じゃじゃ馬の評判
ダンジョン新区画で発見した建物の権利に関する話し合いが終わった後、話題は地竜の討伐に移った。
俺としても、カーライル侯爵からの謝礼はギルド経由で振り込まれることになっているので、その件についても話しておこうと思ったのだ。
素材や魔石については、ノイラート辺境伯爵領の時と同様に、解体や運搬などの手間を差し引いてもらった分を振り込んでもらうことになっている。
謝礼や報奨金の振り込みに関しては問題無いそうなので、もう一つの懸念についてもアデライヤに訊ねておくことにした。
「侯爵令嬢であることを理由に、ギルドが登録を断ることは可能ですか?」
「申し訳ないが、エルメール卿の頼みであっても、ギルドの規則を曲げることは出来ない」
「そうですか……」
「というか、じゃじゃ馬令嬢は既にBランクの冒険者ですよ」
「にゃんですとぉ!」
アデライヤの話によれば、アルビーナ・カーライル侯爵令嬢がBランクの冒険者であることは、ギルドの上層部の人間には周知の事実だそうだ。
まぁ、侯爵令嬢が冒険者登録して活動していれば、当然の話だよねぇ。
「でもBランクって……」
「カーライル侯爵領には、魔物が湧く森がありますよね。そのために、討伐の依頼の多い領地でもあるのです」
「その魔物をアルビーナ嬢が討伐して回っているのですか?」
「数名の近衛と共に活動しているという話です」
「冒険者の手が足りないんですか?」
「いや、そこは本人の趣味のようです」
「趣味かぁ……」
まぁ侯爵令嬢だから生活に困っている訳ではないし、自ら魔物の討伐に出掛けるなんて趣味としか思えないよねぇ。
「素材とか、報酬はもらっているんですか?」
「ギルド経由で正当な対価として受け取っているそうですよ」
「何に使っているんだろう……」
「孤児院への寄付に使っているらしいです」
侯爵令嬢が趣味で得たお金を何に使うかと思えば、一緒に討伐に出向いた騎士達と素材の買い取りで得た金を分配し、自分の取り分は全て孤児院に寄付しているらしい。
アルビーナが強制している訳ではないらしいが、同行している騎士達はカーライル家から給金を得ているので、結局討伐で得た利益は全て孤児院の運営に回されているそうだ。
それも、一ヶ所の孤児院だけでなく、複数の孤児院に対して、色々な寄付や援助をしているらしい。
「お金をポンと渡して終わりではなく、直接孤児院に出向いて、今一番必要な物は何なのか視察し、考え、援助を実行しているそうですよ」
酷い領地では、孤児院に対してギリギリの援助しか行わないそうだ。
そうでなくとも、殆どの領地では金だけ出して終わりという例が少なくない。
旧王都でも、孤児院を舞台にした人身売買事件が起こっていた。
領主からの援助で私腹を肥やし、子供に対して十分な食事や衣服、住環境を整えようともしなかった。
それに比べたら、趣味とはいえ自ら危険な仕事をこなし、それで得たお金を寄付し、どう使うかまでしっかり見守るなんて、そうとう有能で優良な貴族であるのは間違いないだろう。
「カーライル侯爵領って、ギルドから見るとどんな領地なんですか?」
「先程話に出た、魔物が湧く森があるので、冒険者の仕事は多い土地ですね」
「あぁ、そうか……」
「どうされました?」
「いや、もう魔物が湧かない可能性が高いので……」
「魔物が湧かない? なぜです?」
「地竜が出て来た穴を埋めてしまったので……」
地竜と豪魔地帯、それに先史時代の高速鉄道跡の関係をアデライヤに説明した。
「なるほど、今までは小型の魔物しか通れなかった穴が、地竜が通れるサイズになってしまっていた。あるいは、地竜が通れるように広げたものを、エルメール卿が塞いだのですね?」
「そうです、なので魔物の数が減って、討伐の仕事が減ってしまうかもしれません」
「だとしても、カーライル侯爵が何か手を打つでしょう。侯爵様は、民の声に耳を傾けてくれると言われていますからね」
