旧王都へ到着
旧王都へ向けた移動は、今日も問題無く進んでいく。
いや、今日も俺は膝枕されて撫で回されているのだから、これを問題が無いで片付けてはいけない気がする。
気がするのだが、だからと言って何か出来るのかと言われれば、何も出来ないのだ。
てか、侍従さんと侍女さんの生暖かい視線が痛い……。
「ニャンゴ様、ダンジョンの新区画とは、一体どの辺りまで続いているのでしょうか?」
「正直に申し上げて、どこまで続いているのか分かりません」
アーティファクトを使って説明すると言って、ようやく膝枕から解放してもらった。
今回のために携帯したタブレットを取り出し、地図アプリを起動させる。
それだけでも、侍従さんと侍女さんは目を丸くして驚いていた。
そう言えば、王族であるエルメリーヌ姫にはアーティファクトを披露しているが、使用人の皆さんは目にする機会なんて無いもんね。
表示した地図画面をピンチアウトして、ダンジョンである人工島の辺りを大きく表示する。
「この青で塗られている部分が海で、ここが今まで先史時代の地下都市だと思われていたダンジョンの旧区画である人工島です」
「新区画は、どこになるのですか?」
「この旧区画から運河を隔てた向かい側に広がっているのが、いわゆる新区画と呼ばれている部分です」
画面をピンチインすると、陸地は更に大きく広がっている様子が見てとれる。
「それでは、シュレンドル王国の地下には、この街並みが埋まっているということですか?」
「おっしゃる通りです。この辺りがノイラート辺境伯爵領になりますね」
「では、私たちが暮らしている王城の地下にも、先史時代の都市が埋まっているかもしれないのですか?」
「そうですが……それが、どういった状態にあるのかは分かりません」
ダンジョンは火山灰が降り積もったことで形成されたと思われるが、これほど大規模な噴火となると、溶岩流や地殻変動が起こっていた可能性は否定できない。
溶岩流に飲み込まれてしまっていたら、原形を留めてはいないだろう。
「ノイラート辺境伯爵領にも、先史時代の遺跡があると聞きましたが」
「ありますが、豪魔地帯の中なので、旧王都のような発掘作業は無理でしょう」
「ニャンゴ様は遺跡を確認されたのですか?」
「はい、空の上から眺めただけですが、地上には竜種を始めとして危険度の高い魔物がウヨウヨしていましたから、接近するのは無謀だと思います」
「空の上からでも無理でしょうか?」
「うーん……空からなら行けそうな気もしますが、遺跡の内部がどうなっているのか分かりませんし、相当年月が経過していますから、いつ崩壊してもおかしくないと思います」
「それでは、行くとすれば命懸けの冒険になってしまうのですね」
「そうなりますが、そこまでする価値があるかどうか……」
もう少し、シュレンドル王国の魔法工学が進歩したら、最先端の研究をしていたと思われるノイラート辺境伯爵領の遺跡を調査する意義が出てくるだろう。
それ以前に遺跡を調査しても、発掘品の価値が分からずに壊されてしまったり、捨てられてしまう可能性がある。
発見されれば必ずや貴重な資料になると思われるので、機が熟すまでは発見されない方が良いような気がしている。
「それでは、これから十年先、二十年先になったら、ニャンゴ様が謎を解いて下さるのですね?」
「どうでしょう、そんなに先のことまでは考えられませんね」
「では、私たちの五年後はどうでしょう?」
「五年後、ですか?」
五年後と言われても、急には思い浮かばない。
その頃までには、新区画での発掘作業から離れて、もしかすると違う土地で冒険者をやっているかもしれない。
たぶん、ライオスたちは冒険者としての活動に、どうやって終止符を打つか考える頃だろうし、反対に俺や兄貴、ミリアムは経験を重ねて、冒険者として脂が乗ってくる頃だろう。
そういえば、すっかり忘れていたが、港町タハリに流れ着いた幽霊船の故郷がどんな国なのかも興味がある。
タハリに流れ着いた船には、一つも魔道具が積まれていなかったのだ。
外洋を航行する船ならば、命を繋ぐ水の確保は重要だし、魔道具が使えるならば水の心配をせずに済む。
それなのに、船には大きな雨水タンクが積まれていて、水の魔道具だけでなく料理用の火の魔道具も積まれていなかった。
そうした状況から考えられるのは、その船が出航した国の住民は魔法が使えない、もしくは誰でも複数の魔法を使えるから魔道具を用意する必要が無いかのいずれかだ。
「ニャンゴ様は、その国に行ってみたいと思っていらっしゃるのですか?」
「うーん……そこは微妙なんですよねぇ……」
「何か問題でもあるのですか?」
「猫人の容姿です」
「獣に近いと差別を受けるとお考えですか?」
「はい、実は、乗組員の遺体を見せてもらったのですが、全員尻尾がありませんでした」
「えぇぇぇ……尻尾が無いのですか?」
「たぶん、もう解剖の結果が出ていると思いますが、俺が見た限りでは尻尾は見当たりませんでした」
これは、ダンジョンで発見された写真集に写っていた人たちも同じだ。
尻尾が無く、ケモ耳も無い、いわゆる僕の前世で人とされていた存在だ。
「そうした人たちから見ると、俺は酷く異質な存在に見えると思うんです。友好的な関係を築いていくのに必要な信頼を得るには、猫人ではない方が良い気がします」
「そうですか……」
俺の言葉を聞いて、エルメリーヌ姫は少し悲し気な表情を浮かべてみせた。
シュレンドル王国でも、いまだに猫人は差別の対象となっている。
ぶっちゃけ、いわゆる人しか存在しない国に、俺みたいな奴が出向いたら、魔物だと思われて攻撃されるんじゃないかと心配している。
もし魔法が存在しない世界だったら、最悪銃などで攻撃されるかもしれない。
俺が作る空属性魔法のシールドは物理的に強度が高いが、銃弾に耐えられるかどうかは微妙だ。
「姫様、旧王都の街並みが見えてきました」
魔導車の御者から声が掛かると、エルメリーヌ姫はパッと表情を明るくした。
「あぁ、いよいよダンジョンに入れるのですね」
「姫様、ダンジョンは明日ですよ」
「分かっています。でも、先史時代の街並みを、この目で確かめられると思うと、胸の高鳴りが止められないのです」
それはそれは大変なので、俺が踏み踏みして鎮め……ちゃ、駄目ですよね。
こうして魔導車に乗っての移動ならば危険は少ないが、魔導車を降りてダンジョンの内部を移動する時には、エルメリーヌ姫は姿を晒すことになる。
当然、危害を加えてやろうと目論む人間がいるとすれば、その瞬間を狙ってくるはずだ。
勿論、不落の二つ名をいただいた身としては、完全に安全にエルメリーヌ姫を王城まで送り届けなくてはならない。
旧王都は、言ってみれば俺のホームグラウンドだが、全てを把握している訳ではない。
大公殿下の屋敷に入ったら、もう一度王国騎士団と警備の打ち合わせをしておこう。
「ニャンゴ様、私はまだ搬出が終わっていない場所を見てみたいのですが、可能ですよね?」
「そうですね、指示に従っていただけるなら、ご要望にお応えできるように検討してみます」
「期待していますよ、私の騎士様」
タブレットの電源を落として、ふっと顔を上げたら鼻先にキスされてしまった。
姫様、ちょっとはしゃぎすぎじゃありませんかね。





