第22話 王の元へ
あれからサウナをもう一度堪能し、温泉にも浸かり、身なりを整え直したのだが……
「サエー、ととのったねー」
あたしは、ぜんぜん、ととのってませんけどね!!!!!
ずっと王のことを考えていたし、それは総理大臣に匹敵するのか、それよりも天皇クラスなのか、それこそこの世界の法皇クラスなのか!?
もう何で例えればいいのかわからない!
だいたい、同い年らしい王様に、どんな言葉遣いをすればいいの?
国語なんて、平均60点だよ?
語彙力なんて、皆無だよ、皆無。
だいたい、「ヤバい」「ウケる」「ツラ」の3語で、会話が成り立つ世界だよ?
……いや、これはあたしの周りが、ってことなのかもしれないけど、しれないけど!!
敬語ってどう使えばいいんだっけ………?
『サエ、どうしたの? さっきから考え事しているようだけど』
あんたがいきなり王に会うとか言い出しからだよ!
……とは、言い返せない。
苦笑いで誤魔化したけど、うまくいかない。引き攣る。
どんな顔をすればいいの?
笑えばいいと思うよ?
ほぼ、自問自答だよ。
フードを目深くかぶってみたけど、きっと謁見になったら外さなきゃいけないし。
はああああああ。なに、この緊張。
悪いことしたわけじゃないのに、ドキドキするこの感じ!!!!
『はぁ……こんな大事になるなんて思っておりませんでした……はは』
サウナからの移動は徒歩のため、ウードさんとシラチャはフードの中に入ってもらっている。
「ウードさんでも、そんなこと思うの?」
『当たり前ですよ、サエ様。長く生きていても、強いわけではありませんし』
ウードさんの言葉が重い。
この世界が年功序列の世界なら、きっと、妖精の位は上位になると思う。
いや、人間が下の下の下だ。
だけど、人は増えた。
数がある。
それだけで脅威だ。
イナゴの大群と似てる。
数が多いことが正義になるものもある。
『なんか暗いわね、みんな。そんなにかしこまらなくて大丈夫だって。王は、……ソーロスは、大したことないから』
言いながらついた場所は、あの宮殿の門の前だ。
人々が二手にわかれていた門の前で、リルリアが立っている。
すぐに門番が現れるが、彼らはリルリアを見るや否や、頭を下げて門を開け始める。
門番のかしこまり方がすごすぎて、つい声に出てしまった。
「リルリアって、めっちゃ高い位なの……?」
『うーん。ソーロスの魔術家庭教師をしているからかしら、ね』
いや、家庭教師程度でこんなに門番平伏さないでしょ。
もう土に顔をつける勢いで下向いてるんですけど……
……? ん?
リルリアの挙動に怯えが見える。
髪をかき上げに手を上げるだけで、門番の肩や体が震えている。
怯えている……!
「……リルリア、強いんだね」
『どっち?』
「どっちも」
ふふんと鼻をならしたリルリアにあたしはついていくけれど、こんな華奢な背中でどんなものを背負ってるんだろ。
女の子の嫌なことも、いっぱい経験している気がする……
心も、体も、リルリアは強い。
あたしも、強くならなきゃ!
グローブをはめた手を強く握ったとき、舌打ちが聞こえた。
……門番だ。
『エルフだからってお高く止まりやがって』
『なんの先生だか、しらねーけどな』
背を向けた途端にこのセリフとは、小根が腐ってる。
腐りきってる!!!!
ぶっちりきたあたしだけれど、殴れない。殴ってはいけない。いや、殴ったこともないけど。
でも、握った拳で彼らに向かって本当に小さくパンチを出してみた。
どっかに飛んでけ!
目の前にある風船を拳で叩いたそんな程度だったのだが、なぜか門番が閉じた門に張り付いている。
いや、吹っ飛ばされていた。
大きな衝撃音に振り返ったリルリアだが、すぐにあたしを見る。
『サエ、なにかした!?』
あたしはひきつった笑いで首を傾げるだけだ。
門番は見えない何かに吹っ飛ばされたとしか認識しておらず、リルリアの魔術と勘違いしたのか、歩み寄ったリルリアに腰を抜かしている。
門番に、怪我はないかと見てから戻ってきたリルリアだが、あたしの額をツンとつついた。
『サエ、そのグローブとローブは、相性がいいと魔法が発動しやすいの。……まさか、こんなに相性がいいとはおもってなかったけど』
大きく肩をすくめたリルリアとは対照的に、ウードさんは興奮気味だ。
『サエ様はやはり風の加護をお持ちなのですよ!』
「ぼん! って、とんだねー。すごいねー!」
シラチャは楽しそうにキャッキャと笑っているが、正直、笑い事じゃない。
どういうこと!? なんで発動するわけ!?
あたし、歩くのも緊張してきたんだけど!!
