団欒(前編)
バルドゥーイン殿下も、さすがにケーキ一個で王族の愚痴を聞かせるのは悪いと思ったのか、仕事の話は抜きで夕食をご馳走してくれることになった。
お城に上るのはちょっと……と思ったのだが、王国騎士団の食堂の個室でという話なので安心した。
夕食までは時間があるので、少しのんびりさせてもらおう。
一緒に公開処刑の警備を担当した王国騎士団の皆さんは、既に今日の警備の報告書作りとか、警備の問題点の洗い出しとかをしているらしい。
バルドゥーイン殿下からの指名で参加した俺はイレギュラーな存在なので、そうした場所に顔を出すと余計な仕事を増やしてしまいそうなので遠慮しておいた。
そういえば、公開処刑の刑場には皮鎧で身を固めた人達がいたが、たぶん騎士見習いだったのだろう。
あの中にはオラシオも混じっていたと思うが、刑場は広いし、多くの人が詰めかけていたので探し出せなかった。
正式な騎士になるまでに、あと一年半程度だと思うが、少しは気弱な所は改善されただろうか。
「おかえりなさい、お疲れ様でした、エルメール卿」
「お疲れ様です」
騎士団の宿舎には、貴族の家の騎士や魔法関連の学者が滞在することがあるそうで、俺が使わせてもらっているのも、そのための部屋の一つだ。
部屋の内装はシンプルだが、机や椅子、ソファー、ベッドなど、選び抜かれた良質な物が使われている。
部屋は二階の南側で、大きな窓はあるがテラスは無い。
下は幅十メートルほどの芝生の庭になっていて、西側には入る時に前を通った警備の詰所がある。
つまり、窓から出入りしたりしないように、監視されている訳だ。
騎士団の敷地に入る時点で身分の確認は行われるが、敷地に入った後も好き勝手に歩き回ったりしないように見られている。
まぁ、俺の場合は『巣立ちの儀』の警備協力で長期滞在もしたし、そういうものだと理解しているから気にせずに歩き回ったりはしているが、さすがに窓から出入りはしていない。
窓から外を眺めていたら、芝生の庭でひなたぼっこを楽しみたくなってしまったが、騎士の皆さんが働いている時間に眠りこけていたら、さすがに反感を買いそうだ。
仕方がないので、窓際に空属性魔法でクッションを作り、そこで昼寝を楽しませてもらうことにした。
一眠りした後は風呂に浸かり、毛並みをふわふわに仕上げてから騎士服に着替えた。
そろそろ、騎士服ではなく、貴族らしい服も用意しておいた方が良いとは思うのだが、なんとなく面倒でまだ作っていない。
というか、この騎士服、ちっとも短くならないんだけど……もう、これ以上背は伸びないのかにゃぁ……。
王族を待たせる訳にはいかないので、時間よりも早くに部屋を出て食堂へと移動する。
部屋を出る前に、服に皺ができていないか、襟が曲がっていないか、ヒゲはピンと張っているか、鏡の前でチェックした。
「ようこそいらっしゃいました、エルメール卿、ご案内いたします」
「お願いします」
騎士団では顔が知られているので、名乗らなくても席へと案内してくれた。
向かった先は、昼間バルドゥーイン殿下と利用した部屋だった。
「こちらでお待ちください」
「どうも……」
部屋に足を踏み入れた途端、自分の甘さに気付かされた。
食器が、五人分も並べられているのだ。
俺以外には、バルドゥーイン殿下が来るのは確定だとして、残り三人は誰だろう。
有力な線としては、騎士団長とファビアン殿下、それにエルメリーヌ姫といった感じだろうか。
というか、俺はどこの席に座れば良いのだろう。
片側二人、もう片方に三人分の席が用意されているのだが、こっちの世界でも上座、下座みたいな考えはあるのだろうか。
手持無沙汰な状態で待っていると、数人の人の気配が近付いてきた。
ドアを開けて最初に入って来たのは、やはりエルメリーヌ姫だった。
「ご無沙汰いたして……ふみゃ」
「お会いしたかってですわ、ニャンゴ様」
片膝をついて挨拶しようと思ったのに、ふわりと抱き上げられてしまった。
いやいや姫様、そこは見事なカーテシーを披露するところじゃないですか。
