穴埋め
「父上、私はエルメール卿の許へ嫁ぎます」
「そうか、決めたか。ということで、よろしく頼むぞ、エルメール卿」
脳筋肉食父娘が、あまりに自然に言い出すので、危うく頷きかけてしまうところだった。
「ちょ、ちょっとお待ちください。いきなり嫁ぐと言われましても、自分は名誉子爵で領地も屋敷も持ち合わせておりませんし……」
狼狽する俺に、エイブラム様はニヤリと笑ってみせた。
「エルメール卿、軽い冗談だ」
「はぁ……脅かさないで下さい」
「ふっふっふっ……だが、あの強力無比な魔法を目の前に落とされた我々ほどは肝を冷やしておらぬじゃろう」
あっ、やっぱり埋められた件を、ちょっと根に持ってるのかな。
でも、マジじゃなくて良かった。
「父上、私は冗談など申しておりませぬが」
「はぁ? なんだと……」
「父上は、常日頃から申されているではありませんか、自分を倒せぬような軟弱者には娘はやらぬ、私の希望に叶わぬ者には嫁ぐ必要は無いと……」
「確かに、そのように申してはいるが……」
「我々では歩みを止めさせることすら困難であった地竜を一撃で倒したエルメール卿であれば、父上を打ち倒すことも容易いでしょう」
「そ、それはそうだが……」
あれあれ、なんだか雲行きが怪しいんですけど……。
「あのような強力な魔法を平然と放ち、空を舞い、近接戦闘においても卓越した技量を持つエルメール卿と縁を結ぶのは、カーライル家にとっても益にしかなりませぬ」
「だが、エルメール卿は領地も屋敷も……」
「ならば王家に働きかけをすべきでしょう。これほどの人物に領地も屋敷も与えないで、もし他国に移住されたらどうするのです」
「それは……確かに、その通りではあるな」
あっれぇ……更に雲行きが怪しくなってるんですけど、何か別の話題を……。
「あの、エイブラム様」
「んっ、何かな、エルメール卿」
「地竜の件で、気になることがございまして」
「それは聞いておかねばならんな」
どうもエイブラム様は娘を嫁に出したくない親馬鹿のようで、話題を変えたい俺の意図を察知して話に乗ってきた。
「地竜の出て来た森への対応はなさっておられますか?」
「すでに現状を調査には向かわせておるが……まだ現れる可能性があるのか?」
「率直に申し上げて、ございます」
「その口振りだと、何か原因に心当たりがあるのか?」
「はい、おそらくですが、地竜は先史時代の遺跡を通って来た可能性が高いと思われます」
「先史時代の遺跡だと?」
先史時代の高速鉄道の跡については、ノイラート辺境伯爵には伝えてあるが、エイブラム様の耳には届いていないようだ。
なので、先史時代のスマホに入っていた地図データーから、当時の高速鉄道のルートが豪魔地帯に繋がっているという話を伝えた。
「なんと、それでは奴らは豪魔地帯から来たと申すのか?」
「はい、その可能性が高いかと……」
「どうすれば良いと思う?」
「穴を塞ぐしかありませんが、旧王都では地竜が原因でダンジョンが崩壊して、大規模な落盤事故が発生しました」
地下の空洞を爆破によって塞いだ場合、落盤の影響が地上にまで及ぶ可能性が高い。
「カーライル領の場合ですと、森に大きな陥没が出来る可能性が高いです」
「だが、地上への被害の大きさを考えたら、崩落させてしまった方が良いのだろうな」
「地竜の掘削能力がどの程度なのか分からないので、埋めて終わりとはならないでしょうが、何もしないよりは遥かにマシだと思います」
「その地竜が出て来た穴を陥没させて埋めてしまう作業、エルメール卿に依頼したら、どの程度で完了する?」
「半日あれば……」
「ならば、カーライル侯爵家当主として依頼する、地竜の穴を塞いでくれ。森への影響は考えなくて良い」
「分かりました。ちょっと行って埋めてきましょう」
また地竜が現れる前に、さっさと埋めてしまった方が良いだろう。
「あっ、エイブラム様、もう一つ気になったことがありまして」
「なんだね?」
「昨日、地竜を討伐した時に、猫人を使った自爆攻撃を検討されていらっしゃいましたか?」
「自爆攻撃? 例の吟遊詩人の語りに出て来る勇者のようにか?」
