辺境伯爵(後編)
「エルメール卿も御存じだと思うが……」
ブリストン・ノイラート辺境伯爵は、ドキドキハラハラしている俺の心境などお構いなしに頼みごとを語り始めた。
「ダンジョンを始めとする古代遺跡を発見した場合には、王家に知らせる通達が出ている」
「それでは、地竜が出て来た穴についても、王家に知らせたのですね?」
「その通りだ。調査に入った者から、明らかに人の手で作られた構造物があると報告があったので、王家に対しても知らせを出した」
俺は王国貴族となってから日が浅いので知らなかったのだが、王家から遺跡を発見次第知らせるように通達があったそうだ。
これは、旧王都のダンジョンから発見される品物が減少している事から、新たな遺跡の発見を促すためらしいが、現実に発見されたのは地竜の穴が最初の事例になるようだ。
「もう少し慎重に事を進めておけば良かったのだが、新たなダンジョンの発見となれば、莫大な利益を生み出す可能性があり、それに目が眩んで先走ってしまった」
旧王都のダンジョンが衰退し始め、新たな遺跡の情報を求める通達が出されたが、俺達が新区画を発見したことで状況は一変した。
新区画からは保存状態の良いアーティファクトや百科事典などの資料が次々と発見され、旧王都はゴールドラッシュのような活況を呈している。
新たなダンジョンが発見されれば、うちの領地も活気づくと考えるのは当然だろう。
「ですが、地竜クラスの魔物が頻繁に現れるのでは、調査どころの話ではなくなってしまいますし、その辺りの状況は王家も理解して下さるのではありませんか?」
「無論、当家としても追加の情報として、危険度が高すぎて調査の続行は困難と判断し、地竜の穴を埋め戻したと知らせを出した」
「それならば、問題無いと思いますが……」
「そうであってほしいのだが……王家がどう動くのか予想がつかぬ」
そう言うと、ブリストンさんは表情を曇らせた。
「王家が無茶な要求をするとは……」
いや、どこぞの王子様を護衛して、諸国漫遊の旅のお供をさせられた事があったな。
「うむ、私も陛下が無理難題を押し付けてくるとは考えていないのだが……王子らの動きが予想できぬ」
「王子ら……と言いますと?」
「分かりやすく言うなら、後継争いだな」
次期国王の最右翼と目されていたアーネスト第一王子が暗殺され、今はクリスティアン第三王子、ディオニージ第四王子、エデュアール第五王子の三人による争いと思われている。
問題は、その三人が揃ってボンクラ揃いなのだ。
「エルメール卿は……例の三王子に会われたことはあるのかな?」
「はい、何度かございます」
「どなたかの派閥に属していたりするのかな?」
「いえ、そうした争いとは距離を置いておきたくて……」
にゃ? まさかブリストンさんは誰かの派閥だったりするのか。
「それならば、あの三人が俗物であるのは理解しているかな?」
「あぁ、なるほど……新しいダンジョンの話を聞きつけたら、三人の内の誰か……いや、三人ともが無理難題を押し付けてくるかもしれないのですね」
「そういう事だ……はぁ」
ブリストンさんは二度ほど頷いた後で、大きな溜息を洩らした。
この様子では、誰かの派閥に属している訳ではないようだ。
「王都から遠く離れた領地を持つ者は、何かしらの功績を上げたいと常々考えているもので、私も例外ではないのだが……今回は少々事を焦ってしまった」
「確かに、王子に一度埋めた穴の掘り返しを命じられたら断りにくいですね」
「それでも、掘り返しを命じられるのであれば、人員不足や村の復旧などを理由にして開始を遅らせ、その間に王家に陳情するという手が使える。だが、仮に王子が人員を揃えて来訪し、自分達で掘り返すと言われたら拒むのは難しい」
元々、地竜が掘り進んできた痕跡は残っているから、掘り返すだけで間違いなく先史時代の高速鉄道跡に到達するだろう。
そして、それは豪魔地帯に繋がっているはずだから、また地竜やフェルスのような強力な魔物が現れてもおかしくない。
