退屈な仕事
王家からのメッセージが届いた翌日、発掘品の見守りをしながら依頼の内容を再確認している。
膝の上に抱えられながら読んでいるから、レイラにも内容は丸分かりだ。
「出発の前日までに騎士団の宿舎に入り、当日はエルメリーヌ姫と王家の魔導車に同乗して身辺警護にあたる。魔導車の周辺は、王国騎士団が警護する……って、これは警護の仕事なの?」
警護依頼での俺の役割を読んで、レイラは首を傾げている。
「まぁ、レイラが疑問に思うのも当然だよね。俺を警備として活用するならば魔導車の外、それも空の上に配置するべきだと思う」
「普通はそうでしょ、だってニャンゴ以外に空から監視できる人なんて居ないんだから」
レンボルト先生が夢中になって飛行船の開発を行っているみたいだけど、今現在、シュレンドル王国で上空からの監視が可能なのは俺だけのはずだ。
空の上から偵察、監視が出来るメリットは、今更言うまでも無い。
そもそも、襲撃を仕掛けようとする人間も、まさか自分達が空から発見されるなんて思っていない。
これまで、何度も空からの監視を行ってきたが、襲撃を企てる連中は前後左右からの視線には注意しているが、上から見られることについては全く警戒していない。
だからこそ、先手が取れるし、襲撃を未然に防げるのだ。
その利点を捨ててまで、俺を魔導車に乗せるのは、間違いなくエルメリーヌ姫の要望だろう。
「ニャンゴが魔導車に乗ってて大丈夫なの?」
「王国騎士団の精鋭が護衛に付くんだろうし、俺がいないと何も出来ないなんて事にはならないでしょ」
「そうじゃなくて、ずっとお姫様と一緒で大丈夫なの?」
「大丈夫って?」
「既成事実を作ろうと迫られたりしない?」
「いやいや、魔導車の中に二人きりになんてならないでしょ」
魔導車でも王城から旧王都の大公家の屋敷までは片道二日は掛かる。
往復で四日、ダンジョンを見学するのに一日は必要だろうし、最低でも五日間の日程になる。
その間、エルメリーヌ姫の身の回りの世話をする侍女は同行するだろうし、魔導車の中とはいえども二人きりになる事は無いはずだ。
「どうかしら、ニャンゴ、王城で眠り薬を盛られたのを忘れちゃったの?」
「みゃっ……あれは、エデュアール殿下とセレスティーヌ姫がやった事で、エルメリーヌ姫はそんな事はしないでしょ」
「なんて油断してたら、逃げられなくなるわよ」
「いや、まさか……」
エルメリーヌ姫に限って、そんな事は無いと思いたい。
けど、名誉騎士に叙任されてから、さして期間も置かずに名誉子爵に陞爵され、更には舞踏会で他の貴族に見せ付けるようにエルメリーヌ姫と踊らされてしまった。
確かに、これで更に何か起こったら、アウトのような気もしないではない。
「それに今回のダンジョン見物って、騎士団としたら良い迷惑なんじゃない?」
「うっ、それはあるかも……」
「だって、王女様って普通は出歩かないでしょ?」
「そうみたいだね」
シュレンドル王国では、王女様が王家の直轄地から出ることは殆ど無いらしい。
出るのは嫁に出る時ぐらいだそうで、エルメリーヌ姫の旧王都行きは異例だそうだ。
「それに、エルメリーヌ姫は聖女として崇められてるって話じゃない」
「うん、だからこそ外に出るのかもよ」
「王都以外での場所で治療を行うってこと?」
「そういう必要があった場合、ぶっつけじゃ対応できないだろうし、何も無い時に試してみるって意味合いもあるのかも」
「なるほど、それは一理あるわね」
エルメリーヌ姫の治癒魔法の腕前は、王都だけでなく国中に広まりつつある。
初めての魔法で、俺の物理的に潰れた左目を治してしまったのだ。
あれは、治療というよりも再生と呼ぶ方が正しいレベルだ。
ただ、再生したのは目玉と神経程度なので、体積としては小さい。
体の大きな人種の腕や足が欠損したような怪我まで再生させてしまうなら、本当に聖女と呼ばれるレベルだと思うが、仮に成功しても魔力の消耗は相当なものだろう。
「魔力に関しては、ニャンゴがいれば大丈夫でしょ」
「そうか、魔力充填の魔法陣を使えば、理論上は魔法を使い続けられるか」
「お姫様に、そこまで要求するとは思えないけどね」
「まぁね、元々姫様は魔力値高そうだし、それが魔力切れになるまで治療するとなると、どんだけぶっ通しで働かされてるんだって話になるよね」
「王族がそんな思いをするようじゃ、国が傾いていてもおかしくないわね」
