終業後の呼び出し(後編)
メインディッシュの高原ミノタウロスのヒレステーキ、デザートのフルーツタルトも堪能し、後は拠点に帰ってお風呂に入って、お布団にダイブを決めるだけ……とはいかにゃいんだよにゃぁ。
「アンブロージョ様、それでホフデン男爵領で何があったのですか?」
「乗っていた馬車が襲撃され、バルドレード・ホフデン男爵が殺害された」
「えぇぇぇぇ……ちょっと前に襲撃されたばかりなのに、警護体制を見直していなかったのですか?」
「なんだと、以前にも襲撃を受けていたのか?」
そういえば、王国騎士団には反貴族派らしい者達の襲撃の様子を伝えたが、大公殿下には伝えていなかった。
そこで、ノイラート辺境伯爵領からの帰り道に遭遇した、前回の襲撃の様子を語って聞かせた。
「一度襲撃を受けて、危うく殺され掛けたところエルメール卿に救ってもらっていながら、何の手立ても打たなかったのか」
「あるいは、私が簡単に追い払ってしまったから、反貴族派を侮っていたのかもしれませんね」
襲撃後の対面でも、俺を成り上がりの劣等種などと呼んで、全く評価していなかった様子を話すと、大公殿下は二度三度と頷いてみせた。
「ホフデン男爵家は、元々は子爵だったのだが、二代前の当主の不始末で男爵位に降格させられたのだ」
「あぁ、それでは名誉騎士からポンと名誉子爵へ陞爵された猫人を目障りに思うのも当然ですね」
「エルメール卿の実力を認めたくないから、正しく見ようともしなかったのだろう」
「私が駆け付けた時には、馬車を守る側が劣勢に立たされていたように見えました。人数でも、戦闘意欲でも、反貴族派と思われる連中の方が優勢でしたね」
実際、ホフデン男爵の馬車を守っていた者達は、許されるならば逃げ出しそうな感じだった。
一方、馬車を襲っていた連中は服装も粗末だったし、体格も良いとは言えない状態だったが、戦う意思とか覚悟が決まっているように見えた。
「それはそうだろう、貴族を襲撃するということは、王国に対する反逆でもあるのだ。自分達が暮らす領地に限らず、国全体を敵に回す覚悟が無ければ成し得ないことだからな」
「という事は、それほどまでに追い詰められていたのか、あるいは扇動されてしまったのか」
「もしくは、その両方ということも考えられるぞ」
「そうですね、むしろその可能性が一番高い気がします」
かつて、ラガート子爵一行の車列を襲ったジェロに話を聞いたが、虐げられているだけならば、抵抗する気力も失って倒れていくだけの可能性が高いらしい。
貴族を襲撃したりするのは、まだ気力が残されているうちに、恨みや憎しみを暴動へと向かわせる者がいるからだそうだ。
「ホフデン男爵を襲撃した連中は、どうなったのですか?」
「男爵家が家督相続について揉めているらしく、今日の時点では襲撃犯が捕らえられたという情報は入っていない」
「えっ、当主が殺されたのに、その襲撃犯を放置して家督相続争いをしているのですか?」
「どの程度の争いかまでは分からないが、襲撃犯の捕縛に悪影響を及ぼしているのは確からしい」
ホフデン男爵は長い間子宝に恵まれなかったそうで、だからといってそっちの欲求が希薄という訳ではなく、正室だけでなく第二夫人も娶り、さらには屋敷のメイドにまで手を付けていたらしい。
最初に男児を出産したのは、お手付きとなったメイドだそうだ。
長男が生まれてから一年半ほど経ったところで、正室も次男となる男児を出産したらしい。
現在、家督を争っているのは、この長男と次男で、第二夫人はメイドの後ろ盾となっているそうだ。
「メイドは平民出身で、同僚の何人かは味方をしてくれるが、貴族としての実家の後ろ盾が無い。一方、第二夫人は貴族の出身だから実家の後ろ盾はあるが、子供が居ないから男爵家での立場が微妙」
「正室に対抗するために、両者の利害関係が一致したということですか?」
「その通りだ。正室の実家と第二夫人の実家は、いずれも子爵位だが、第二夫人の姉が侯爵家に嫁いでいるから、後ろ盾という点ではメイドと第二夫人の側が少し有利な状況だ」
