更なる予定変更
お魚、ご飯、味噌汁のゴールデントリオを満喫して、すっかりお腹がパンパンだ。
このままお昼寝できれば最高なんだけど、そうは問屋が卸さないらしい。
そろそろ店を出ようと考えていたら、外から慌ただしい足音が聞こえてきた。
足音は一つだけだったし、店の外は王国騎士団が固めているので、店の中に乱入されるような心配は要らない。
ただ、店の外からは、何事かを確認するような緊張した声が聞こえてきた。
「何かあったみたいね」
レイラだけでなく、店にいる全ての人間が外の様子を気にしている。
程無くして店の入り口が開き、鎧姿の騎士が引き締まった表情で店へと入ってきた。
「失礼いたします、姫様、大公殿下の屋敷にお戻り下さい」
「何事ですか?」
「大公領の隣、カーライル侯爵領にて魔物が大量に発生している模様です」
「分かりました、戻ります。エルメール卿、護衛をお願いします」
「かしこまりました」
詳細は分からないが、有事となればエルメリーヌ姫も王族の顔に戻らざるを得ない。
店の前には、既に王家の魔導車が回されていて、そのまま車内へと乗り込んだ。
これは、呑気に昼寝をしている場合ではないな。
エルメリーヌ姫は魔導車に乗り込むと、侍従に状況の説明を求めた。
「分かっている状況は?」
「はい、カーライル侯爵領の北東部に、以前から魔物が多く生息している森があったそうですが、その森から大量の魔物が近隣の村や街に押し寄せて来たそうです」
その森は、魔物が湧く森などと呼ばれていて、討伐系の依頼をメインにこなしている冒険者にとっては、稼げる場所として知られていたらしい。
以前から魔物が多い森ではあったものの、森から溢れるような事態は今回が初めてらしい。
俺は、今いち旧王都周辺の地理に詳しくないので、気になったことを姫様に聞いてみた。
「姫様、そのカーライル侯爵領は、もしかしてノイラート辺境伯爵領がある方向ではありませんか?」
「はい、方向としてはノイラート領のある方です」
「もしかすると、豪魔地帯からの影響かもしれません」
「えぇぇ! 豪魔地帯はノイラート領の更に先ですよ」
「はい、それは分かっています。実は、豪魔地帯から旧王都まで、今も地下道が繋がっている可能性があります」
「えぇぇぇ!」
俺の話を聞いて、エルメリーヌ姫だけでなく侍従さんや侍女さんまでもが驚きの声を上げた。
以前、旧王都のダンジョンに現れた地竜は、豪魔地帯から先史時代の高速鉄道跡と地下鉄の跡を通ってきた可能性が高い。
であれば、豪魔地帯と旧王都の間にあるカーライル侯爵領の地下にも、高速鉄道の地下道が通っている可能性は高い。
「ニャンゴ様、それでは魔物の大群が旧王都にも……」
「可能性はゼロではないですが、今は大丈夫だと思います」
「ですが……旧王都から今の場所へ遷都したのは、魔物の大群が溢れたのが原因だと聞いております」
「そのようですね。ただ、今はダンジョンが崩落して、地下道が埋まってしまっていますので、今すぐ魔物が溢れてくるという心配は要らないと思います」
たぶん、これまでにも魔物の生息数が多かった森には、地下道へと抜ける穴が存在していたのだろう。
そして、今回の魔物の大群は、その穴が広がったか、あるいは何らかの理由で追い詰められた魔物が、地下道から逃げ出して来たのではなかろうか。
「今は、カーライル侯爵領に集中すべきでしょう」
「そうですね、旧王都からカーライル侯爵領の領都までは馬車で四、五日程度、森までは更に一日か二日は掛かるはずです」
さすがは王族とあって、国内の地理には詳しいようだ。
今の時代にも地図は存在しているが、正確に測量された物は、王家、王国騎士団、そして各領地については領主が所有している程度だ。
今でこそシュレンドル王国は平和な日々が続いているが、かつては領主同士が小競り合いをしていた時代もあったらしい。
戦争ともなれば、正確に地形を把握できる地図は、戦略的に価値が高く、機密扱いになるのも当然なのだろう。
ただ、平和な日本で生まれ育った前世の記憶を持つ俺からすれば、交易や街道を整備した方が、経済的な発展に繋がるのではないかと思ってしまう。
まぁ、その辺りの話は置いといて、今はカーライル侯爵領の状況だ。
「どの程度の被害が出ているか……ですね」
「ニャンゴ様、カーライル領に地竜が現れる可能性はございますか?」
