通りすがり
エデュアール殿下への対応をブリストン・ノイラート辺境伯爵にお願いして、俺は旧王都へ戻ることにした。
もう、新しい地下道を使って発掘品の運び出し作業が再開されているはずだ。
搬出にあたっては、チャリオットのみんなや学院の皆さんが立ち会ってくれているから、勝手に持ち出されたりする心配は無いが、一人だけ仲間ハズレになっているようで寂しいのだ。
モンタルボの騎士団の施設で朝食をご馳走になり、挨拶を済ませたら早々に空へと上がった。
街道の上を飛んでいくと、エデュアール殿下の一行に見つかる可能性があるので、少し南に回り込む形で旧王都を目指す。
「ちょっと雲行きが怪しいから急ごう……」
モンタルボの辺りでは薄日も差していたが、西に進むほどに空が暗くなっていく。
なんとか、雨が降り出す前に旧王都に辿り着きたい。
森の上を通過し、畑の上を飛び越え、牧草地を眺めながらひたすら西を目指す。
「にゃにゃっ! 何が起こってるんだ?」
旧王都までの行程の半分ほどまで来た時、左前方で火球が飛び交うのが見えた。
火事が起きている感じではなく、火属性の攻撃魔法を撃ち合っている感じだ。
コースを変更して、火球が飛び交っている方へ向かうと、どうやら馬車が襲われているようだ。
推進器付きウイングスーツで速度を上げて飛んでいるので、あっと言う間に襲撃現場が近付いてきた。
「粉砕!」
襲撃現場の上を飛び抜けながら、威嚇のための粉砕の魔法陣を発動させる。
ズドーンと空気を震わせる爆発音が響き渡り、交戦していた双方が驚いて手を止めたようだ。
その間に、推進器の出力を落とし、襲撃場所を中心として大きく旋回する。
高級そうな馬車の周りには、金属鎧を着込んだ四、五人の騎士の姿があり、襲われているのはどこかの貴族のようだ。
対する襲撃犯たちは、パッと見ただけでも二十人以上いるようだ。
黒尽くめの服を着て、黒い覆面で顔を隠し、何人かは銀色の筒を抱えている。
「反貴族派か!」
王城のある新王都でも、旧王都でも組織は壊滅状態だと聞いていたが、まだ地方の領地では活動している一団がいるようだ。
ただし、反貴族派だと思うだけで、まだ確証は何も無い。
「倒す? いや、追い払った方が良いか……火球、粉砕!」
大きさだけで、威力も速度も低い火球を襲撃現場の上空に放ち、直後に粉砕の魔法陣で吹き飛ばす。
再度の爆発音と共に、上空へ向かって花火のように火が飛び散った。
飛び散った火は地上に落ちる前に消えてしまうが、見た目と音で襲撃側は完全に腰が引けた。
駄目押しに、空属性魔法で大型のスピーカーを作って、大音量で呼び掛ける。
「我が名はニャンゴ・エルメール! 戦闘を続けるなら、賊とみなして攻撃する!」
急旋回して襲撃現場の真上に向かい、急上昇を掛けながら推進器を消す。
上空五十メートルぐらいから、らせん状のスロープを滑って五メートルほどの高さまで下りた。
「死にたい奴はどいつだ! この不落の魔砲使いが相手になってやるぞ!」
俺の口上を聞き終えるよりも早く、襲撃犯たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出していった。
襲撃犯の撤退を確認した後で地上まで降りると、やはり馬車は側面に紋章が彫られている貴族のものだった。
生粋の貴族なら紋章を見ただけで、どこの家か分かるのだろうが、俺には見覚えの無い紋章だ。
俺が地上へ降りて来たのを見た騎士の一人が、歩み寄ってきてビシっと敬礼した。
「ニャンゴ・エルメール名誉子爵様とお見受けいたします。危ういところをお助けいただき感謝いたします」
「お役に立てたのであれば何よりです。私は貴族の身分を与えられて日が浅いもので……失礼ながら、馬車に乗っていらっしゃるのは、どなたでしょうか?」
「あっ、失礼いたしました。馬車に乗っていらっしゃるのは、バルドレード・ホフデン男爵です」
