今後の方針
ライオスに二人で話がしたいと言われた。
これって、もしかして愛の告白……な訳ないし、おそらく発掘品の搬出作業に関わることだろう。
昼食の後、既に運び出しが終わったショッピングモール一階のスペースで、ライオスが淹れてくれたカルフェを飲みながら向かい合った。
「まぁ、察しはついていると思うが、この搬出作業の監視についてだ」
「セルージョを筆頭に、飽きちゃったからさっさと終わらせようって話だよね?」
「その通りだ。ぶっちゃけ、もう充分すぎるほど稼いでいるからな」
「この先も、今と同じ作業を続けていれば、もっと儲かるのは確実だけど、終わるまでには時間が掛かり過ぎるんだよね?」
「そういう事だ」
ここまで話している内容は、これまでに何度も話して来た事だから、再確認している意味合いが強い。
「この広いモールの中身を全部運び出して、更に隣の建物の中身も運び出し、精算を終える頃には、もう引退する時期になっているかもしれん」
そんな老け込む年じゃ……と言い掛けて、俺とライオスでは下手をすると親子ほども年が離れている事を思い出した。
冒険者は危険を伴う職業だ。
この搬出作業の見守りが楽過ぎて感覚がマヒしそうだが、本来の討伐や護衛の依頼では、己の命をベットする賭け事みたいな一面があるのだ。
本当なら、ライオスたちは自分が思うように動けなくなるまでにダンジョンを攻略して、それまでに稼いだ金で余生を送る……みたいな生活を夢見ていたのだろう。
だが実際には、ダンジョン攻略に取り掛かって早々に新区画を発見してしまい、命懸けのギャンブルなどする暇もなく楽な生活に辿り着いてしまったのだ。
「それで、俺を呼び出したってことは、何かアイデアを考え付いたって事だよね?」
「そうだ、ここの発見、隣の建物の発見については、言うまでも無くニャンゴが最大の功労者だ。だから、やり方を変えるならば、ニャンゴの同意は不可欠だろう」
こうして、メンバーの心情に配慮して、きっちり対応してくれるからこそ、ライオスはリーダーとして皆の信頼を得ているのだ。
「もしかして、権利を放棄しようとか考えている?」
「いや、それは無い。この新区画の発見、建物の発見は、間違いなくチャリオットの功績だ。それを放棄するなんて言ったら、リーダー失格だろう」
「じゃあ、どうするつもり?」
「ギルドの連中に、建物全体の査定をさせようと思っている」
「もしかして、丸ごと売却してしまうつもり?」
「駄目か?」
「いや、良いアイデアだと思う。今みたいにチマチマ査定を頼んでいたら、時間ばっかり経過してしまうもんね」
「そうなんだ。運び出しにも時間が掛かる、査定にも時間が掛かる、これではいつまで経っても終わらない」
運び出す品物は膨大な数で、保存状態の良い物もあれば、悪い物もある。
品物の程度がバラバラだから、査定に時間が掛かってしまうのだ。
「それに、ニャンゴが実際に使えるアーティファクトを見つけてしまったから、査定を行っている連中が盛り上がっているという話だ」
研究者として、自分も後世に名を残すような発見をしたいと思うのも当然だろう。
その結果として、査定に掛ける時間が増えてしまっているらしい。
だが、建物を丸ごと売却してしまえば、俺達が発掘品の搬出を見守る必要もない。
「問題は、いくらで売却するかだ」
「もう充分すぎるほど稼いだんだよね」
「そうなんだが、捨て値で売却する訳にはいかない」
「どうして?」
「他の連中が稼げなくなるからだ」
「でも、うちばっかり稼いでいるって、一部の人間から風当たりが強くなってるんだよね?」
「そうなんだが、うちが安く売ってしまうと、他も買い叩かれてしまう可能性があるからな」
「そっか、相場を下げることになっちゃうのか」
俺達チャリオットの稼ぎは、今現在のダンジョン関係では断トツの一位で、同時に全てのダンジョン関連の査定の基準にもなっているそうだ。
