転がり続ける運命
「……という感じで、三頭の地竜は無事に討伐を終えました」
「うははは、エイブラムを埋めたのか」
地竜討伐の報告をすると、大公アンブロージョ様は実に楽しそうに笑った。
「は、はい、ちょっと魔法の威力が強すぎたようでして……」
「うははは、地竜の土の鎧を一撃で貫き爆散させるなど、おとぎ話の勇者でもなければ成し得ぬ技だ。埋められたエイブラムはむしろ喜んでいただろう?」
「はぁ、お怒りではなかったですね」
「そうであろう、そうであろう……ところで、エルメリーヌ姫よ、どうなされた?」
報告をしている間……というよりも、大公家の屋敷に戻ってから、姫様はずっと俺の左腕を抱え込んで放そうとしない。
「こうしておきませんと、悪い虫……いえ、悪い馬が付きますので」
「うははは、じゃじゃ馬令嬢か、なるほど、なるほど……」
いやいや、笑いごとじゃないですよ、アンブロージョ様。
「姫様、そろそろ放していただけると……」
「駄目です。ニャンゴ様の周りには、女性が多過ぎです」
「別に、アルビーナ嬢とは、そのような関係ではありませんから……」
「駄目です。じゃじゃ馬だけに行動が読めませんから、駄目です」
「はぁ……」
地竜が討伐されたと聞き、姫様は明日王都へ向けて帰還の途につかれることになり、俺も警護のために同行することになった。
「姫様、拠点に戻ってチャリオットのメンバーに知らせて来たいのですが……」
「駄目です。私の手の者を報告に向かわせます」
「えっと……着替えとかがありませんし……」
「駄目です。こちらで用意します」
「夕食までには、ちゃんと戻って来ますから……」
「むぅー……絶対ですよ」
「お約束します」
どうにかこうにか姫様を納得させて、大急ぎで拠点に戻った。
「ただいま……疲れた……」
「おっ、やっと帰ってきやがったな」
「あれっ、セルージョしかいないの?」
「おぅ、他の連中は買い物に出てる。それで、カーライル領の魔物はどうなったんだ?」
「あっ、そうか、最初は魔物が大量に湧いたって話だったんだよね」
「なんだよ、違ったのか?」
「地竜が出たから討伐してきた」
「なにぃ! カーライル領に地竜が出たのか?」
「うん、例の高速鉄道の跡を辿って来たんだと思う」
「マジか……それで?」
「うん、詳しい話をしたいところなんだけど、すぐに大公家の屋敷に戻らなきゃいけないから、帰ってから話すよ」
着替えとか諸々の準備を整えて大公家の屋敷に戻り、明日から姫様の護衛として王都に向かい、戻って来るのは早くても三日後ぐらいと説明しておいた。
大急ぎで準備を整えて大公家の屋敷へ戻ると、エルメリーヌ姫が待ち構えていて、ちょっと笑ってしまった。
「ちゃんと戻って来ましたよ」
「お戻りになられなかったら、お迎えに上ろうと思っておりました」
すかさず姫様に左腕をホールドされてしまった。
お気に入りのオモチャをガッチリと抱え込んでいるニャンコみたいだよね。
ガジガジ噛まれたり、蹴り蹴りされないだけマシなのだと諦めよう。
「ニャンゴ様、入浴なさったのですか?」
「はい、トンネルを埋める作業とかもしてきましたので、埃っぽかったと思いまして……」
「そうですか、じゃじゃ馬の匂いも綺麗に落ちてますね」
そう言いながら姫様は、すりぃ……っと頬擦りしてくる。
これって、やっぱり猫科の所有物だとアピールする習性だよね。
そのまま姫様は、夕食の時間になっても、俺の隣からはなれようとしなかった。
姫様の警戒ぶりが、あまりにも露骨なので、ちょっとアルビーナ嬢について訊ねてみた。
「あの……姫様、アルビーナ嬢って、そんなに有名な方なんですか?」
「私と一緒にいるのに、別の女性の話ですか?」
「アルビーナ嬢とは、少し話をしただけで、ちょっと変わった方だとは思いましたが、姫様が随分と警戒なさっていらっしゃるようなので……」
「そうですね……一言で言い表すならば、変な人です」
「ぶふっ……」
