予定変更
エルメリーヌ姫様が、ご機嫌斜めだ。
ダンジョン新区画の発掘現場に降り立った時には、めちゃくちゃご機嫌だったのに、今はぶんむくれている。
とろけるような笑顔だったのが、今は絵に描いたような膨れっ面をしている。
まぁ、その膨れっ面も可愛いんだけどね。
姫様とレイラの勝負の行方は……最初っから見えてるよね。
片や王家の箱入り娘と、片や荒くれ冒険者を華麗にあしらっていた酒場のマドンナでは、経験値に違いがありすぎる。
例えるならば、母ライオンに向かっていく子ライオンって感じだから、勝負になんかならないんだよね。
「ニャンゴ様、何がおかしいんです!」
「いえ、姫様は可愛らしいなぁ……と思っていただけですよ」
「あら、ニャンゴ、それじゃあ私は可愛くないってこと?」
「レイラは、可愛いっていうより綺麗っていう感じだし……」
「それじゃあ、私は綺麗じゃないってことですか?」
「とんでもない、姫様はお綺麗ですよ」
「あら、じゃあ私は綺麗だけど可愛げがないってこと?」
「いや、だからそうじゃなくて……」
何で、こんなに対抗心バチバチなんだか、何を言っても状況が悪化するばかりだよ。
「姫様、それでは上の階へと向かいます。この先は、まだ運び出しが終わっていないエリアですから気を引き締めて下さい」
「うー……分かりました」
まだまだ姫様はご不満な様子ですが、姫様自らが望んでいらした現場ですので、集中していただきましょう。
「これは、なんだか変わった階段ですね」
「はい、おそらく自動の昇降機だったと思われます」
「階段が動いていたのですか?」
「そうです。この下に、階段を動かす機構が収められているはずです」
「では、自分で昇らずに、上の階まで行けたのですね?」
「はい、降りるのも自動だったはずですよ」
俺たちが最初に発見したホールからは、二本のエスカレーターが並ぶ形で二階へと掛けられている。
おそらく片側が昇り、片側が下りだったはずだ。
「三階へ上がる昇降機は無いのですか?」
「三階へは、建物の中央通路から上がれるようになっています。入り口からは、とにかく中へと人を導き入れて、それから上の階へと移動させるという導線が作られていたのでしょう」
「人を中へ中へと導き入れる工夫ですか?」
「その通りだと思います。普通の市場でも、見て歩いているうちに、あれも欲しい、これも欲しいと思うものですから、とにかく見てもらうことを重視していたのでしょう」
エスカレーターを歩いて昇った先は、ブティックだったと思われる店が並んでいる。
当然、時の流れによって洋服やマネキンと思われるディスプレイも劣化し、多くが崩れ落ちてしまっているが、かつては煌びやかな雰囲気に溢れていたのだろう。
「殆どの店がガラス張りだったのですね」
「今はボロボロになってしまっていますが、おそらく人形などに売り物の服を着せて、立体的に展示していたようです」
「人々は、それを眺めて、自分の欲しい服を選んでいたのですね」
「そうだと思います」
「この時代の王族の方々は、こうした場所で買い物を楽しめたのでしょうか?」
「さぁ、おそらくですが、難しかったんじゃないですかね」
俺は前世の頃にウインドウショッピングをした経験があるが、日本の皇族や外国の王族も、気軽にショッピングは出来なかったはずだ。
数年後ぐらいには、こちらの世界でもショーウインドにマネキンが並ぶ日も来るだろうが、それでも姫様は気軽にショッピングを楽しんだりは出来ないのだろう。
「私、王都の学院では商家の娘さんとも友達になって、休日に買い物を楽しんだ話を聞いて、とても羨ましいと感じてしまったのです」
「王族の方は、気軽に出歩けませんからね」
「いいえ、男性であれば、抜け出せたりするんですよ」