馬車の主の名前を教えてもらったが、全く聞き覚えが無いし、顔も思い浮かばない。
「男爵様はご無事ですか?」
「はい、取り囲まれた時には肝を冷やしましたが、エルメール卿が駆けつけて下さったおかげで何もありませんでした」
「それは何よりです」
というか、窮地を救ってもらったのだから、挨拶ぐらいはあっても良いんじゃないか……などと考えていると、馬車の中から怒鳴り声が聞こえてきた。
「どうした、さっさと馬車を動かせ! こんな場所に、いつまで止まっているつもりだ!」
馬車の中から響いて来た不機嫌そうな声を聞くと、ホフデン家の騎士は顔を蒼褪めさせて頭を下げた。
「失礼いたしました、ただいま主にお取次ぎいたします」
「い、いや……」
必要無いと言おうとしたのだが、それよりも早く騎士は馬車に向かって走っていった。
そして、馬車の中へと声を掛けたのだが……。
「はぁ? 挨拶だと……エルメール? あの成り上がりの劣等種か……なんでワシが頭を下げなきゃならんのだ!」
空属性魔法で集音マイクを作らなくても、ホフデン男爵の声が途切れ途切れに聞こえてくる。
考えてみれば、名誉子爵と男爵とでは、名誉子爵の方が身分は上になる。
下級貴族ではあるが、ホフデン男爵家は代々続く家柄なのだろう。
それが、ぽっと出の元平民の猫人に身分の上で追い越されたら、それは気分が良くないだろう。
とはいえ、さっきの襲撃犯が反貴族派だったのであれば、男爵は危機的状況に置かれていた。
騎士と反貴族派とでは、個人としての能力には大きな差があるはずだが、五倍ほどの人数で劣悪といえども魔銃を携えていたら、戦力的には拮抗もしくは劣っていただろう。
「どうせ助けるなら、可愛い女の子が良かったにゃ……」
自分の家の騎士に拝み倒され、渋々といった様子で馬車から降りて来たのは、でっぷりと太った犬人の男だった。
年齢は、四十過ぎだと思うが、自分は貴族でございとアピールするように、サテンのように艶のある生地にゴテゴテと刺繍の施された服を着ている。
馬車から降りたホフデン男爵は、俺の姿を見つけると露骨に顔を顰めた後で、さっさと来いとばかりに手招きしてみせた。
その後ろでは、先程の騎士が両手を合わせて俺を拝んでいる。
仕方がないので、俺の方から歩み寄った。
一メートルほどの距離まで歩み寄ると、ホフデン男爵は一層顔を顰めてみせた。
「ふんっ、そなたがニャンゴ・エルメールか」
「はい、ニャンゴ・エルメール名誉子爵です。初めまして」
俺が軽く頭を下げてみせても、ホフデン男爵は頭を下げるどころか舌打ちしてみせた。
勿論わざとだが、俺が名誉子爵と名乗ったのが面白くないのだろう。
「先程は世話になったようだな、一応感謝しておく」
「いいえ、偶々通り掛かっただけですから」
「ほう、偶々か……」
そう呟くと、ホフデン男爵はニチャァと笑みを浮かべてみせた。
「ところで、そなたは何処から我が領地に足を踏み入れたのかな?」
「それは……空からですが……」
「空から、空から……誰に断って入られたのかな?」
「それは……断っていません……」
「これはこれは……名誉子爵ともあろう方が、断りもなく他家の領地に足を踏み入れるとは、驚きですなぁ」
確かに、領地境を越える時には、身分証を呈示する必要があるのだが、新王都でさえ王城の敷地でなければ空から立ち入ることを許されている。
最近は、空を飛んでの移動に慣れてしまったので、検問所での身分証の提示など、すっかり頭から抜け落ちてしまっていた。
「急いでいたとはいえ、無断で領地に立ち入り、申し訳ございませんでした」
「まったく、この程度の常識すら無いとは……どんな教育を受けてきたんだか……即刻立ち退き、二度と我が領地には足を踏み入れないでもらいたい」
「承知しました」
こんな領地、こっちから願い下げだと思ったが、勝ち誇るホフデン男爵に再度頭を下げ、直後に一気に空へと上がり、旧王都を目指して速度を上げた。