「でも、王子殿下の近衛騎士ならば腕の立つ者が揃っているでしょうし、地竜クラスが現れても大丈夫なのでは?」
「確かに、エルメール卿が言う通り、近衛騎士には腕の立つ者が選ばれているが、彼らの役目は魔物の討伐ではなく殿下の安全の確保だ」
「あぁ、殿下は無事でも、地竜は野放し……みたいな状況は考えられますね」
「そのような状況が起これば、我が家の騎士だけでは街を守り切れないだろう」
まだ、三馬鹿王子が食いついて来るとは限らないのだが、何の想定もしない訳にはいかないのだろう。
「それで、ブリストン様は俺に何を依頼なさりたいのでしょうか?」
「うむ、一つは地中の穴の危険性について口添えをお願いしたい」
「俺の話などで止まるものでしょうか?」
「不落の魔砲使いの言葉は、我が家の騎士などとは重みが違うよ」
「そうであれば良いのですが……」
三馬鹿王子の中でも、捻くれ者のディオニージ殿下辺りは、俺の忠告なんてガン無視しそうだ。
「そうだ……ブリストン様、王家への報告の内容を詳しく教えていただけませんか?」
「報告の内容といっても、地竜の出てきた穴を調査した結果、人為的な構造物に繋がっていたとしか書いておらぬが……」
「その構造物が、どこに繋がっているとかは書いていませんか?」
「どこかに繋がっているのかね?」
「はい、恐らく豪魔地帯まで続いていると思われます」
「何だと! いや、地竜が立て続けに出てきたのを考えれば、豪魔地帯まで繋がっていてもおかしくないのか」
どうやら、ブリストンさんは相当前のめりに報告を出してしまったようで、遺跡の構造までは考えが及んでいなかったらしい。
そこで、実際に地竜の穴を俺達が調査した結果と、アーティファクトに残されていた情報を組み合わせた結果を説明した。
「なんと、王都の先まで通じるような地下の穴があったと言うのか?」
「全てを調査した訳ではないので、あくまでもアーティファクトに残っていた情報です」
「豪魔地帯に先史文明の都市があるかもしれないのだな?」
「あくまでも可能性ですし、どのような保存状態にあるのかも分かりませんし、豪魔地帯での調査なんて不可能に近いのでは?」
「確かに、その通りだな。そもそも豪魔地帯に足を踏み入れるだけでも難しい。これまで遺跡を発見したり、アーティファクトを持ち帰った者など一人もおらぬからな」
さすがに豪魔地帯の危険性ならば、王家でも把握はしているだろう。
そこへと通じる地下トンネルなんて、危険極まりないものに手を出して領民を危険に晒したら、王位継承のための点数稼ぎどころか大減点になってしまうはずだ。
「なるほど、更なる危険度についての情報を伝え、結果次第では王位継承権を失うと思わせれば、王子殿下の暴走は防げるかもしれんな」
「実際、旧王都のダンジョンに比べると、危険度ばかりが高く、得られる宝物の期待度は低いと思われます」
「それは、エルメール卿の意見として王家に報告しても構わないか?」
「構いません。アーティファクトを使って得た情報から判断したようだと伝えてもらえば、不明な点は直接俺の所に質問が来るはずです」
「かたじけない。これで少しは安心できそうだ」
実際、ノイラート領の人達は地竜騒ぎで大きな痛手を受けている。
この上、馬鹿王子達に引っ搔き回されたら、更に負担が大きくなるのは目に見えている。
「もし、それでも三人のうちの誰かが地竜の穴を掘り返し始めたら、旧王都のギルドに宛てて緊急の依頼を出して下さい。埋めるのと違い、掘り返すには時間が掛かるでしょうし、その間に駆けつけられるかもしれません」
「良いのか? そこまでしてもらって」
「勿論、冒険者として相応の報酬は払っていただきますよ」
「はっはっはっ、不落の魔砲使いを緊急の戦力として雇えるならば安いものだ。よろしく頼む」
「承りました」
この後、ブリストンさんと王家に提出する追加報告の内容について打ち合わせを行い、この日はトルリコ城に宿泊することになった。