「あぁ、バルドゥーイン殿下やファビアン殿下はやってそうですよね」
「そうなんです、お兄様たちはズルいんです!」
バルドゥーイン殿下は、王都の学院の研究使節に同行して、ひょっこりダンジョンに現れたり、商家の若旦那の振りをして旅をしたり、結構やりたい放題やってる印象だ。
ファビアン殿下は、ラガート子爵の次男、カーティス様と一緒に遊び歩いている印象がある。
エルメリーヌ姫にしてみれば、自分も……と思っているのだろうが、さすがに女性王族がフラフラと街を遊び歩く訳にはいかないのだろう。
そう考えてみると、今回の姫様のはしゃぎっぷりは必然的な流れなのだと理解できた。
好き勝手、自由気ままに生きてきた俺から見れば、姫様は箱入り娘というよりも籠の鳥という印象だ。
「それじゃあ、ダンジョンの見学なんて、さっさと切り上げて、街で買い物して食事にしましょうよ」
「ちょっ……レイラ?」
「不落の魔砲使いが一緒なのよ、旧市街は無理でも治安の良い新市街なら大丈夫でしょ」
「ニャンゴ様、私、行きたいです! 行きたい、行きたい! いえ、行きます!」
「いやいや、そんな突然言われても、俺の一存では……」
「あら、突然だからこそ、狙おうとする側も準備できないんじゃない?」
「そうかもしれないけど……」
「ニャンゴ様……」
「うっ……」
そんな、うるうるした瞳でお願いされたら断れないよ。
「ニャンゴ、今日はお魚が美味しい店でいいわよ」
「うにゃぁ、それはズルいよ、レイラ」
「私がよく行く服屋と雑貨屋、それとニャンゴの好きなお魚のおいしい店、三軒回って、その先の大通りから魔導車で帰ればいいじゃない」
「もう、騎士の皆さんと相談してみるけど、許可が下りるかどうか分からないからね」
レイラの提案によって、急遽予定を変更して街の見物が出来るか王国騎士団と相談することになった。
当然ならが、騎士団からは難色を示されたが、姫様のたっての願いに、不落の魔砲使いとそのパーティーが護衛に付くということで、渋々ながら許可が下りた。
さっきまで、ぶんむくれていた姫様が、今度はスキップしそうなほどの上機嫌だ。
なんていうか、レイラの手の平の上で転がされている気がするにゃぁ。
今回、姫様が乗馬をするような姿だったことも、許可が下りた理由の一つのようだ。
いつもの、ザ・お姫様というドレス姿では、目立ちすぎるし、もしもの時に動けない。
まぁ、それでも俺が一緒ならば、毛筋ほどの傷も付けさせないけどね。
別に自慢でもないし、格好つけている訳でもない。
守りきれなかったら、物理的に俺の首が飛ぶかもしれないからだ。
姫様ははしゃぎまくっているし、これは相当気合いを入れていかないと、とんでもない目に遭いそうな気がする。
姫様を大公殿下の屋敷に送り届けるまでは油断できないし、いくらお魚の美味しい店でも、今日は味わっている余裕は無いだろう。
警備の配置は、姫様を目出せないように、周囲はチャリオットの面々が囲い、騎士団はその外側から守りを固める二段構えとした。
ダンジョンを出るところから、姫様は王家の魔導車ではなく、普通の幌馬車に乗って服屋まで移動する。
その間、魔導車は囮を務めることになる。
姫様は服屋の前で幌馬車を降り、店内で買い物をして、徒歩で雑貨屋へと移動する。
そして、雑貨屋で買い物を終えたら、再び徒歩で魚の美味しい店まで移動。
最終的には、食事をした店から近い大通りで魔導車へ乗り込み、大公殿下の屋敷へと戻るという計画だ。
突然の行き当たりばったりの計画にしては、まぁまぁのレベルだろう。
それでは俺の首を掛けた、姫様の街でのお買い物アンドお食事タイム……計画スタート!
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