見学に向けて
現在、ダンジョンの新区画では、俺たちチャリオットが発見したショッピングモールの他に、複数個所で発掘作業が進められている。
兄フォークスや、その嫁クーナが活動しているのは、そうした現場だ。
かつてダンジョンは冒険者が自分の才覚で発掘、探索を進める場だったが、現在はギルドや学院の人間が同行した状況でないと作業が認められていない。
理由は、ダンジョンの崩落を防ぐためだ。
俺たちがダンジョンの新区画を発見して少し経った頃、現在作業が進められている場所よりも西側の区画で崩落が起きた。
崩落の原因は、掘削した部分に硬化の措置を行っていなかったからだ。
この事故によって、多くの人間が生き埋めとなってしまった。
一部の人間は別方向からの発掘作業によって生還したが、現在でも行方不明扱いとなっている人がいる。
巨額の費用と人員を投入してまで新しい地下道を作ったのに、先史時代の遺産を掘り出す前に再度の崩落を起こす訳にはいかないのだ。
現在、ダンジョンには大公家、冒険者ギルド、学院、それに商業ギルドも関わっている。
この四者は、ともすれば互いの利益を巡って対立する関係でもあったのだが、ダンジョン新区画が発見されて以後、協力関係を築いている。
巨額の利益が得られるのが確実な情勢なのに、下らない争いをして機を逸するのは馬鹿げているという結論に至ったようだ。
地下道の警備は大公家、発掘品の鑑定は学院、発掘に関わる人員は冒険者ギルド、そして発掘品の取引に関しては商業ギルドが主な役割を担っている。
俺たちチャリオットとすれば、発掘品が早く査定されて、お金になってくれればそれで良いので、どこの組織が絡んでようと構わない。
この四者がタッグを組んだおかげで、地下道の建設から発掘再開までは、驚くほどのスピードで行われた。
現在も、地下道建設に掛かった費用を回収し、純然たる利益を上げるために、それぞれが力を入れている。
当然、ダンジョンには連日多くの人間が出入りするようになっている。
勿論、大公家騎士団によって、出入りする人間の身元確認は行われているが、出入りする人数が増えれば、見落としが出る可能性は否めない。
そうした状況で、いかにエルメリーヌ姫の安全を確保するか、大公家の屋敷に到着した後で王国騎士団の人を含めて相談しようとしたのだが、たった一言で済まされてしまった。
「大丈夫ですよ、エルメール卿。エルメリーヌ姫が見学なさる日は、ダンジョンへの一般人の立ち入りは禁止しますから心配要りません」
「えっと、作業は中止ってこと?」
「そうです。当日ダンジョンに入れるのは、我々だけです」
考えてみれば簡単な話だ。
そもそも、胡乱な人物など立ち入れない状況にしてしまえば良いのだ。
平民生まれの平民育ちの俺は、作業を止めて、全員退去させるなんて力技は思いつかなかったが、王家にとっては当たり前のようだ。
まぁ、王都の学院の使節団に紛れ込んで来ちゃうような王族も中には居ますけど、未婚の女性王族、しかも貴重な光属性で高い魔力を保有しているとなれば、貸し切りがデフォなんでしょう。
ダンジョンの見学には、王国騎士団全員が参加するそうだ。
ぶっちゃけ、みんなダンジョンの中を見てみたいらしい。
当然、騎士候補生も見学に加わるそうだ。
それだけの人数が護衛に当たるなら、まだ運び出しが行われていないフロアの見学も可能だろう。
旧王都には戻って来られたが、拠点には戻れなかった。
大公アンブロージョ様とエルメリーヌ姫の会食に同席し、うみゃうみゃした後は、騎士団の人達とスケジュールの確認を行った。
既に、ダンジョンへの一般人の入場は止められていて、大公家騎士団により内部に不審者が残っていないか確認が行われている。
ついでに、発掘品の搬出が終わっていないフロアの床面の掃除が行われているらしい。