『サエ、今日の夕食のこと考えてて。それは絶対、魔法にならないから』
王に会うのに緊張していたのに、さらに自分が何かするかもしれない緊張が合わさって、ヤバい。
吐きそう。喉、カラッカラなんですけど。
夕食なんてもっと考えられないんですけど。
「……めっちゃ死にそう」
「サエ、しんじゃだめ!」
もぞもぞと首のあたりにシラチャが移動したと思ったら、あたしの顎の下から顔を出した。
ちょうど首を覆う襟のところに出てきたようだ。
「ぼく、そばにいるから! だいじょうぶ!」
「……うん」
小さな額が顎をふわふわする。
みずみずしい鼻も顎にぺっとりつく。
ちょうど胸のあたりが暑くなるけれど、それでもシラチャの温もりだと思うだけで、幸せの温度だ。
……なにこれ!
めっちゃこの格好、見たい。
絶対、シラチャがかわいい。こんなの、かわいいしかないし!
『サエ、顔、すごくゆるんでる。緊張がとけてよかったわ』
いつの間にか宮殿の廊下を歩いていたようだ。
真っ白な壁と水色の装飾が美しい。
天井にはシャンデリアがあるが、クリスタルのような宝石が燭台の上に浮いている。
サウナもそうだったが、天井が高いのがこの国の建物の特徴なのかもしれない。
細い窓は等間隔に横に細長く、3本の線を描いている。
そこからも青い空が切り抜かれ、装飾の一部となっている。
見事な調和に、思わず、ため息が漏れる。
「めっちゃオシャレだぁ……」
『サエも好き?』
「うん、好き。青のポイントの入り方が、めっちゃいい。空と合わさってたりとか」
『嬉しい。建物の美しさって国々で違うから、サエと、そんな話を早くしてみたいわ。……あ、先に、私の部屋に案内するわね。荷物も置いたほうが楽でしょうし』
中庭を覆うように壁がある。
街と区切る壁だ。
この中には、全く喧騒が聞こえない。
あれほどの活気ある街の音がしない、というのも不思議な気がするが、大きな庭が防音しているのだろうか。
いや、魔法の力で音が消されているのかも。
それほどにこの宮殿の中は別世界!
街の第一印象でテンションが上がったあたしだったけど、まるで乙女ゲーの神殿のようにも感じ、ちょっとなんだろ。
できるなら、もう少し、異世界っぽい感じ、こないかな。期待しちゃうんだけど。
「おへやは、まだー?」
『もう少しよ、シラチャ。宮殿は広いのよ、ほんと』
シラチャがつい言ってしまうのも仕方がないと思う。
15分は歩いた気がするぐらい、単調な廊下が続いていたからだ。
庭は木々が並んでいるのが見えるのみ。
表のほうに花が見えるように配置されているようだ。
裏手の歩く通路は、味も素っ気もない。
白と青と緑しかない!
『わたし、道を覚えるのは得意なのですが、全く順路を覚えられません』
「覚えるポイントがなさすぎるもん。無理だって」
『ちゃんと目印があるわよ? あとで教えるわね』
フードから出てきたウードさんはキョロキョロとするが、目印などないと首を振る。
あたしもだ。
ない。ないんだけど?
絶対にリルリアから離れられないことを悟ったあたしたちは、ぴったりくっついて歩くこと、体感20分。
『門から10分くらいかかるのよ。いやよね、遠いの。ここが私の部屋よ』
10分だったか。
そう思ったのも束の間、入ってすぐの応接室に、すでに先客が。
『リルリア、帰ってくるの遅くね? つーか、マジ、ダルいんだけど。あ、お菓子、くっちゃったわ』
テーブルに足を投げ、腰をずりっと下げて座る女子がいる。
格好はオレンジ色のシンプルなドレスだ。頭にはティアラが乗り、艶やかなブロンドが丁寧な編み込みで結い上げられている。
華奢な首元にはシンプルなドレスとは対照的なダイヤが散りばめられただろう三日月型のネックレスが下げられている。レース状に石が連なり、それほど明るくない室内でも、チラチラと目が痛むほど光っている。
うわ、やばくね。
顔に出ていたかもしれない。
『ソーロス!』
部屋の飛び込んだリルリアが、ばしんと彼女の頭を叩いた。
ティアラがぶっ飛び、髪の毛が崩れるが、容赦ない。
『何度も言ってるでしょ! ここは客人がくるから、適当にいないでって!』
『お客はちゃんとアポあんじゃん!』
『急にくる場合もあるの。今がそうなんだけど!』
ちょうどリルリアの背であたしが隠れていたようだ。
ひょっこりと現れたチビのあたしを見て、ソーロスと呼ばれた彼女は、手元の紅茶カップを握って飲み干した。
『……おないじゃん』
視線はあたしの頭の上にあったと思う。
彼女にしか見えない何かがありそうだ。
ソファからだらしなく立ち上がると、首を回しながらあたしの前に立った。
『あたしの名前は、ソーロス。ここの王やってんだ。あんたは? あ、敬語なしでいいからさ』
再び、リルリアの叩きが炸裂!
完璧に髪が乱れたが、彼女は笑ったままだ。
けど、あたしは全然笑えないんですけど!!
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