悔しい気持ち(オラシオ)
※今回は騎士見習いオラシオ目線の話になります。
騎士候補生としての訓練期間も、残すところ一年半を切ったところで、僕らの前に厚い壁が立ち塞がった。
今、僕らが取り組んでいる訓練は、女性とのダンスだ。
貴族の家の出身者を除けば、殆どの者が女性とのダンスなんて生まれて初めてだ。
勿論、最初から踊れるはずもないので、まずはステップを徹底的に教え込まれた。
サイドステップからのターン、前に進んで再びターン、サイドステップからのターン、後ろに引いてからターン……。
僕らの中で、一番最初にステップを覚えたのは、意外にもザカリアスだった。
「こんな物は、武道の型だと思えば簡単さ……見てろ。こう、こう、こうだ!」
確かにザカリアスはステップの順番を完璧に覚えていたが、いざパートナーの女性と組んでの実践となると、駄目出しの連続だった。
「スロー、スロー、クイック、クイック! 駄目だ、駄目だ、ザカリアス! もっと優雅に、軽やかに動け!」
「ゆ、優雅と言われても……おわっ、申し訳ない」
「だ、大丈夫です」
ダンスの相手をしてくれる女性達は、足の甲を覆う鉄板のついた特殊な靴を履いている。
でなければ、ゴツい騎士見習いに足を踏まれたら、下手をすれば骨が折れてしまいそうだ。
「馬鹿たれが、武道の踏み込みじゃないんだぞ! 優雅に、優雅に踊れ!」
「んな、無茶な……」
ザカリアスは、覚えたステップを披露していた時の自信はどこへやら、ガチンガチンに強張っているが、それを笑う余裕があるのは貴族の出身者だけだ。
そもそも、騎士候補生の多くが、女性に対する免疫が無かったりする。
「貴様らは正騎士となった暁には、舞踏会への出席が義務付けられるのだぞ。王国騎士として恥ずかしくない振る舞いを身に付けろ!」
教官が言っていることは分かる。
頭では理解できるのだが、体とか、感情とか、衝動とか、色んな物が噛み合ってくれないのだ。
ほんの一曲躍っただけで、ザカリアスは全力で一時間ぐらい走ったかと思うほど消耗していた。
そして、僕にも順番が回ってくる。
「もっと力を抜いて」
「は、はい! ごめんなさい!」
僕の相手を務めてくれているのは三十歳ぐらいの熊人の女性講師で、ダンスの態勢になると何だか良い匂いがしてきて、頭がクラクラしてくる。
指も細くて、ぎゅっと握ったら壊れてしまいそうな気がする。
「腰引かない、背筋を伸ばして」
「は、はい……うわっ」
腰に回された腕でぐいっと引き寄せられると、胸にふにゅんって柔らかなものが当たって、喉がカラカラになってくる。
「慌てないで、音楽を聞いて、三、はい!」
「うわぁ……ごめんなさい!」
出足の一歩目から間違えて、講師の女性を押し倒してしまうところだった。
慌てて体を捻って僕が下敷きになったけど、思い切り頭を打ってしまった。
立ち上がって続きを踊ったけど、何がなんだか分からないうちに音楽が終わってしまった。
ルベーロとトーレは、僕ほど酷くはなかったけど、ダンスと呼べる代物ではなかった。
講師の女性達は、僕らがヘトヘトになっているのに涼しい顔をしていた。
冗談ではなく、武道の達人なのではなかろうか。
午後の最後の講義がダンスだったから良かったが、これが朝一番の講義だったら気力が一日持たなかったかもしれない。
食堂に向かう僕らの足取りは、重りでも付けられているかのように重たい。
「誰か教えてくれ、優雅って何だ、優雅って……」
「僕には聞かないでよ、ザカリアス」
「右に同じ……」
「あれっ、ルベーロは?」
「気分転換に情報収集に行ったんじゃない?」
「だと思う……」
あのダンスの講義の後で、それでも噂話を仕入れに行こうなんて気力があるのだから、ルベーロは本当にたいしたものだと思う。
