー的なスパイシーな香りがする。
うーん、大衆食堂、って感じでしょうか。
入口側に食券機があり、その雰囲気を強く感じるが、リルリアは食券も買わずに2階の階段をのぼりはじめた。
「リルリア、どこいくの? 食券、そこで買うんでしょ?」
『2階の個室に行きましょ? さすがに、ソーロスもいるし、ウードさんとシラチャも見せびらかすわけにはいかないもの』
「そっか!」
「……よかった。ぼく、こわかった」
がしっとあたしの後頭部にしがみついたシラチャをフード越しになでながら、2階の個室へ入っていく。
すでに個室には1人、給仕の方がいて、慣れた様子で会釈をしてくる。
『お久しぶりです、リルリア様。ソーロス様もしばらくぶりでございますね』
『後ろの護衛隊長がさー、食べさせにこさせてくれなくてさー』
ジェンディ親衛隊長の肩が震えている。
ちょっと怒ってるっぽい、かも。
部屋の中は広く、そして大きな窓が広がっていた。
2階なのだが、少し小高い場所に建てられているようで、街が広く見渡せる。
この位置からだと、ちょうど武器屋通りが見える。
まっすぐなようで、意外と曲がりくねった通りだったようだ。
テーブルを2つに分け、ひとつはあたしたち用と、もうひとつは親衛隊用となり、席に着く。
メニュー表を見ると、これは……!
「カレーじゃん! 本格インドカレーじゃん! ナンもついてる!!!!」
「かれー? おいしいの?」
「めっちゃおいしいんだよ、シラチャ。ナンはチーズナンにしよ!」
「うん!」
……これだから、おのぼりは。
となりのテーブルから笑い声と共に、声が聞こえた。
小声でいったつもりだろうが、聞こえちゃった。
でも、異世界からでも、おのぼりになるのか!
ちょっと笑いそうになるけれど、静かにしなきゃと肩をすぼめたとき、ソーロスが立ち上がる。
『今、言ったやつ、クビ。飯は食っていいけど、クビ』
「ソーロス、あたしが悪いからいいって」
『ダメ。私のパイセンにそんなこと言うヤツ、近くにいてほしくない』
「ソーロス」
あたしが声を強めて言うと、ようやくこっちを見てくれた。
「ソーロス、ソーロスの親衛隊は、親衛隊になれるだけの技量がある人たちでしょ? そんな腕利きの人たちを気持ちだけで入れ替えるとかダメ。ソーロスの防御力を下げることになるよ。それに、いざってとき、ソーロスが守られる側なんだよ? 親衛隊の人たち、大事にしてあげてよ。ソーロスが、あたしの味方って、それだけで十分すぎるし」
ソーロスがあたしに抱きついた。
おかげでフードが外れ、シラチャが飛び出してくる。
「ぼくもソーロスのこと、すき!」
あたしとソーロスを抱えるように張り付いたシラチャだが、まだ腕が短い。
かろうじてふわふわの胸毛を共有できている感じはする。
ソーロスはその胸毛を頬で十分堪能してから、顔を上げた。
『さっきのは撤回する……。だけど、ここにいる人たちは、とってもとっても大事な人たちだから! だから、変なことは言わないで欲しい……』
ソーロスの表情が、少し泣きそうな、困った顔にも見えた。
銀色の腕章をつけた親衛隊の隊長であるジェンディ以外、父親ぐらいの年齢と言ってもいい。
小娘に顎で使われるのが、納得できない、そんな雰囲気も感じる。
なかなかに難しいものです、年齢と地位の関係。
タイミングよく給仕のお姉さんが現れ、メニューをオーダー。
チーズナンと今日のオススメカレーにした。
カレーは、豆カレーとラムカレーと、チキンバターカレー。
ど定番でハズレのない、おいしいカレーだ。
カレーが届くまでの間、あたしは改めてリルリアに作戦を尋ねてみる。
「カレー食べたら、一軒家詰めてみるの?」
『そのつもりよ。それで、仮が取れたらいいんだけど』
「それでも仮なんだ」
『届けていないしね。まずは、それでひと晩すごしてもらわなきゃ』
「なんで?」
『物を入れると、常に魔力が使われることになるわ。大きな物であればあるほど、たくさんの魔力を使うことになるから』
「……結構、大変じゃない、それ」
『何事も経験よ、サエ』
ちょっと、カレー、食べ切れるか不安になってきた。
お読みいただき、ありがとうございます
ブクマはもちろん、★やいいね、励みになりますので、どうぞよろしくおねがいいたします
いつもありがとうございます




