姫様の冒険(前編)
「レイラさん、どうしたらその大きさで、その形をキープできるのですか?」
「エル、これは身体強化魔法よ」
「えっ、身体強化魔法?」
「そうよ、ここにね、重みを支える腱があるの。これを強化しておけばキープできるわ。女冒険者の常識よね、シューレ」
「当然、常識……」
エルメリーヌ姫の要望に応えて、街の服屋で買い物することになったのだが、試着に同行する訳にはいかないので、探知ビットを張り付け、ついでに集音マイクで声を拾っているのだが……。
俺は、いったい何を聞かされているのだろう。
「私も身体強化の訓練をした方が良いのでしょうか?」
「そうね、エルの大きさなら絶対に必要ね」
「もし、やらなかったら、どうなりますか?」
「垂れるわね」
「た、垂れる……でも、うちの母や貴族の奥方は……」
「それ、服を着ている状態じゃない? 身体強化の訓練をしていない人は、コルセットなどに頼るしかないわね」
ゴクリとエルメリーヌ姫が唾を飲み込んだ気がした。
「身体強化の以外では、いっぱい踏み踏みしてもらうしかないわね」
「踏み踏み……ですか?」
ちょっ、ちょっ、レイラさん、何を言いだしてるのぉぉぉ!
「そう、踏み踏み。猫人はみんな好きよね、クーナ」
「えっ……えっと、はい、そうですね」
うっ、兄の性癖を聞かされるのはちょっと……。
「その……踏み踏みって何ですか?」
エルメリーヌ姫の素朴な疑問に、レイラが懇切丁寧に説明を加える。
うん、俺は本当に何を聞かされているのだろう……。
「そんな、ニャンゴ様も……なんですか?」
「大好きよ。寝ぼけているのか、ちゃんと起きているのかは分からないけど」
「そんなぁ……」
「大丈夫、ミリアムもするから……」
「えっ、そうなんですか?」
「私は……してるかも……」
うんうん、それは猫人の習性ってことにしておいてくれれば……。
「でも、一緒にお風呂に入ったり、踏み踏みしたり……エッチです」
「でも、そんなものよ」
「そう、むしろ拠点では服を着ろって言われる……」
「えっ、服を着ろって……どういう意味ですか?」
姫様、そこは深く突っ込まないでほしい。
てか、何をカミングアウトしちゃってるかなぁ。
「えっ、部屋に帰ったら脱ぐわよね?」
「脱ぐ……」
「脱ぐけど、着ててもいいと思うわよ」
いや、部屋着とかあるし、普通は着るもんでしょ。
てか、着ていても良いなら着てなさい。
「えっと……皆さん、部屋では服を着ないんですか?」
「下着も着ないわよ」
「着ない……」
「まぁ……なりゆきで」
「三人、御一緒の部屋なんですか?」
「ニャンゴも一緒よ」
「えぇぇぇぇ!」
「ニャンゴはパンツ穿きたがるけどね」
穿かせて下さい、てか、穿いて下さい。
「見られても減らない……」
「あっちが見なきゃいいのよ」
「そういう問題なんですか?」
そういう問題じゃないと思うよ。
「まぁ、冒険者と王族では習慣が違うのは当たり前じゃない?」
「そう、かもしれませんね」
いやいや、そんなこと無いからね。
「討伐依頼の最中に、服が破れる場合だってある……」
「恥ずかしいなんて言ってる暇は無いわよ」
「なるほど……」
てか、そんな事は今まで一度も無かったと思うし、ミリアムが一端の冒険者っぽい台詞を口にしてるのが、違和感ありまくりなんだけど。
「まぁ、エルに踏み踏みはまだ早いから、騎士に頼んで身体強化魔法の訓練を始めるといいわ」
「分かりました。王都に戻ったら、早速訓練を始めます」
予定の時間の大半をオッパイ談義で費やした服屋での買い物が終わり、続いて雑貨屋へと向かう事になった。
雑貨屋までは、徒歩で向かう。
今のエルメリーヌ姫は、服屋で買ったばかりのちょっと裕福な庶民といった感じの服装なので、道行く人も王族だとは気付いていない。
この状態で、俺がエアウォークを使って宙を歩いていると、そちらの方が目立ってしまいそうなので、エアウォークを使いつつも浮いていると分からないように地面スレスレを歩いている。