やはり、侯爵様も良き領主であるようだ。
「ここ旧王都も、窮状を訴えれば大公殿下は改善への道を探ってくださいます。まぁ、ダンジョンを中心とした土地という特殊な事情もあり、以前は難しい時期もありましたが、今は状況も変わり、街の治安も変わってきています」
旧王都は、ダンジョンからの発掘品や魔物の素材で潤ってきた街だ。
それを手に入れるには、ダンジョンという危険な場所に潜る必要があり、その人員を確保するために以前は怪しげな人物の出入りも容認していた。
平たく言ってしまうと、他の土地で問題を起こして追われている人物であっても、旧王都で問題を起こさず、ダンジョンから宝を持ち帰るならば見逃してきたのだ。
お尋ね者達にとっても、ここで問題を起こしてしまえば、もう安住の地は無くなってしまうので、旧王都では大人しくしていたらしい。
ただ、旧王都では問題を起こしていないだけで、反貴族派のように他の土地で問題を起こす者達はいたのだが、ダンジョンの崩落を機に状況は一変した。
身元確認が厳格になったせいで、今までは放置されていた怪しげな人間は一掃されたらしい。
旧王都内にあった反貴族派のアジトも、殆どが摘発されたようで、そこから逃げ出した連中が廃村を利用した新たなアジトを作っていたが、そこも俺が王国騎士団と協力して潰した。
確かに今の旧王都は、俺たちが移籍してきた頃に較べると治安が良くなったと感じている。
「やっぱり、領主の方針次第で領地って全然違ってくるものなんですね」
「エルメール卿のおっしゃる通りです。旧王都の近くでは、最近取り潰しになったホフデン男爵領の評判が最低でした」
「そうした情報はギルド内部では共有されているんですか?」
「冒険者の中には、人間関係が拗れたり、新たな土地で暮らしてみたいと思い、他の土地への移籍を希望する者がいます。そうした者が、新たな土地で困らないように、最低限の情報は伝えられるようにはしています」
「もしかして、差別の酷い土地とかの情報もあったりします?」
「ありますね。先程の元ホフデン男爵領では、残念ながら猫人への差別が他の土地よりも酷いという話が伝わっています」
「そうですか……」
アツーカ村やイブーロで暮らしていた頃には、猫人への差別を何とかしたいという思いを抱いていたが、自分自身が差別されるどころか優遇される事が増えて、そうした思いが薄れてしまっていた。
「例えばの話、もし俺が元ホフデン男爵領の領主になったら、猫人への差別は改善するでしょうか?」
「少なくとも、元の状況よりは遥かに改善すると思いますが……それに対する反発もあるでしょうね」
「あぁ、なるほど……」
猫人への差別は、言ってみればイジメの構図だ。
自分よりも劣っているという根拠の無いレッテルを貼って、劣っているのだから馬鹿にしても構わないという勝手な理論を正当化しているだけだ。
「エルメール卿、領地を賜るご予定があるのですか?」
「分かりません。貴族の爵位とか領地とか、平民の出なので、そうした知識が全く無いもので……」
「それならば、分かる人に訊ねるのが良いでしょう。エルメール卿が信頼できる貴族の方々ならば、親身になって教えて下さるのではありませんか?」
「そうですね。分からなければ、調べたり、教えてもらえば良いのですよね」
「貴族の方々の中には、領地を離れ、新王都で国の重鎮として力を振るわれている方も沢山いらっしゃいます。そうした方に話を聞けば、領地を離れて活動する道も見えてくるのではありませんか?」
真っ先に頭に浮かんだのは、アンブリス・エスカランテ騎士団長だが、エスカランテ侯爵家の場合は先代であるアルバロス様が留守を守っていらっしゃる。
アツーカ村で暮らしている俺の親父に領地経営なんて絶対に無理だし、ちょっと参考にはならない気がする。
それでも、領地を治めるという事について、もう少し真剣に考えてみる必要がありそうだ。