「えぇ、猫人を集めて、粉砕の魔道具を持たせようとしていた騎士がいたのですが……」
「そのような話は聞いておらぬぞ。アルビーナ、そなたは何か聞いておるか?」
「いいえ、私も聞いておりませぬ」
二人の様子を見る限りでは、猫人を使った自爆攻撃を主導していたとは思えなかった。
「エルメール卿、その自爆攻撃を行おうとしていたのは、どのような騎士であったか覚えておるか?」
「いえ、遠目でしたし、鎧姿だったので、どのような方だったのかまでは分かりません」
「そうか、もし住民を犠牲にしての自爆攻撃を画策していたのであれば、由々しき問題だ。私の方で責任を持って調べておこう」
「よろしくお願いいたします。では、自分は地竜の穴を塞ぎに行ってきます」
「父上、門までお見送りしてまいります」
「うむ……」
エイブラム様に一礼して部屋を出て、施設の出口へ向かって歩き出したところで、アルビーナに頼まれた。
「エルメール卿、私も同行させて下さい」
「えっ、地竜が出て来た穴にですか?」
「はい、すぐに馬を用意いたします」
「いえ、ひゅんっと飛んで、ちゃちゃっと済ませて来たいのですが……」
「同行するのは……」
「申し訳ございません、住民の皆さんを安心させるためにも、少しでも早く塞いでしまった方が良いと思います」
「そうですか……そうですね。分かりました、わがままを申しました。よろしくお願いいたします」
侯爵令嬢だから、わがままを通そうとするかと思いきや、それが住民のためならば引くだけの分別はあるようだ。
「では、いってまいります」
「ご武運を……」
アルビーナと敬礼を交わした後で、上空へと駆け上る。
ウイングスーツを形成し、風の魔法陣の推進器で地竜が歩いてきた跡を辿って森へと向かう。
豊かに木が生い茂った深い森のようだが、地竜が通った後は踏み固められてしまっている。
「ここか……おっ、もう調査隊が来ているのか」
地竜が出てきたと思われる穴の入り口付近には、鎧姿の騎士が数名、中の様子を窺っていた。
上空から降りながら声を掛けた。
「カーライル騎士団の皆さんとお見受けします」
「おぉ、ニャンゴ・エルメール卿」
空から声を掛けて来る猫人といえば……といった状態なのだろう、すぐに俺だと分かってもらえた。
「エイブラム様からのご依頼で、この穴を塞ぎにまいりました」
「我々は調査を命じられて来た者ですが、調査は打ち切ってもよろしいのでしょうか?」
「はい、この穴は先史時代の遺跡に通じているのですが、それが豪魔地帯まで続いているようなのです」
「えぇぇぇ! あの豪魔地帯ですか?」
「はい、なので、今後も地竜が出てくる可能性があるので塞いで欲しいというご依頼です」
「分かりました。我々もお手伝いできることがあれば手を貸しますが」
「では、私は穴を塞ぐことに集中いたしますので、周囲への警戒をお願いできますか?」
「かしこまりました!」
魔力回復の魔法陣を組み込んだアーマーを着こみ、穴の内部を探知ビットを使って探る。
かなり深い穴だが、やはり穴の先には先史時代の高速鉄道の跡と思われる空洞へ繋がっていた。
「そうか、ここで高速鉄道の跡も陥没させてしまえば、王都方面に地竜が移動するリスクも減らせるか……」
高速鉄道のトンネルを破壊すべく、内部の構造を探知すると、どうやらシールドマシンによって作られたトンネルのようだった。
密閉されているはずのトンネルから、なぜこちらの方向へ横穴が開いたのかは不明だが、とにかく埋めてしまおう。
「爆破を開始しますので、姿勢を低くして衝撃に備えてください」
「分かりました!」
「では、始めます! ニャンゴ・ダイナマイト!」
高速鉄道のトンネル、地竜が通った穴の壁面と天井を粉砕の魔道具で爆破した。
ズーンという地響きが起こり、地震のように地面が揺れる。
地竜が通った穴からは、爆風と共に土砂が飛んできたが、あらかじめシールドを立てておいたので埋まる心配は無い。
揺れが収まったところで、風の魔法陣で舞い上がった土埃を吹き飛ばすと、穴のあった部分が大きく陥没していた。