「無い……とは言い切れません。先程、申し上げた高速鉄道の跡から魔物が湧いて出ているのであれば、それを追って地竜が現れる可能性は十分に考えられます。まぁ、地竜一頭程度なら……」
と言い掛けて、体に土の鎧を纏った地竜の討伐は、普通の人間には容易ではないのを思い出した。
実際、ノイラート辺境伯爵領では、村が一つ無くなるほどの被害を出しているし、自爆という非人道的とも言える方法で、ようやく地竜を討伐したのだ。
「そういえば、ノイラート辺境伯爵領では多くの住民が犠牲になりましたね」
「はい、地竜の討伐は簡単ではありません」
「ですが、ニャンゴ様ならば、お一人でも討伐可能なのではありませんか?」
「それは……まぁ、可能と言えば可能ですが、今は姫様の護衛の最中ですから」
王家からの依頼は、姫様を無事に王城までお届けしないと達成とならない。
姫様は、恐らく明日には旧王都を発って、王城まで戻ることになるだろう。
俺の仕事は、姫様を王城まで送り届けることだ。
「では、私もカーライル侯爵領まで同行いたしましょう」
「はぁ? と、とんでもない、姫様をお連れする訳にいきません」
「どうしてですか? 現地では、多くの人が傷の痛みに苦しんでいるはずです。それを黙って見過ごすようでは、王族の資格などありません!」
キッパリと姫様は言い切ったが、さすがにこの希望は叶えられないだろう。
確かに、貴重な光属性で、しかも高い魔力の持ち主とあらば、前線での治療のために喉から手が出るほど欲しい人材だが、流石に姫様を戦場に立たせる訳にいかない。
姫様は不満そうな顔をしているが、流石にカーライル侯爵領行きは許可されないだろう。
隣接する領地は大騒ぎになっているのだろうが、旧王都はいつもと変わらない様子で、魔導車はすんなりと大公家の屋敷に到着した。
玄関前に停まった魔導車から、姫様が降りようとしていた時、一頭の馬が勢いよく駆け込んで来た。
王国騎士が一斉に動いて魔導車の周囲を固めたが、駆け込んで来た馬に乗っていたのは大公家の騎士だった。
「地竜だ! カーライル侯爵領に複数の地竜が現れたと殿下に伝えてくれ!」
馬が棹立ちになるほどの急停止を掛けた騎士は、大声で地竜の情報を伝えると、ズルズルと馬から落ちてしまった。
馬も首から腹の辺りが真っ白になるほど汗をかいていて、走り通しだったのか脚がガクガクと震えていた。
「ニャンゴ様!」
「落ち着いて下さい、姫様。まずは、大公殿下に報告いたしましょう」
エルメリーヌ姫にしてみれば、被害の拡大を防ぐために、一刻でも早く俺を派遣したいのだろうし、自分も同行して怪我人の治療などを行いたいのだろう。
だが、いくら早馬で知らせて来たとは言っても、地竜が現れたのは最低でも三日程度前の話だ。
既に討伐された可能性が高いし、討伐されていないとすれば、カーライル侯爵領は壊滅的な被害を被っているはずだ。
屋敷の内部に入り、大公殿下に面談を求め、早馬の騎士がもたらした地竜の情報を伝えた。
その場でエルメリーヌ姫はカーライル侯爵領に出向くと言い出したが、当然のように大公殿下によって却下された。
「なぜですか!」
「エルメリーヌ姫よ、考えてみてほしい。王族が訪れたとなれば、当然カーライル侯爵家として護衛をつけなければならなくなる」
「私が望んだことでは……」
「それでも、護衛無しなんてあり得ないし、そうなれば前線に立つ兵力を削ることになるのだぞ。姫はカーライルの騎士の足を引っ張りたいのか?」
「そんなつもりでは、それに、私は治療ができます」
「姫は、手足が千切れた者の治療をした経験がおありかな?」
「い、いいえ、ありません」
「腸の出てしまった者は?」
「いいえ……」
「姫が優れた光属性の素養を持っているのは間違いないが、戦地で治療を行うには経験が足りていない。今回は自重されよ」
「分かりました……」
エルメリーヌ姫は、状況を理解はしたけど、納得はしていないという感じに見える。
それでも、今の時点で地竜が闊歩する戦場に向かうのは、無謀と言わざるを得ない。
エルメリーヌ姫は、少しの間目を閉じて考えをまとめた後、ふーっと息を吐いた後で俺の方へと視線を向けた。
「エルメール卿、今この時をもって、私の護衛の任を解きます。その代わり、明朝一番にカーライル侯爵領へと出向き、地竜を討伐し、民を救ってください」
「かしこまりました。王家の剣として地竜を討ち、王家の盾として民を守りましょう」
かくして姫様の護衛から一転、地竜討伐へと向かうこととなった。