「エルメリーヌ、独り占めは駄目だぞ、ただでさえ近頃は兄上が独占しているのだからな」
「ご無沙汰してます、ファビアン殿下。こんな恰好で失礼します」
エルメリーヌ姫様の胸の谷間に埋もれ掛けながら、もごもご挨拶するのは何とも恰好がつかない。
「そうじゃぞ、独り占めはいかん。今宵は我も仲間に加えてもらわんとな」
「へ、陛下……こ、これは、そのぉ……」
ファビアン殿下の後ろから、姿を見せたのは国王陛下だった。
「あぁ、良い、良い、城の外でぐらい、私も楽にさせてくれ」
「はぁ……」
これはケーキ一個でファビアン殿下の愚痴を聞き、夕食一回で国王陛下の愚痴を聞く……みたいな夕食会じゃないのか。
だとしたら、にゃんとも割が合わないような……。
「さぁ、ニャンゴも腹を空かせていそうだし、話は席についてからにしよう」
バルドゥーイン殿下に促されて席についたのだが、片側三人の席にバルドゥーイン殿下、国王陛下、ファビアン殿下が座り、俺はエルメリーヌ姫の隣に座らされた。
いやいや、さすがにおかしくないかい。
「なかなかお会いできず、エルメリーヌは寂しいです」
「も、申し訳ございません。ダンジョンの発掘も再開しまして、他にもガタガタしてましたもので……」
「でも、バルドゥーイン兄様とは、ちょくちょく会っていらっしゃるのですよね」
「それは、たまたまと言いますか、依頼でもありますので……」
「でしたら、私も依頼を出せばよろしいのですね」
「いや、それは……」
エルメリーヌ姫は、俺に空属性魔法のクッションで高さを調節させ、ぴったりと寄り添うように座ると、とろけるような笑顔で俺を撫でまわし始めた。
いや、あっ……喉は駄目ですって……。
エルメリーヌ姫にはオモチャにされ、国王陛下とファビアン殿下からは、ノイラート辺境伯爵領での出来事や、ホフデン男爵領での騒動、そしてダンジョンの状況などをあれこれと聞かれた。
地竜やフェルスの画像があれば見てみたいと、バルドゥーイン殿下からタブレットを持参してくれと頼まれていたのだが、そのリクエストをしたのはどうやら国王陛下らしい。
猫人の俺が見るには、十インチ程度のタブレットは大画面に見えるが、こうして複数の人に見せるには少々小さいと感じてしまう。
二つ折りのタブレットとか無かったか、ダンジョンの中を探してみよう。
料理は、てっきり一人ずつのフルコースが振舞われるかと思っていたのだが、予想に反して、サラダどーん、カルパッチョどーん、オーク肉の煮込みどーん、串焼きドーン、みたいに大皿に乗って出てきた。
「ニャンゴ様、市井の冒険者の皆さんは、こうした感じで食事をなさるのですよね?」
「そうですけど……あっ、俺が取り分けて」
「いいえ、私の楽しみを奪わないでくださいませ」
「父上、肉ばかり取り過ぎです。野菜も食べてください」
「良いではないか、今日ぐらい……ファビアン、お前は母に似てきたな」
「父上、煮込みも旨いですぞ」
「おぅ、そうか」
うん、俺は一体何を見せられているのだろう。
いや、これは深く考えたら負けなのかもしれない。
「ニャンゴ様、カルパッチョには私が一手間加えさせていただきます」
「姫様……?」
何をするのかと思いきや、エルメリーヌ姫は白身魚のカルパッチョに光属性の魔法を掛けてみせた。
「さぁ、ニャンゴ様……あーん」
「あーん……んーっ! にゃにこれ、うんみゃぁ! 今捕って捌いたみたいにプリップリ、コリッコリで、うんみゃぁぁぁ!」
刺身に光属性魔法なんて、まったくもって才能の無駄使いだと思ったのだが、カルパッチョを口にして認識を改めた。
王族のために出されるのだから、鮮度が悪いはずはないが、以前オラシオ達も参加した夕食会や晩餐会などで食べたものを思い出してもレベルが違いすぎるのだ。
「ニャンゴ様、私を妻に娶れば、毎日食べられますよ」
「毎日……うにゃうにゃ、一介の名誉子爵には荷が重いです」
危うくプロポーズしちゃいそうだったけど、すんでのところで踏みとどまった。
うーん……でもにゃぁ、この刺身が毎日食べられるなら……食べたいにゃぁ……。