ちょっと聞いただけでも、ドロドロしていて近付きたくない。
「アンブロージョ様、その後ろ盾となっている家は、家督争いに勝利すると、何か得する事があるのですか?」
「ホフデン男爵領には、これといった特産物も無いし、地下資源も無い。自分が応援する側が男爵家を継いだところで、経済的なメリットは何も無いだろう」
「経済的なメリットが無いのに、後ろ盾になったりするのですか?」
「一部の貴族ならば、喜んでやるだろうな」
「もしかして、あいつを男爵にしてやったのはワシだ……みたいな自慢をするためですか?」
「その通りだ。他人よりも、他家よりも誇るべき物が何一つ無い者ほど、恩を売るという行為に無上の喜びを感じたりするものだ」
要するに、後ろ盾となってやった者達に対して、上から目線で物を言い、自己満足を得るのが目的らしい。
先日バルドゥーイン殿下と話していた、古いしきたりにしがみ付く者の多くが、こうした後ろ盾になるような活動をしているのだろう。
「ところで、アンブロージョ様、領主が襲撃されて殺されるってことは、ホフデン男爵領では圧政が行われていたのですか?」
「そこが肝心なところだが……襲撃が起きたのだから何かしらの問題があったのだろうとしか、今の時点では分からん」
貴族は他家の内情には口出ししないというのが原則なので、例え大公殿下であっても強引に調べるような真似は出来ないそうだ。
ていうか、他家の内情には口出ししないというなら、相続争いに首を突っ込んでるんじゃねぇ。
「その内情は、今後王家によって調べられるのでしょうか?」
「当主が殺害されたのだ、王家も黙っている訳にはいかぬだろう」
「ホフデン男爵家が処分を受ける可能性はあるのでしょうか?」
「当然あるだろうな。なにせ当主が無様に殺されているのだ、領地を管理できなかった責任を問われたとしてもおかしくないだろう」
「それでは、家督相続争いなんてしている場合ではないのではありませんか?」
「その通りだ。実際、家が取り潰されてしまったら、相続争いに勝ったところで何の意味も無くなってしまう」
「それって、後ろ盾になっている人達は忠告したりしないのですか?」
「していないのか、忠告されても相続争いを続けているのか……」
なんとなく、本当になんとなく感じただけだが、ホフデン男爵家は取り潰しの憂き目に遭いそうな気がする。
「バルドレード・ホフデン男爵が殺害されたが、家督相続争いが起こっていて襲撃犯は捕まっていない。おそらく、ホフデン男爵領では圧政が行われていたと思われる……ここまでは理解できました。それで、私が呼び出された理由は何でしょうか?」
「十中八九、エルメール卿はホフデン男爵領の調査に駆り出されるだろう」
「それは、あんまり考えたくないんですが……」
「これまでの実績を考えれば、ホフデン男爵領の反貴族派を摘発するために、シュレンドル王家が打てる最善の一手は、間違いなくエルメール卿の派遣だ」
ラガート子爵の一行を襲った反貴族派の撃退を皮切りに、王都の『巣立ちの儀』など、数多くの実績を上げ続けてきた。
反貴族派の一部からは、黒い悪魔なんて有り難くない二つ名まで付けられている。
「それに、今度の調査を主導するのはバルドゥーインになるだろう。だとすれば、誰を右腕に指名するかなど、言うまでもないだろう」
「はぁ……どうやら逃げられそうもないですね」
「調査に駆り出されている間、発掘品の搬出については最大限の配慮をしよう」
「ありがとうございます」
「その代わりと言っては何だが……」
そら来たよ、タダほど高い物は無いではないけれど、大公家からの最大限の配慮は高くつきそうな気がする。
「何をすればよろしいのですか?」
「調査が終わったら、その内容を聞かせてくれ。勿論、王家から口止めされている話まで聞かせろとは言わぬ。エルメール卿の冒険譚で、ワシの無聊を慰めてくれ」
「かしこまりました」
どれほど高い代償を要求されるのか心配だったが、どうやらアンブロージョ様も暇を持て余しているらしい。
まったく、これでは本当に太鼓持ちみたいだ。