その俺達が、建物全体を安く売ってしまったら、他の場所で発見された品物の値段も下がってしまう。
「ギルドが強気の値付けをしているのも、発掘品全体の価値を下げないためなのだろう」
「だったら、もうギルドに査定させて、その値段で売却するしかないんじゃない?」
「まぁ、そうなるよな。だが、こちらが何の根拠も持たないで交渉に臨む訳にもいかないぞ」
「でも、ギルドにも出せる限度があるだろうし、こちらが無理を言って値段を吊り上げるのも、ちょっと違う気がするけど」
「勿論、値段を大きく吊り上げたい訳じゃない。ただ、買い取ってもらうのは、ここだけじゃなく隣の建物もだ。あちらは、アーティファクトの山なんだよな?」
「そうだった……」
こちらの建物が、色々なテナントが入ったショッピングモールだとすれば、隣の建物は家電量販店のような物らしい。
まだザックリとしか見ていないが、倉庫には稼働するアーティファクトが眠っている可能性が高い。
そうなると、単純に面積だけでは判断できなくなってしまうのだ。
床面積で言ったら隣の建物は、こちらの建物の四分の一どころか八分の一程度しかない。
だが、価値で言ったら数倍の価値があるはずだ。
「んー……ライオス、俺たちだけで考えていても結論出ないんじゃない?」
「ギルドの担当も交えて話し合うしかないか」
「うん、今みたいな感じで、ギルドに相談を持ちかけてみようよ」
「そうだな、だがニャンゴは明日には出掛けてしまうんだよな?」
「うん、でも明日中に騎士団の宿舎に入れば良いって話だから……」
明後日には、エルメリーヌ姫を護衛して王都を発って、ダンジョンを目指して移動しなければならない。
ただし、道中の警備計画は全て王国騎士団が準備する予定で、俺は姫様の身辺警護のみに専念すれば良いはずだ。
「いや、早めに行っておいた方が良いんじゃないか?」
「それは確かにそうなんだけど、こっちも俺抜きじゃ話が進まないんじゃない?」
「まぁ、そうだが、今は方針が決まれば良いだろう。それに、建物丸ごとの査定となれば、いくら簡素化するといっても時間が掛かるからな。まずは野暮用を片付けてきてくれ」
「というか、その野暮用ごと戻って来るんだけどね」
「そうだったな、余計なトラブルまで持って帰ってくるなよ。今はセルージョだけでも面倒なんだからな」
「分かってるって」
ライオスの事情は分かっているけど、何らかのトラブルを持ち帰ってしまいそうな気はしている。
「大丈夫だとは思うが、気を引き締めておけよ。相手は王族なんだからな」
「大丈夫だよ。姫様と二人きりになるような事は無いはずだから」
「いや、そういう心配だけじゃなないぞ。もし姫様が、ほんの少しでも怪我をすれば、責任を問われたりするんじゃないか?」
「えっ……」
ライオスの言葉を聞いて、背中の毛がぞわっと逆立った。
確かに、姫様が怪我すれば、一番近くで警護している俺が責任を問われるかもしれない。
「でも、姫様は治癒魔法を使えるから大丈夫じゃないかな」
「治癒魔法って、自分にも掛けられるのか?」
「あれっ、どうなんだろう。でも、俺は自分に魔力回復の魔法を掛けられるよ」
「それは刻印魔法だからだろう。火属性の人間は、自分の魔法で火傷したりしないぞ」
「言われてみれば、氷属性の人も自分の魔法で凍ったりしないし、雷属性の人も自分の魔法で倒れたりしないよね」
「その辺り、確認しておいた方が良いんじゃないか?」
「うん、明日騎士団に着いたら真っ先に確認しておくよ」
治癒魔法を使える人なんて身近には居ないから、自分で自分を治療できるのか聞いたことが無い。
すごい治癒魔法の使い手であっても、自分を治療できないとしたら……姫様を守る俺の責任は、もの凄く重大に思えてきた。