未発掘の雰囲気を残しつつ、足元の危険を排除しておくのだ。
ついでに、足元が崩れたりしないように、土属性の者が硬化処理を行うらしい。
スケジュールや見学順路の確認が終わったのは、日付が変わってからだった。
拠点までビューンと飛んで帰ることも考えたが、裸族の園と化している屋根裏部屋よりも、大公家が用意してくれた部屋の方が確実に良く眠れそうだ。
ただ一つ気掛かりなのは、チャリオットのメンバーも明日の見学に招待されていることだ。
姫様に失礼を働いて、物理的に首が飛んでしまうような事態にならないか、ちょっと心配だ。
というか、兄貴を是非紹介してほしいとエルメリーヌ姫から頼まれているのだが、王族からのご指名だなんて知ったら、寝込んでいないか心配になる。
寝込むまでいかないにしても、たぶん姫様の前ではカチンカチンに緊張するだろうな。
「まぁ、なるようになれだ……もう寝る」
さすが大公家だと唸らされる、フカフカのお布団に潜って、朝までグッスリ眠らせてもらった。
翌朝、なにやら掛け声が聞こえてきて目が覚めた。
あと五分だけ……と、お布団に沈みそうになる意識を強靭な意思で繋ぎ止め、ベッドから起きて窓の外を眺めてみると、騎士訓練生が訓練を行っていた。
俺のために準備された部屋は、大公家の屋敷に隣接する騎士団の施設の一室で、窓からは訓練場の様子が良く見える。
まだ夜が明けきっていなのに、みんな汗だくで訓練を行っていた。
「おっ、オラシオに、ザカリアスに、ルベーロ、トーレ、全員揃ってるじゃん。騎士団で聞いた話では、同行するのは成績上位二十人と言ってたのに、四人とも選出されるなんて、相当な訓練を重ねたんだろうな」
でも、先日の王都での活躍振りを考えれば、選出されてもおかしくないと思っていた。
オラシオたちは、手を叩いたら反転するダッシュを繰り返していて、走り終えると両膝に手をついて、荒くなった呼吸を必死で整えようとしている。
不意にオラシオが顔を上げ、窓際に立っている俺と目が合った。
何か、変なセンサーとか付いてるんじゃないだろうな。
俺が軽く右手を挙げると、オラシオは両手をブンブン振り回してみせた。
まったく、村の子供じゃないんだぞ。
そのオラシオの動きで、ザカリアスたちも俺に気付いたようで、姿勢を改めて敬礼してきたので、こちらも敬礼を返しておいた。
ザカリアスたちの動きを見て、他の候補生たちも敬礼してくる。
なんだ、ちょっと気恥ずかしい。
というか、オラシオたち以外の騎士候補生からは、俺はどんな風に見られているのだろう。
それにしても、朝からみんな元気だねぇ。
めっちゃくちゃ走っているけど、そんなペースで走っていて、昼間も持つのかね。
いや、持つんだろうな。
改めて、俺ももっと鍛えないといけない気がしてきた。
オラシオ達の訓練を少し眺めた後で、手早くシャワーを浴びて着替えを終えると、大公家の使用人さんが朝食の案内に来た。
今朝もアンブロージョ様、エルメリーヌ姫と同席だ。
食堂に向かう途中で、既に見学にいく服装に着替えたエルメリーヌ姫と行き合った。
乗馬用のズボンと長靴、上はシルクのブラウス姿だが、見学の時には革の上着を着込む予定だ。
「姫様、おはようございます」
「おはようございます、ニャンゴ様」
ダンジョンの見学が余程楽しみなのだろう、昨夜から姫様はニッコニコだ。
「姫様、良く眠れましたか?」
「いいえ、ドキドキして、何度も目が覚めてしまいました」
「体調は大丈夫ですか?」
「勿論、大丈夫です。駄目そうならば、自己治癒の魔法を使いますから」
「治癒魔法は、御自身にも掛けられるのですか?」
「はい、ですから体調は万全です」
ぐっと両手を握ってみせたエルメリーヌ姫は、いたって元気そうだ。
ではでは、しっかりとエスコート役を務めるといたしましょう。





