父子の策略
※今回はバルドゥーイン殿下目線の話になります。
父の機嫌が良い。
一国の国王ともなると、様々な些事にまで心を砕く必要があり、外面はにこやかにしていても父が心から笑っている場面を見ることは少ない。
一見すると、シュレンドル王国は平和そのものだが、実際には日々様々な事案が起こっている。
例えば、とある領地は三代前から領地境を巡る争いをしていて、ちょっとした切っ掛けでも内乱になりそうな危うさを秘めていたりする。
そうした領地境を巡る争いに、次期国王を巡る派閥争いが絡んで、混沌とした情勢に拍車をかけていたりするから始末が悪い。
その他にも、未だに反貴族派の残党の暗躍が止まない地域もあるし、各地に密偵を走らせ、そこから得た情報を元にして、様々な対策を講じる必要がある。
貴族と領地には、ある種の独立性が認められているが、王国の法に背いた統治が行われているならば、介入して正す必要がある。
これまでは、王家から貴族の内政への介入は、殆ど行われて来なかった。
それでも特に問題は起こらずに、国は回っていたのだが、ここ最近は貴族の箍が外れかけているらしく、目に余る事案も増えている。
実際、二つの家が取り潰しとなり、王家の直轄地になった。
父も極力大きな波風を立てずに問題を解決しようとしているのだが、貴族の側が一線を越えてくるのであれば、厳然とした対処を行うしかない。
政務において、気の休まらない時間が続いているのだから、それ以外の時間では気分よく過ごしてもらいたいが、王位継承の問題が表面化してからは、それすらも難しくなっている。
クリスティアン、ディオニージ、エデュアールの三人に、差を付けないように、同じ頻度で食事を共にしているが、息抜きする時間にはなっていないようだ。
そんな父が、日頃の雑事を忘れて楽しめる時間の一つが、エルメール卿との会談だ。
ラガート子爵領アツーカ村という山間の小さな村の出身である猫人は、毎回我々の想像を超える偉業を成し遂げる。
反貴族派に襲撃された『巣立ちの儀』の会場において、たった一人で王族や貴族の子息を守り抜いてみせたり、ダンジョンの新区画を発見したり、実動するアーティファクトを発見したり、その功績は数知れない。
それらの一つでも成し遂げれば、歴史に名を刻むのは間違いないほどの功績なのに、当の本人はまるで手柄を誇ることが無いのだ。
王族として産まれ、物心付くころから多くの貴族と関りを持ってきたが、殆どの貴族は己の実績のみならず、先祖の実績まで利用して自己アピールする者ばかりだ。
仮に、今回の地竜騒動を別の貴族が解決していたら、こちらから要請する以前に報告に出向き、自らの功績を誇っていただろう。
地竜の討伐がいかに困難であったか、被害の程度すら水増しし、報告というよりも、吟遊詩人が歌うような物語に仕立てられていただろう。
そして、報告の最後は、私のおかげで王国の平和は守られ、今後は何の心配も要らないと自信たっぷりに言い切ってみせたはずだ。
だが、ニャンゴは脚色無しの報告をするのみならず、討伐方法を反省したり、今後考え得る危険の指摘まで加える。
報告の内容を裏読みする必要が無いし、事後の対策まで考えてくれるのだから、聞く側としてこれほど楽なことはない。
しかも、おとぎ話の冒険譚のような内容なのだから、父が楽しむのも当然だろう。
毎回、我々の前に姿を現す度に、楽しい時を提供してくれるニャンゴだが、その扱いについては難しさが増している。
ニャンゴとの楽しい夕食を終えた後、私は父に今後の扱いを相談された。
「さて、どうしたものかな?」
「名誉騎士、名誉子爵……これ以上の名誉爵位は難しいでしょうね」
「となれば、形だけでも領地を与えねばならぬな」
「今すぐ与えられる領地となると、旧グラースト侯爵領か、旧ホフデン男爵領ですが、どちらも猫人への差別が強い土地です」
「ふむ、厄介だな……」