「それこそ、天変地異か戦争でも起こらない限り、あり得ない話でしょ」
というか、戦争になったとしても、治療に当たるのは一般的な治癒魔法を使える人だろうし、女性の王族が前線に出るとは思えない。
あるとすれば、有力貴族が病に倒れた場合などだろうが、その場合でも王族が出向くよりも本人を王都に運んで来るだろう。
「あとは、王家による印象操作とか……かな」
「印象操作?」
「王家って権力を握ってはいるけど、結局国民の税金で稼いでるじゃん」
「まぁ、そうよね」
「王家への印象が悪くなると、色んな不満が蓄積していって、世の中が不安定になったりするから、王族は偉そうにしているだけでなく、身近な存在です……みたいなアピールをするためかも」
「うーん……だったら、仰々しい行列で移動するのは逆効果じゃない?」
「あっ、そうか、そういう考えもあるか」
「まぁ、王家が何を考えているかなんて、私には分からないけど、そう簡単にニャンゴは渡さないわよ」
うん、レイラに所有権を主張されるのは嫌じゃないけど、なんで俺のお腹をタプタプしてるのかにゃ。
昨夜はお魚が美味しくて、ちょっと食べ過ぎたけど、そんなに太ってはいないはず……。
「そういえば、セルージョは今朝も機嫌悪かったみたいね」
「うん、ちょっと珍しいね。でも、シューレが平気でからかってたけどね」
金持ちだと疎まれて腹を立てるのは貧乏人が慣れない金を持ったからだとか、金があっても残念な中身が変わってないんだから嫁なんて来るはずがないとか、バッサリ切り捨てていた。
マジな喧嘩にならないかとヒヤヒヤしてしまったが、それが許されるのもシューレの人徳なのかもしれない。
「あれはシューレなりの気遣いよ。周りまで深刻そうな顔をしていたら、セルージョも引っ込みが付かなくなるじゃない」
「なるほど……てか、引っ込みが付かなくなって、無理に深刻そうな顔をしているセルージョも、ちょっと見てみたいかも」
「ふふっ、それはそれで面白そうね」
結局、シューレの気遣いもあって、拠点を出る頃にはいつものセルージョに戻っていたが、いつものままだと、いつまで経っても嫁が来ないのでは……なんて言っちゃ駄目なのかな。
ショッピングモールからの運び出し作業は順調に進められていて、一階での作業はほぼほぼ完了し、二階での作業も始められている。
今後の搬出作業は、かつての立体駐車場のスロープを使って進められる予定だ。
ショッピングモールの内部に残されていた館内図によると、駐車場は一番上の階を除いて全ての階に繋がっているようだ。
おかげで階段を下ろさなくて済むので、今後の搬出もスムーズに行えるはずだ。
「にゃっ、レイラ降ろして、ネズミだ」
「どっち?」
「作業をやってる北側だけど、もう封じ込めを始めてる」
「さすが、ニャンゴ、仕事が早いわね」
搬出作業を行っていると、時々フキヤグモやヨロイムカデ、それにネズミが現れる。
ネズミといっても、前世の東京にいたドブネズミサイズではなくて、カピバラとヌートリアぐらいの大きさがある。
普段は隠れていて人を襲ったりはしないのだが、時折狂暴な一団が人を襲う場合がある。
鋭い前歯と強靭な顎で、人間の指程度は簡単に食い千切ってしまうから注意が必要だ。
「すみません、通ります。ネズミの駆除をするけど、作業は続けていて構いません」
搬出作業の上を、エアウォークで通り抜け、空属性魔法のシールドで閉じ込めたネズミを確認に向かう。
「ジャーッ!」
俺の姿を見た途端、牙を剥いて飛び掛かって来ようとするが、俺のシールドはその程度ではビクともしないよ。
「一、二、三……うわぁ、全部で十四匹もいるよ。こいつら、何処に隠れてたのかね」
シールドを操作して、ネズミたちを排水溝の近くまで誘導し、水の魔法陣を使って内部を水で満たしていく。
「苦しまないように……雷!」
「ギギィィィ……」
ネズミたちを感電させた後、念のために水に沈めておく。
「もう終わったの?」
「あとは、このまま暫く置いて、完全に死んだと確認したら運び出してもらうよ」
「確かに、この程度じゃライオスたちが退屈だって言うもの分かるわね」
「何か上手い方法があれば良いんだけどねぇ……」
発見者として権利は主張したいが、そのためには発掘作業が完了するまで足止めされてしまうというジレンマが発生している。
ライオスは何か考えているみたいだけど、解決にはまだ時間が掛かりそうだ。





