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第20話 決意

 にっこり笑ったリルリアさんに、ウードさんは絶望の顔だ。

 がっつり肩が落ち、汗も出ているけど、違う汗だろう。めっちゃげっそり、顔が青い。


 でも、あたしも驚きで言葉がでない。


 確かに、断られる選択肢だってあったんだ。

 届けてもらえるなんて、思っちゃいけなかったんだ……


『私は届けないって言っただけで、そんなに落ち込まなくても』

『……ですが、わたしはこれ以上は進めません。消滅してしまいますから』

『なぜ? サエとシラチャもいるじゃない』

『サエ様とシラチャ様は、ここまでのお約束でして』


 リルリアの顔がぎゅんと向いた。

 汗に濡れた瞼を瞬かせ、なぜなの? と、視線が話しかけてくる。


「……その、あたしはシラチャともふもふ過ごしたいだけだし、危険なことはやりたくないし……」


 顎の汗を拭う。

 胃が痛い。


 いや、あたしは、シラチャを守らなきゃいけない……


『──私たちは、あなたの親ではないから。間違えないで!』


 養ってくれていたおじさんとおばさんの声がする。

 あたし、家族っていなかったから、わかんない……

 家族ってなにをしなきゃいけないの?

 なにをすべき?


 でも、守ることが、一番だよね?

 他には……?



 他には、……あぁ。

 ──()()、だ。



「──あたし、養わなきゃいけないんだ。シラチャを……」


 ぼく、がまんする。

 そう言ったシラチャの顔を思い出して、つい、泣きそうになる。


 こんな小さな子に我慢させてしまうなんて。

 だって、ワガママを言ったわけじゃない。

 小さな楽しみも、一緒にできないなんて、そんなの寂しい……!



 でも、どうしたら……



 悩み続けるあたしの握って手を、リルリアがそっと握った。


『私は運ばない、と言ったけど、一緒に行かないって言ったわけじゃないわ』


 その言葉に、期待の視線をウードさんと一緒にリルリアに向けた。

 そんなリルリアからウインクが。


『これには条件がある。私はサエに、旅通訳をしてほしい。シラチャと一緒なら、どんな種族とも会話ができるもの! 素晴らしい! 素敵だわ!』


 その声に、ぶん! と現れたのはウードさんだ。

 たぷんとお腹を揺らして、あたしに向かって叫ぶ。


『ダメですよ! 都の外は危険です! わたしのせいで、危険に巻き込むことはしたくありません!』


 そこにウードさんを退けて現れたのはシラチャだ。

 ぷーんと羽音をたてて、あたしの両頬を肉球ではさんでくる。

 まだ腕が短めのため、シラチャの鼻があたしの鼻にぴとっとくっついた。


「ねー、サエは、どうしたい?」


 ……そうだ。

 あたしは……


 びちゃびちゃの鼻であたしの鼻をぐりぐりしだしたシラチャをつかみ、頭に乗せると、あたしは立ち上がる。


「リルリア、あたしも条件が、2つ、ある」


 あたしの顔を心配そうに見つめるウードさんとは正反対に、リルリアはなにかしらと楽しそうな顔だ。


「シラチャを絶対に、危険なことに巻き込まないで」

『それは問題ないわ。私、特級魔術師だもの。そうじゃなかったら、宅急便の仕事、70年も続けていないわ』


 問題なさそうだ。声の自信がすごい。嘘は言っていない。絶対、シラチャを守ってくれる。大丈夫。


 あたしは呼吸を整える。

 こんな交渉みたいなこと、したことないから、めっちゃ緊張する。


「その……あたしの、給与を……お金を、出してほしい」

『いくら?』


 そうか。

 金額を提示しなきゃいけないのか。

 相場なんてわかんないぞ。


「……えっと……ここの都の月給は?」

『10万Gぐらいかしら』


 あたしは指を3本、立てた。


「……3」

『3倍……?』

「そう。ひと月、30万G、欲しい」

『ただの旅通訳、なのに?』

「ただじゃない。たくさんの異種族と会話ができる力がある」

『それはシラチャの力でしょ?』

「あたしがいっしょだから、シラチャもいっしょに行動するの。あたしがリルリアと行かない、と決めたら、シラチャも行かない」

「うん。ぼくは、サエといっしょ!」


 あたしは今一度、座ったままのリルリアの前に立った。

 お互い、汗で顔がひどい。だけど、視線は鋭い。


「あたしがいるから、旅通訳が可能になる。……どうする、リルリア」


 ラストスパートだ。

 自分の力を信じて、出し切るしかない。


 断られたらどうする?

 食いつくしかない!


 値下げ交渉?

 それも辞さない。


 本来はどのくらいなのか、全くわかんない。

 高すぎなのかもしれないし、もしかしたら、安すぎだってあり得る。


 でも、あたしとシラチャが生活するためのお金を稼がなきゃいけない!

 このチャンスは、カタチにしないと。

 最低でも、10万になれば……

 うん。絶対、このラインは下げない。

 下げないぞ……!


 真剣なあたしの顔を見上げて、いきなりリルリアが吹き出した。


『……はぁ……私の負けよ、サエ』

 

 リルリアは汗でほつれた髪をなでて、あたしを見上げた。


『いじわるして悪かったわ。……あなた、芯、強いのね』


 拍子抜けした顔を浮かべるあたしに、リルリアはまた笑う。

 すっと指をさしたのは、あたしの足首だ。


『そのアンクレットからいろんな思いが見えてきて……あなたの決意も見えたの』


 子どもの頃からつけているアンクレットだ。

 おじさんからもらってつけたアンクレットは、ハサミでも切れないし、ペンチでも切れなくて、太くなっているだろう足首にいつもピッタリサイズ。

 自分七不思議の1つだが、もう体の一部と割り切ってそのままにしていた。


 ……たしかに、これには思い出がいっぱいつまっている。


『それが見えたとき、私、あなたと一緒に思い出を運びたいって思ってしまって……。タツと旅をした以来だわ、こんなこと思うの』


 興奮を抑えた言い方だが、本当は飛んで跳ねて騒ぎたい雰囲気をなんとなく感じる。


『それにウードさん、この鍵は私が運ぶだけじゃだめ。ウードさん自身で、今の人間側を見るべきじゃないかしら』


 リルリアの言葉に、ウードさんの頭がこくりと揺れる。

 小さい汗の飛沫を散らしながら、身振り手振りで話し出す。


『はい。領主殿が交わられているのも気になりますし、復興が叶うのかどうかも、見届けなければなりません。……しかし、サエ様、よろしいのですか?』


 あたしはシラチャを見つめて、頷く。

 だって、あたし、お金を稼ぎたい!!


『サエも、思い出を運ぶ宅急便、気に入ってくれたら嬉しいわ』


 手をリルリアが伸ばす。

 あたしもその手を握る。

 小さく上下に振ったとき、彼女の胸がばいんと揺れた。


 あたしは、この胸への嫉妬を抑えることができるのか、ちょっと気になりだしてる。

リアル視点での決意でした

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