仲間への思い
ライオスはセルージョと飲みに行ってしまったし、ガドと兄貴は仕事帰りに夕食を済ませてくるらしいから、俺達も拠点の近くの定食屋に行ってきた。
拠点で作っても良いのだけれど、今日は打ち合わせとかで頭を使ったから疲れてしまって、やる気が起こらなかったのだ。
白身魚のムニエルや鰺に似た魚のフライなどでご飯をうみゃうみゃして拠点に戻ったら、お風呂でレイラにご奉仕タイムだ。
イブーロで初めてお持ち帰りされた時には、色々目の毒で心臓がバクバクしたものだが、今ではすっかり慣らされてしまった。
レイラを隅々まで丸洗いしたら、今度は俺が隅々まで丸洗いされる。
「どうしたの? 打ち合わせで疲れちゃった?」
「うーん……そんな事も無いんだけどね」
「その割には、元気ないじゃない?」
「うーん……なんかね、ライオスがつまらなそうだったから」
ダンジョン新区画の発掘となれば、俺が話の中心になるのは仕方ない事なのだが、それにしてもライオスが心ここにあらずといった感じだったのだ。
「やっぱり、ライオスとかセルージョにとっては、今のダンジョンでの活動は退屈なんじゃないかな」
「それは退屈でしょうね」
「やっぱり? レイラも退屈?」
「そうね、ノイラート辺境伯爵領に行ってた時の方が面白かったのは確かね」
「だよねぇ……」
ダンジョンで新しいアーティファクトを発見するのは楽しいのだが、それが冒険なのかと問われたら、ちょっと考えてしまう。
発掘作業は、やっぱり作業であって、学術調査として割合が大きいのは確かだ。
それに、新区画にはレッサードラゴンのような魔物は現れそうもないし、フキヤグモやヨロイムカデは油断しなければ恐れる魔物ではない。
スマホの地図データからある程度、どこに何があるのか予想出来てしまうので、謎解きという面でも面白さに欠けてしまうのだ。
「このまま発掘が長引いたら、ライオスやセルージョは抜けるって言わないかな?」
「さぁ、どうかしらね。私はライオスじゃないから分からないわ」
「じゃあ、レイラ自身はどう? 今の状態が続いたら抜けたいと思ったりしない?」
「しないわね」
「でも、退屈なんだよね?」
「今はね。でも、トータルで見たら、ニャンゴを近くで見ているのが一番面白いわよ」
「えぇぇぇ……俺なの?」
「勿論! 今の時代のシュレンドル王国で、一番面白い人はニャンゴ以外に居ないわよ」
「あっ、あっ、喉はらめぇ……」
まぁ、自分で言うのもなんだけど、確かに俺よりも面白い人生を歩んでいる人は居ないと思う。
普通の平民は、猫人以外であっても、そう簡単に国王陛下や王族と親し気に語り合う機会なんて持てないだろう。
新王都のお城に足を踏み入れられるのも、貴族や一部の人間に限られる。
平民で、しかも『巣立ちの儀』で王国騎士団からスカウトもされなかった人間が、堂々と城に入れる確率は本当に低い。
面白い物が大好きなレイラにとって、俺は格好のオモチャなのは間違いないだろう。
「それにね、ニャンゴ。人生なんて思い通りになる事の方が少ないものよ」
「まぁ、そうなんだろうけど、冒険者ってもっと気楽なイメージがあるからさ」
「それこそ、とんでもない思い違いよ。イブーロに居た頃の同年代の冒険者を思い出してみなさいよ。食べていくだけでもやっとよ」
イブーロで同年代というと、トラッカーの三人が真っ先に頭に浮かぶ。
犬人の三人組は、堅実に冒険者をやっていたけど、確かに気楽という感じではなかった。
チャリオットのように自前の馬車を持ってオークの討伐などを請け負っていれば、相応の収入も得られるが、ゴブリンやコボルトの討伐だけでは食っていくのがやっとだ。
割の良い護衛の仕事などを受けるには、それなりの実績が必要だし、冒険者として気楽に生きるのも楽ではないのだ。
