埋め合わせ(前編)
大公家でやらかした翌朝、チャリオットの拠点のリビングには、メンバー全員が顔を揃えていた。
いよいよ明日から発掘が再開されるそうで、それに向けて最終の打ち合わせなのだが、俺は明日は立ち会えそうもない。
「まったく、何をやらかしてんだ。余計な情報を他人に与えないなんて、冒険者の基本だぞ」
ここぞとばかりにセルージョが説教してくるけど、やらかしているだけに言い返せない。
「分かってるよ。それでもポンコツだと思っていた王子が、意外にもまともな意見を並べたてるから、つい油断しちゃったんだよ」
「だいたい、その王子ってのは、以前お前に一服盛った野郎なんだろう? 油断しすぎだ!」
「はいはい、俺が悪ぅございました」
「よーし、そこまでだ。ここからは、チャリオットのこれからについて話したい」
ライオスが割って入ってくれたおかげで、ようやくセルージョの嫌味から解放された。
「明日からの発掘作業で、とにかく俺達が発見した二つの建物から発見した品物は、可能な限り早く運び出してもらい、査定やオークションに掛けてしまうつもりだ」
「異議なしだ。ダンジョンの新区画の謎みたいなのは学者に任せちまおうぜ」
ライオスもセルージョも、ダンジョンでの発掘作業には飽きてきているようだ。
俺としては、まだまだ新しい発見が有ると睨んでいるので、そうした物については興味があるが、発掘や検証の地味な作業には少々嫌気が差してきている。
ここでガドが手を挙げて発言した。
「ライオス、二つの建物からの運び出しや査定が全て完了したら、その次はどうするんじゃ?」
「まだハッキリ決めている訳ではないが、ここを拠点にして護衛や討伐などの依頼を中心にこなしていきたいと思っている」
「つまりは、冒険者らしいというか、イブーロに居た頃と同じような生活じゃな?」
「今のところは、そんな感じで考えている」
「拠点を移さないのであれば、メンバーが違う依頼を受けても構わんのか?」
「と言うと?」
「これまでにも度々あった事じゃが、ニャンゴには王家絡みの依頼が来るじゃろうし、フォークスにはダンジョンの発掘作業を続けるという選択肢があっても良いのではないか」
確かに、兄貴は地下道の建設工事に関わるようになって、これまで以上にしっかりしてきたし、生き生きと働いているように見える。
「そうだな、今回もそうだが、これからもニャンゴには王家や貴族絡みの依頼が入るだろう。フォークスも自分の能力を活かせる依頼を受けてもらっても構わない」
ライオスが言葉を切ると、今度はレイラが手を挙げた。
「それは、チャリオットに所属しつつ独自の依頼を受注しても構わないってこと?」
「そうだ。レイラやシューレ、ミリアムは女ならではの依頼を申し込まれることもあるだろう」
「その時の報酬はどうするの? 依頼を受けた人間が全部受け取って構わないの? それともチャリオットの収入として頭割りするの?」
「頭割りするのは、チャリオットとして受けた依頼に参加した場合だけで良いだろう。独自の依頼分は、依頼をこなした者が受け取ってくれ」
次に手を挙げたのはシューレだった。
「それだと収入に差が出そうだけど……後で揉めない?」
「大丈夫だろう。新区画の発掘が終わった時点で……いや、今の時点でも俺達には十分な財産があるんだ、余程馬鹿な使い方をしなければ、金に困ったり揉めたりはしないだろう」
「そうね、セルージョ以外は心配ないわね……」
「おいおい、俺だって、そんな馬鹿げた金の使い方はしねぇよ」
「若くて胸の大きな女の子が、お金に困っていたら……?」
「助けるに決まってんだろう!」
「やっぱり心配……」
うん、お約束の展開だけど、なんだか妙に生々しくて笑えない。
でも、ライオスを含めて皆がやりたい事や進みたい方向を主張し始めているのは、良い傾向なんだと思う。
