祝勝会
三頭目の地竜の討伐を終えると、既に日は地平線の向こうへ沈んでしまっていた。
夜間飛行も、やって出来ないことはないが、旧王都から飛び続け、三頭も地竜を討伐しかたからか、体の芯に疲労感を感じる。
そこで、カーライル騎士団と共に野営させてもらえないかと訊ねると、オーベルズ騎士団長からは、街にある騎士団の宿舎に泊まるように勧められた。
騎士団の宿舎ならば、風呂に入って埃と汗も流せるし、来客用の部屋でゆっくり休めるそうだ。
勿論、断る理由など何も無いので、好意に甘えさせてもらうことにした。
地竜の脅威に晒されていた街は、コジャルという名で、カーライル侯爵領の中では領都に次いで二番目に大きな街だそうだ。
コジャルには大きな穀物倉庫があり、周辺で収穫された小麦や豆などの穀物が大量に蓄えられている。
このコジャルを中心として、領外への穀物の輸出によってカーライル侯爵領は栄えているらしい。
騎士団と共にコジャルに帰還し、地竜が三頭とも討伐されたと騎士が知らせて回ると、街は一気にお祭り騒ぎとなった。
「助かったぁ! コジャルは救われたぞぉ!」
「カーライル騎士団、万歳!」
このままカーライル騎士団の手柄にしてしまえば、俺は目立たなくて済むと思っていたのだが、騎士達は手柄の横取りを是としなかった。
「地竜を討伐したのは、我々ではなく、ニャンゴ・エルメール名誉子爵だ!」
「不落の魔砲使いの砲撃が、地竜の土の鎧を貫いて倒したのだ!」
俺はオーベルズ騎士団長の馬に同乗させてもらっていたのだが、ひょいっと肩の上に担ぎ上げられてしまった。
「ニャンゴ・エルメール名誉子爵に称賛と感謝を!」
「おぉぉ……ありがとう、エルメール卿!」
「竜殺し!」
「王国の剣!」
「猫人の星!」
街の入り口から騎士団の施設まで、道の両側には何重もの人垣が築かれ、正に凱旋と呼ぶのが相応しい光景だった。
目立つのは苦手なんだけど、たくさんの人に感謝されるのは悪くないよね。
「エルメール卿、汗を流されたら食堂にお越し下さい。盛大に祝宴を開きますので、ぜひ出席してください」
「ありがとうございます」
来客用の部屋には風呂も付いていて、早速お湯をはって入浴の支度を整えた。
「ふぅぅぅ……はぁ、良い湯だにゃぁ……」
普通サイズの湯船でも、猫人にとっては寝そべって入れるほどの広さがある。
本当なら、じっくりお湯に浸かっていたかったが、これから祝宴となると、ノンビリしている時間は無い。
備え付けの石鹸を使って、もっこもこの泡で毛並みに絡んだ土埃を洗い流した。
ついでに、革鎧の下に着込んでいた服も洗濯する。
「ニャンゴドラムで高速洗浄、脱水、乾燥、手間いらず、ニャーッ!」
空属性魔法で作った温風機で、全身の毛並みをふっわふわに乾燥させている間に、服の乾燥も終わった。
身支度を終えて暫くすると、騎士が俺を迎えにきた。
「宴の支度が整いました、ご案内いたします!」
「お願いします」
目線を合わせるように、エアウォークで階段を上るように高さを増していくと、部屋を出たところで騎士が話しかけてきた。
「エルメール卿、握手していただけませんか?」
「構いませんよ」
俺が右手を差し出すと、騎士は押し頂くように両手で握った。
「本当にありがとうございました。あのまま地竜が川から上がったら、自分は自爆してでも地竜を止める気でした」
「そんな……上官からの命令ですか?」
「いいえ、それしか方法が無かったなら、上官に反対されても、独断で行うつもりでした」
「そんなの馬鹿げていますよ」
「エルメール卿から見れば馬鹿げているように映るのでしょうが、他に方法が無ければ、私はやるつもりでした。コジャルは、私が生まれ育った街ですから」
自分が生まれ育った街が壊されそうになったら、自分の身を挺してでも……と考えたくなるのは理解できる。
それでも、俺は自爆攻撃には反対だ。
「街を守るためであっても、俺は自爆攻撃には反対です。守るべきは、街ではなくて、街に暮らす人々です。そして、その中には、あなたも含まれているんですよ」
「エルメール卿……」