なので、姫様とは顔の位置がかなり違っている。
その姫様が、少し腰をかがめて、俺の耳元で囁いた。
「ニャンゴ様、踏み踏みしても良いんですよ」
「と、とんでもない……物理的に首が飛びます……」
「お嫁に貰っていただけるなら大丈夫ですよ」
「恐れ多いです……」
プルプルと首を振ってみせると、姫様はぷーっと頬を膨らませてみせた。
なんだよ、可愛いかよ。踏み踏みしちゃうぞ。
二軒目に立ち寄った雑貨屋は、ダンジョンで発掘された品物を主に取り扱っている。
ただし、全ての品物がダンジョンで発掘されたという訳ではなく、中には発掘品を模して現代で作られた品物も混じっているそうだ。
つまり、安くて良い品物を手に入れたければ、審美眼を磨いて来い……という店なのだ。
姫様たちが見て回っているのは、ガラス製の食器やアクセサリーなどだ。
ダンジョンで発見された物でも、金のアクセサリーは当時の流行や風俗を伝える貴重な資料として、現代でも高級なアクセサリーとして、高値で取引されている。
もっとも、王族の姫様にとっては、高価ではないんだろうなぁ……いや、普段から値段なんか気にしていないか。
雑貨屋で商品を見ようとすると、猫人の身長だと見づらいんだよねぇ。
ミリアムはシューレに抱えられ、結局俺はレイラに抱えられることになってしまった。
いやいや姫様、両手を差し出しても俺は抱っこされたりぃ……ちょっと、レイラなにを……。
「じっとしていて下さい、ニャンゴ様。でないと落としちゃいますよ」
「さすがに姫様に抱えられるのは……」
「今は姫ではなくて、ただのエルですよ……えっ」
咄嗟に思い付いて、重量軽減の魔法陣を自分に張り付けた。
抱えられるのは不敬だとは思うけど、せめて重さだけでも軽減しておこう。
「ふふっ、フワフワですぅ……」
「ひ、姫様……」
「エル、ただのエルです」
「エ、エル、頬擦りは……」
猫のぬいぐるみでも抱えたように、姫様はご満悦な様子で俺に頬擦りを繰り返している。
さすがに姫様相手に、両手を突っ張って拒否という訳にはいかないよにゃぁ……。
「姫……エル、何か欲しいものは無い?」
「えっ、プレゼントしてくださるのですか?」
「気に入った物があれば……」
「では……」
買い物に注意を向けたおかげで、姫様の頬擦りをストップできた。
「これが、いいです」
姫様は真剣な表情でネックレスを吟味して、青い石の付いたネックレスを選んだ。
金額は……どうにか手持ちのお金で払えそうだ。
「付けて下さいますか?」
お店に支払いを終えると、その場でネックレスを付けて欲しいと言って来た。
えっと、この態勢でネックレスを付けるとなると、姫様の首に抱き着く格好になってしまうのですが……はい、付けますよ。
「し、失礼します……」
「ふふっ、くすぐったいです」
「ちょっ、エ、エル、動かないで……」
姫様に抱き着いて、首筋に顔を埋めているような格好で、どうにかこうにかネックレスの金具を嵌めることが出来た。
今の姿を陛下に見られたら、物理的に首が飛ぶんじゃなかろうか。
「つ、付きました」
「ありがとうございます。綺麗……」
金具を嵌め終えたネックレスを持ち上げてみせると、姫様はうっとりとした表情で青い石を見詰めた後で、俺の顔に視線を移した。
「ニャンゴの左目の色ね」
「えっ……」
レイラに言われて気付いたが、ネックレスの石の色は、姫様の光属性魔法で復活した俺の左目と同じ色をしている。
「ニャンゴ様、我が国の王族、貴族の間では、想い人の色を身に付ける習慣があるのですよ」
「えっと……それは陛下もご存じですよね?」
「勿論、知っていますよ」
「他のネックレスにするのは……」
「一生大切にしますからね」
ふにゃぁ、どうやら自ら地雷を踏みに行ってしまったみたいだ。
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