食堂の列に並ぼうとしたら、いつの間にやらルベーロが戻ってきていた。
「何か目ぼしい噂があったのか?」
ザカリアスの問い掛けに、ルベーロはニヤリと笑ってみせた。
「あったぞ、地竜が出たらしい」
「またノイラート辺境伯爵領か?」
「いや、聞いて驚くなよ……カーライル侯爵領らしい」
「それって……どこだ?」
ザカリアスの問いに、ルベーロがずっこけた。
「王領の隣の大公領のすぐ隣だ」
「うぇ、そんな近くに出たのかよ」
「それも三頭だと」
「マジか! もしかして、俺らにも出動命令が出るんじゃねぇか?」
「いや、それは無い」
また王都の外に派遣されるかもしれないという希望は、あっさりとルベーロに否定されてしまった。
「なんでだよ、人員が不足したら応援に駆り出されるかもしれないんじゃないか?」
「出動は無いよ。もう討伐されたらしい」
「えっ、マジで? カーライル騎士団って、そんなに強いのか?」
「いいや、討伐したのはカーライル騎士団じゃないらしい」
「それじゃあ、大公家の騎士団か?」
「いや、エルメール卿らしい」
「えっ、ニャンゴが?」
「そう、一人で三頭とも討伐しちまったらしいぞ」
僕らの近くでルベーロの話に耳を傾けていた連中からも、大きなどよめきが起きた。
そもそも、地竜は一頭討伐するだけでも困難な魔物だ。
それを一人で片付けてしまうなんて、英雄級の働きだ。
「凄い、ニャンゴ……」
「それに引き換え俺たちは、ダンス一曲躍るのにも四苦八苦かよ」
地竜の討伐とダンスは全然関係ないけど、それでも先程の体たらくが頭に残っていて、ついつい比べたくなってしまうのだろう。
「ダンスと言えば、エルメール卿はエルメリーヌ姫と六曲も躍ったそうだぞ」
ルベーロが言うには、ニャンゴは巣立ちの儀の晩に王城で開かれた舞踏会で、エルメリーヌ姫と三曲続けて踊り、ホールを変えてまた三曲躍ったそうだ。
「ダンスって、そんなに同じ人と続けて踊るものなの?」
「オラシオ、一曲も躍ってもらえないのは脈無し、二曲目を踊ってもらえたら検討の余地あり、三曲続けて踊るのは、お互いに意中の人であると周囲に知らせる行為らしいぞ」
「えぇぇぇ……それじゃあ、ニャンゴと姫様って……」
「食事会の時の様子からしても、そうなんじゃないのか」
僕らは講師の女性相手でも緊張しまくりなのに、ニャンゴは王族ともダンスを楽しむ余裕があるなんて、やっぱりレベルが違いすぎる。
「なんか、違う世界の話を聞かされている気分だよ」
「分かるぜオラシオ、今日ほど差を痛感させられている日は無いだろうな」
竜種は、王国騎士団であっても複数の師団で立ち向かう相手だと聞いている。
それを単独で、三頭も討伐するなんて、ニャンゴの魔法には更に磨きが掛かっているのだろう。
「くそぉ、俺も竜種と戦ってみてぇ……けど、勝つイメージが全く湧かねぇ……」
「ザカリアス、とりあえず夕ご飯にしよう。考えるのは、その後にしよう」
「オラシオ……逞しくなったな」
「いや、感覚がマヒしてるんだと思う」
「あぁ、なるほど……」
これまでにも、ルベーロがニャンゴの噂話を仕入れてくたことがあった。
その度に、自慢の幼馴染の快挙を喜んできたけど、なんだか今日は素直に喜べない。
「悔しいなぁ……遠いなぁ……」
こんな僕の思いを伝えたら、ニャンゴは、にゃははは……って笑い飛ばしてしまうのだろうけど。
それでも、やっぱり悔しい……。
「オラシオ、やっぱりお前、逞しくなったよ」
「ザカリアス……」
「そうだよな、悔しいって思わなきゃ駄目だよな。でも、ダンスはなぁ……」
「ふふっ、だよねぇ……」
「とりあえず、飯食ってから考えるか」
「だよね」
ダンスの講義が終わった直後は、食欲さえ奪われていたけど、ザカリアスとお代わりを競い合ってヤケ食いした。