「建物とか、家財道具とか、穀物倉庫とか、そんな物が無くなったとしても、生きていれば何とかなります。お金で解決できる問題ならば、王国や領主様に頼んで、何とかしてもらえば良いんです。でも、死んでしまったら、本当に終わりですよ」
「でも、自分はエルメール卿のような凄い魔法も使えませんし、それでも勇者カワードのように街や愛する人を救える男になりたいです」
勇者カワード、ノイラート辺境伯爵家の騎士団長が作り出した架空の存在だ。
カワードという猫人が、地竜の脅威から街を救うために、自ら粉砕の魔道具を持ち出したということになっているが、実際は罪人が餌として使われたのだ。
他言無用という約束をしているので、この騎士に実情を知らせる訳にはいかない。
「やっぱり自爆が神聖化されてしまったのか……」
「エルメール卿?」
「俺はノイラート辺境伯爵領にも行き、実際の被害の状況も見てきました。確かに他の方法は無かったのかもしれないし、当時は止むを得ない選択だったのかもしれないけど、それでも俺は自爆には反対です。傲慢だと思われるかもしれないけど、自爆に頼らなくても地竜を討伐できるように、攻撃力に磨きを掛けるべきです」
食堂に到着してしまったので、この議論は打ち切りになってしまったが、若い騎士は完全には納得できなかったようだ。
「エルメール卿がいらっしゃいました!」
「おぉぉぉぉ……」
若い騎士が食堂に集まっている者たちに声を掛けると、集まっていた騎士から歓声が上がった。
「エルメール卿、ありがとうございました」
「助かりました!」
「凄い砲撃で、感動しました!」
「エルメール卿!」
騎士達を同じ目線だと、騎士団長が待つ奧のテーブルには辿り着けそうもないので、失礼して騎士達の頭上を歩いていく。
「ニャンゴ! ニャンゴ! ニャンゴ! ニャンゴ! ニャンゴ!」
再び沸き起こったニャンゴコールに応えて手を振りながら、奧のテーブルまで宙を歩いていった。
「さぁさぁ、エルメール卿、こちらの席にどうぞ」
「ありがとうございます。凄いご馳走ですね」
「街の者達が持って来てくれたものです。今宵は思いっきり食べ、思いっきり飲んでいただきますぞ」
「いや、飲むのはちょっと……」
「何を申されますか、今宵の主役ですぞ」
「実は、少々酒癖が悪くて、酔っぱらって、所かまわず砲撃しても構わないと仰るのであれば、お付き合いいたしますよ」
俺がニチャっと笑って見せると、騎士団長は顔を引き攣らせた。
「だ、誰かミルクを持って来い、大至急だ!」
祝宴は本当に無礼講のようで、騎士団長が宴会の開始の宣言と乾杯が終わったら、一気に食堂はカオスな状況へ変わった。
みんなが酔っぱらう前に、肝心な事を訊ねておきたい。
「騎士団長、カーライル侯爵には、何処へ行けばお会いできますかね?」
「領主様は、二頭目の地竜のところにいらっしゃるはずだ」
「えっ、二頭目って……西南西の方向へ向かっていた奴ですか?」
何だか、とっても嫌な予感がする。
「そうです、ここが一頭目で、二頭目が領都の方向へ向かったというので、領主様が対応に向かわれました」
「ま、まさか、領主様は前線には出たりしませんよね?」
「エイブラム様は、自ら先陣を切りたがるので、止めるのが大変でしてな……」
「にゃぁぁぁぁ……」
「ど、どうされました、エルメール卿」
「埋めちゃったかも……」
「埋めた……?」
一頭目の地竜を討伐した時の様子を、騎士団長に正直に伝えた。
「ぶはははは……それはそれは、うはははは……」
「いや、笑いごとじゃないですよ。侯爵様を埋めてしまったかもしれないんですよ」
「はっはっはははは……いや失礼、大丈夫ですぞエルメール卿。我が主は、その程度のことは気にしませぬ。それよりも、地竜を一撃で倒した攻撃魔法を称賛されるでしょうな」
「本当に大丈夫でしょうか?」
「心配ご無用です」
「もう一つ、猫人を使った自爆攻撃は……」
「それは、グスタボでしょうな」
「グスタボ?」
「カーライル騎士団第二分団の副団長です」
グスタボについて語る騎士団長は、苦い表情を浮かべてみせた。