「でもさ、ライオスやセルージョぐらいになれば、気楽にやっていけるよね」
「まぁね、でも望んでダンジョンの攻略に来たんでしょ。それに、望外の収入まで得て、これで退屈だから……なんて言うのは贅沢すぎじゃない?」
「まぁ、それは確かに贅沢な悩みだとは思うね」
「でしょう? 人生は思い通りになんかならないし、思い通りにしたいなら、厄介事を片付けてから次に向かわないと駄目よ」
「それもそうか……」
「それに、どのみちニャンゴは簡単には抜けさせてもらえないわよ」
「うにゅぅぅぅ……そうなんだよなぁ……」
調子に乗ってスマホやタブレットを起動させてしまったおかげで、色々な所から目を付けられてしまっている。
先日のノイラート辺境伯爵領に行ったケースや、ゴブリンクィーンの討伐に行ったケースのように、ある程度の期間旧王都を離れる事があっても、戻って来いと言われてしまうだろう。
「それに、今の状況はまだ良い方だと思うわよ」
「えっ、どういう意味?」
「まだ今はニャンゴを自由にしておいた方が利益に繋がると思われているって事よ」
「俺を自由に……って?」
「王家に決まってるでしょ」
「みゃっ! まさか……」
「なんで驚いているのよ。名誉騎士になったと思ったら、すぐに名誉子爵に格上げよ。ばっちり首輪を付けられちゃってるからね」
「それは……そうだよにゃぁ」
レイラの言ってる事は、全面的に正しい。
そもそも、国の端っこのド田舎育ちの猫人が、名誉騎士になった時点で王家にロックオンされているのだ。
貴族の仲間入りとは、この国に属して、この国に利益をもたらせと言われているようなものだ。
そして、その期待に応えてしまったから、名誉子爵に格上げされたのだ。
「まさか、本気でエルメリーヌ姫と結婚させようなんて考えているんじゃ……」
「考えてるでしょうね」
「えぇぇぇ……」
「だから、何で驚いてるのよ。王家にその気が全く無いなら、あんな演劇が国中で流行る訳ないじゃないの」
「それもそうか……その気がゼロなら、不敬だ……とか言って取り締まるだろうね」
「でしょ? 今は自由にさせて実績を作らせて、また折を見て爵位を上げるつもりでいるわよ」
「えぇぇぇ……そんなぁ」
「あぁ、私は愛人で良いからね」
「そんなぁ……」
薄々は気付いていたけど、王族との結婚とか想像するとうんざりしてくる。
もしも、本当にエルメリーヌ姫と結婚するような事態になれば、領地とか与えられて、色々と面倒な仕事もしなければならなくなるだろう。
エルメリーヌ姫を嫁に出すのだから、間違っても家が潰れるような事態にならないように、有能な家宰とか代官を王家が送り込んでくるだろうし、俺は実質的にお飾り領主となるのだろう。
それでも、他の貴族からの反発は相当なものになるだろうし、怒りに任せて反撃なんてしようものなら、それこそ大騒ぎになってしまうはずだ。
「馬鹿ねぇ、今から落ち込んでてどうするのよ。少なくとも、あと五年やそこらは結婚なんて話にはならないだろうし、その間に有能な貴族が現れるかもしれないじゃない……見込みは少ないだろうけど。だったら、それまでの時間を楽しんだ方が良くない?」
「そうだね、避けられないかもしれないけど、まだ確定した訳でもないし、今は今を楽しんだ方が良いに決まってるよね」
「そうよ。発掘を見守りながら、次の冒険先を決めても良いんじゃない?」
「次の冒険先かぁ……未知の大陸? 豪魔地帯? 隣の国に行ってみるのも面白いかもね」
「気ままでいられるかどうかなんて、全部自分次第よ」
色々悩んでいた所で、やるべき事、やらなきゃいけない事に変わりはない。
まずは新区画の発掘に手を貸して、早く査定作業を終わらせて、次なる冒険に出掛ける算段を始めた方がずっと有意義だろう。





