団欒(後編)
「どうだ、ニャンゴ、これなら平民に混じっても分からないだろう」
串焼きの肉を串を手で持って食べながらファビアン殿下が訊ねてきたのだが、一つ一つの仕草に隠しきれない気品が漂っている。
たぶん、街の酒場や食堂で同じことをすれば、王子様とは分からなくとも、育ちの良い貴族か豪商の子息だと一発でバレるだろう。
「平民に混じってって、またカーティス様と何か企んでいらっしゃるのですか?」
「なっ……なにも企んでいないぞ。ただ、兄上のように学院の者と一緒にダンジョンにいくとしたら、こうした作法にも慣れておいた方が良いと思っているだけだ」
「なるほど……同行者との心の垣根を取り払い、交流を深めるためですね」
「そうだ、食事を共にすれば、より互いのことが分かるだろう」
「そうですね」
いや、これは確実に何か企んでそうだな。
そう言えば、ファビアン殿下はあと半年もすると学院を卒業されるはずだ。
その後は、王家の仕事をするのだろうが、学院にいた頃よりも自由に使える時間は増えるはずだ。
「ファビアン殿下、もしやラガート子爵領を訪問されるつもりですか?」
「なっ、なんで……そう思うのだ?」
「ラガート領は王国の北の端でもあり、隣国と境を接する土地でもありますから、視察されるのかと思いまして」
「そ、そうだな、たしかに視察する価値はあるだろうな……」
などと言いつつ、ファビアン殿下はチラっ、チラっと国王陛下に流し目を送っている。
「バルドゥーインのような商人の振りなどは許さぬぞ。どうしても行きたいのであれば、シュレンドル王国第六王子として行け」
「父上、良いのですか?」
「ふん、どうせ止めたところで、ラガートの倅と共に抜け出すつもりなのじゃろう」
「そ、そんなことはありませぬ……」
というか、国王陛下にもバレバレみたいだ。
「グラースト侯爵の一件で、我々王族はもっと国の隅々まで足を運ぶべきだと思い知らされた。今回のホフデン男爵領のことも、王家の目が行き届いていない証のようなものだ」
現在の国王陛下については、悪い噂話は聞いたことが無い。
俺が幼子だった頃、夏が異常に寒くて極端な不作の年があり、多くの領地で餓死者が出たと聞いているが、まだ若かった国王陛下は積極的に備蓄していた食料を放出するなどして、難局を乗り切ったと聞いている。
歴史に残るような偉業は無いが、堅実な運営によってシュレンドル王国は平穏な日々が続いている。
ただ、堅実であるが故に、時代の流れにそぐわない慣例などが増えているようだ。
その一つが、王族は王都から遠く離れた土地には足を運ばないという慣例で、これによって王国各地に王家の目が届きにくくなっているようだ。
領地の経営についても基本的に領主一族の裁量に任せ、王国が決めた税率を超えた税金の取り立てが無ければ、王家は口出ししないことになっている。
そのため、王家の目を逃れるために、税金以外の名目を作って金を取り立てたりしている悪徳領主が野放しになっていたりするようだ。
反貴族派の活動が手に負えなくなり、王家に助けを求めたグロブラス伯爵領でも、不当な税の取り立てが行われていて、住民が疲弊していたと聞いている。
そうした出来事への反省から、バルドゥーイン殿下がグラースト侯爵を捕らえに出向いたりしているようで、王族が王国の隅々まで足を運ぶように舵を切ったのだろう。
ディオニージ殿下は未遂に終わったが、エデュアール殿下はノイラート辺境伯爵領まで足を運んでいる。
そうした兄たちの行動を見て、ファビアン殿下も遠くまで、親友の実家であるラガート領まで足を運んでみたいと思ったのだろう。
「見聞を広めるために外に出るのは良いが、その旅費もまた民の税によって賄われるのだ、遊び半分の物見遊山などは許さぬぞ」
「こ、心得ております」