我が国の法では、人種に対する差別を禁じているが、実際にはある種の人種への偏見や差別が行われている。
その最たるものが、猫人への差別なのだ。
差別の度合いは、領地によって様々ではあるが、取り潰しとなった二つの領地は、差別が強い地域だと聞いている。
「ニャンゴを領主とした場合、劇的に状況が改善される可能性もありますが、逆に強い反発を招く可能性もあります」
「どう転ぶかは予測できぬか?」
「これまで猫人が領主として領地を治めた例がございませんから、予測は不可能ですね」
名誉子爵となったニャンゴが、シュレンドル王国初の猫人の貴族だ。
猫人でも貴族になれるという宣伝材料として使わせてもらっているが、あまりにも一般的な猫人との差が大きすぎる。
ニャンゴが貴族になれたのは、ニャンゴだからであって、普通の猫人には無理だという考えが一般的らしい。
「それと、昇爵させるとなると、伯爵位となります。旧グラースト侯爵領では領地が大きすぎ、旧ホフデン男爵領では逆に狭すぎるかと」
「そうだな……まぁ、与えるとなれば旧ホフデン男爵領であろう」
旧ホフデン男爵家は、かつては子爵位であった。
子爵位の中では広い土地と、肥沃な大地に恵まれているので、伯爵の領地としても然程見劣りはしないだろう。
成り上がり者が与えられる領地としては、妥当だと思われる。
「バルドゥーイン、少し噂を流して反応を見てみよ」
「ニャンゴが領主になるかもしれない……ですか?」
「そうだ、その結果、酷い反発を招くようであれば、領地を与えるのは再考する」
「まぁ、妥当ですね」
ホフデン男爵領には、王家の代官が入り、領地の制度を引継ぎ、経営を行っている。
ニャンゴに領地を与えたとしても、領地経営に不慣れなニャンゴに代わって、領地を安定させていくことは可能だ。
「慌てる必要は無いが、カーライル侯爵からも昇爵の推薦が届くことになるであろうし、地竜三頭の討伐という偉業に、王家が何も報いないわけにもいかぬ、準備を進めておいてくれ」
「分かりました」
「それと、じゃじゃ馬の動向も掴めたら知らせてくれ」
「そうですね。たぶん、大公家に居候を申し込むと思いますよ」
カーライル侯爵家の令嬢アルビーナは、変わり者としても知られているが、美貌の持ち主としても知られている。
そのアルビーナ嬢がニャンゴにぞっこんだと伝われば、また反感を抱く者が現れそうだが、エルメリーヌとの縁談を望む者は逆に歓迎するであろう。
「才ある者が望まれるのは世の常ではあるが、エルメール卿には自由に過ごしてもらいたいのだがなぁ……」
「はい、その方が国にとっては益になると思います」
「だがな、バルドゥーイン。あの者に領地を与えたら、どのように変えていくのか見てみたいとも思うのだよ」
「そうですね。また我々の思いつかない事を始めるかもしれませんよ」
「であろう? 領地を治める義務を負わせるのは酷だとは思うが、これまで以上に自由に飛び回れる権利を与えてやるならば、相殺できるのではないか?」
「飛び回る自由ですか……確かに、亡くなったホフデン男爵とは揉めたと聞いていますね」
ホフデン男爵領に騒動を収めに行った時、男爵の危機を救ったにも関わらず、無断で領地に入ったと非難されたと聞いた。
ニャンゴの活躍の場が広がれば、そうした事例は増えるかもしれない。
「ですが、勝手に領地に立ち入る権利を与えると、貴族たちから反発を招きませんか?」
「そこは、地竜の討伐と紐づければ良かろう。地竜以外にもワイバーンなどの危険な魔物が存在する。そうした緊急性の高い魔物の討伐を行う者への権利として与えれば、反発されずに済むだろう」
「権利を与えてしまえば、それをどう使うかは自由ということですね?」
「まぁ、その権利を使って密偵じみた真似をさせる気は無いが、持っていて困るものではないからな」
この後も、父と私はニャンゴに与える報奨について話し合いを進めた。