自分の気持ちを押し殺して不満を抱え続けているよりも、やるべき事を終わらせて次へ向かうという目標を持っていた方が、地に足を付けて進んでいける気がする。
あとは、自分がどうなりたいかだろう。
「ねぇ、ニャンゴは、この先どうするつもりなの?」
「うーん……どうしようかなぁ」
俺の心の中を読んだのかと思うレイラの問い掛けに、パッと答えることは出来なかった。
「やりたい事は沢山あるけど、全部を追い掛けていたら全部中途半端になっちゃう気もするし……」
「そうね。ニャンゴの場合は、周りから頼まれることも多いだろうし、難しいわね」
「うん、どこに向かって動き出すにしても、新区画の発掘にはケリを付けておかないといけないからね。あれを終わらせるまでに考えるよ」
「そうね、ガッチリ儲ければ、どこに向かうか選択の幅も広がるでしょうしね」
打ち合わせが終わったところで、出発の準備を整えてノイラート辺境伯爵領を目指す。
「じゃあ、ライオス行ってくるね」
「帰りは早ければ明日、天候次第では延びるんだな?」
「うん、雨が降ったり、強風が吹いたりしたら、飛んで戻って来るのは難しくなるからね」
「学院との打ち合わせは終わってるんだよな?」
「うん、そっちは大丈夫だよ」
「それならば、焦って怪我なんかしないように、気を付けて行って来てくれ」
「了解!」
大公殿下からノイラート辺境伯爵に宛てた書状の他は、荷物は最低限しか持って行かない。
お金と着替え、ギルドカードを書状と共にサコッシュのような薄い鞄に入れて背負い、スマホで方角を確認したら、推進器付きのウイングスーツで一気に高度を上げて行く。
出発が少々遅くなったので、街道を離れた場所を選んで飛んでいく。
エデュアール殿下の一行が、どのぐらいの時間に大公家を出発したか分からないが、一時間も飛行すれば遥か先へと進めているはずだ。
地竜の穴を調査に向かった時には、馬車に揺られて旅気分を味わっていたが、今日はとにかく到着することを優先した。
幸い天候にも恵まれて、ノイラート辺境伯爵領の領都テリコへは、まだ日が高いうちに到着することが出来た。
テリコの近くで推進器を消して上昇し、速度を落として空中へと降り立つ。
そこから、スロープを作って街の入り口まで滑り降りると、いきなり空から姿を現した俺を見て、衛士たちが槍を構えた。
「ニャンゴ・エルメール名誉子爵です。お騒がせして申し訳ない」
王家の紋章が入ったギルドカードを提示して呼び掛けると、衛士たちは槍の構えを解いて見事な敬礼をしてみせた。
「ようこそテリコへ、エルメール卿」
「辺境伯爵様にお会いしたいのだが、テリコのお屋敷にいらっしゃるのかな?」
「申し訳ございません、ご領主様はモンタルボに行かれていて、お戻りは三日後の予定です」
「モンタルボでは、騎士団の施設に滞在なさるのかな?」
「はい、そうであります」
「では、そちらを尋ねるとします。どうもありがとう」
「いえ、お気を付けて」
衛士の敬礼に見送られながら、エアウォークで上空へと駆け上がり、再びウイングスーツでモンタルボの街を目指す。
ついでに、地上に降りるまえに上空を旋回して、街の復興具合を眺めてみたが、俺達が旧王都を目指して出発した時よりも、目に見えて復興が進んでいた。
「早いなぁ、もうこんなに建物が出来上がってきているんだ」
僕らが滞在していた時も、急ピッチで街の片づけが進められていたが、今は既に再建の段階へと進んでいる。
前回来た時には、地竜が通った跡が瓦礫の山になっていたが、今は瓦礫が取り除かれ、新たな建物の建設が始められている。
「これは、エデュアールの出番なんて無さそうだな」
とにかく、あの俺様王子が無理難題を吹っ掛けに来ることを辺境伯爵に伝えなければならない。
間違っても、あるかどうかも分からない成果を求めたりしないように釘を刺しておこう。