ファビアン殿下とすれば、父親である国王陛下の目の届かない場所で、平民の変装でもして街の酒場などに出入りしてみたいと思っていたのだろう。
ぶっとい釘を刺されて苦笑いを浮かべている。
「ファビアン殿下、ラガート子爵領には平民のための職業訓練所がございます。そちらで民に混じって、職業訓練を体験してみるというのはいかがですか?」
「ほぅ、その職業訓練所では、どのような仕事を覚えられるのだ?」
「私が見学したのは、もう随分前ですので、今は内容も変わっているかもしれませんが、陶芸や木工、鍛冶や裁縫、調理などの技術を教えていました」
「そうした技術は、職人にとっては財産であり、簡単には教えないものではないのか?」
「一般的には、そういう見て覚えろという感じだと聞いていますが、ある程度までの技術は指導されながら覚えた方が早いです。基礎の技術が出来ていれば、その後の応用も容易になるはずです」
「そうであろうな。だが、技術を教えることで職人は損したと思うのではないのか?」
「どうでしょう、私は職人ではないから分かりませんが、本当に高度な技術は教えてもらうだけでは習得できないのではありませんか」
いわゆる高度な職人技は、ただ教えてもらうだけではなく、様々な失敗や創意工夫を重ねた先にあるものだろう。
職業訓練所で指導を受けた程度では、高度な技術までは覚えられないだろうし、もし覚えられてしまうなら、その職業がその人にとっての天職なのだろう。
「その職業訓練所はどこにあるのだ?」
「ラガート子爵家の城が立っているトモロス湖畔にございますから、気軽に見学できるはずです」
「そうか、ならば是非立ち寄ることにしよう」
「訓練を受けている者達が喜ぶと思いますよ」
ラガート子爵領で暮らす者にとって、貴族と出会うことですら稀なのに、突然王族が現れたりしたら、腰を抜かしてしまうかもしれない。
「それでは、秋分の休みには、私は旧王都を訪れるといたしましょう」
「にゃにゃっ! 姫様がですか?」
「はい、先史時代の都市である、ダンジョンをこの目で見てみたいです」
「それはならぬぞ、エルメリーヌ」
「どうしてですか、お父様」
「そなたの身を守る近衛がおらぬではないか」
『巣立ちの儀』の時に、俺を近衛にしようと画策していたが、あの後も近衛騎士を選んでいないのか。
「お父様、それならば、腕の立つ冒険者に依頼をすれば良いではありませんか」
「おぉ、そうか、その手があったか……」
いやいや、そんな親子コントなんか要りませんからね。
「依頼、受けてくださいますよね、ニャンゴ様」
「えっと……私一人では、目が行き届かないと思いますので、王国騎士団もしくはチャリオットの協力が得られて、大公家の承諾が得られるのであれば……」
「絶対ですよ」
「かしこまりました」
てか、この状況では断れないよ。
秋分の休みって、もうすぐじゃないか。
旧王都までは馬車で二日の距離だけど、王族が訪れるとなれば、大公家でも受け入れの準備をする必要があるだろう。
ぶっちゃけ、男性王族であれば、急な話でも大公家は対応してくれそうだが、女性王族が訪れるとなれば、その準備の手間は何倍にもなりそうだ。
ましてやエルメリーヌ姫は、強力な光属性魔法の使い手として、シュレンドル王国の至宝と言われている。
そのエルメリーヌ姫に、万が一何が起こってしまったら、それこそ大騒ぎになるだろう。
「旧王都の治安は、以前に比べて格段に良くなっていますが、それでもご訪問の際には十分に注意なさってください」
「はい、王城を出るところから、王城に戻るまで、腕利きの冒険者にしっかり守っていただきます」
うにゃぁ、依頼料がいくらになるのか分からないけど、責任重大と言うか、外堀がどんどん埋められてしまっている気がする。