姫様の言葉を聞いて、アンブロージョ様が吹き出しかけていた。
「ニャンゴ様も出席なさったからご存じだと思いますが、『巣立ちの儀』の折に、王城では舞踏会が開かれます。当然女性はドレス姿で出席するものですが、アルビーナ嬢は男装で出席したりするのです」
舞踏会のみならず、王都の学院での逸話にも事欠かないそうで、婚約者がいながら浮気をした貴族の子息を叩きのめしたり、街で女性に絡んでいた男を叩きのめしたり、魔法の授業の模擬戦で卑劣な手段を使った男子生徒を叩きのめしたり……拳で話をするタイプだそうだ。
「彼女は氷結系の強力な魔法の使い手としても知られていますが、地竜には通用しなかったのでしょう」
俺と手合わせした時には、全く魔法を使う気配すらなかったが、もしかすると制御が下手とかなのだろうか。
「とにかく、自分よりも強く優れた人物でなければ嫁いだりしないと公言している変わり者ですが……ニャンゴ様、結婚を申し込まれたりしていませんか?」
「あ、あれって冗談じゃないんですかねぇ……」
「はぁ……やっぱりですか。エイブラムは社交辞令でしょうが、アルビーナは本気だと思いますよ」
確かに、アルビーナが俺を見る目は、肉食獣が獲物を狙う視線だった。
「お、俺は領地も屋敷も持っていませんから、お断りしたのですが……」
「恐らく、ニャンゴ様に今よりも高い地位と領地、屋敷を与えるべきだと、カーライル侯爵家から王家に要望が出されるでしょう」
「俺は、領地なんて治められませんよ」
「それでも、一日で地竜三頭の討伐という偉業をなされた方に、王家が何もしない訳には参りません。昇爵は受けていただくことになります」
「お断りすることは……無理ですよね」
「はい、恐らくですが、カーライル家からは相当強い要望がなされるはずです。王家による地竜討伐の確認がなされてからになりますが、昇爵を断ることは王家とカーライル家の厚意を拒絶することになりますので、受けていただきます」
こうした説明をしている時の姫様は、やはり王族なのだと実感させられる。
それにしても、子爵の上というと伯爵になるのだろうか。
「……この機会に侯爵まで昇爵すれば私との婚姻も……いえ、いっそ既成事実を……」
「にゃっ? 姫様、何かおっしゃいましたか?」
「いいえ、こちらの話です」
にっこりと微笑むエルメリーヌ姫の瞳が、獲物に狙いを定めているみたいなんですけどぉ……。
どうして、こうも俺の周りには肉食系が多いのだろうか。
そもそも、俺だって草食動物じゃないんだけどなぁ……。
今夜は大公家の屋敷に泊まって明日に備えることになっているんだけど、部屋の入り口と窓にはシールドを張って封鎖しておいた方が良さそうな気がしてきた。
そんな俺の表情を見て、アンブロージョ様が声を掛けて来た。
「昇爵を受けるのは不安かね、エルメール卿」
「はい、正直かなり不安です」
「今度の昇爵では、おそらく領地が与えられることになるだろう」
「みゃっ、領地……」
昇爵だけでも気が重いのに、領地まで治めなければならないのかと思うと、ますます気が重くなった。
「我々は生まれた時から領地を引き継ぐための教育を受け、心構えを固めていくが、それをエルメール卿に求めるのは酷な話だろう。だが、シュレンドル王国を今よりも更に良い国にしていくには、優秀な人材に国を引っ張る存在になってもらわねばならぬのだよ」
「自分に、それが務まるでしょうか?」
「私は務まると思うよ。これまで、いくつもの常識を壊してきたエルメール卿ならば、この国に新しい風を吹かせることが出来るだろう。それに、領地の経営は王家が有能な代官を派遣してくれるはずだ。その者に任せつつ、学んでゆけば良い」
「そうですね。ですが、不安は不安です……」
前世はボッチな高校生止まり、今世は田舎の小作人の三男坊、そこから領地を持つ貴族になるなんて想像もしていなかった。
ただ、この運命からは逃れられそうもないので、俺らしく生きられる最善の方法を探すしかなさそうだ。





