似た者師弟(ミリアム)
※ 今回はミリアム目線の話です。
朝食を済ませた後、ニャンゴ、レイラ、シューレと共に、討伐した地竜を見に行った。
討伐現場では、既に地竜の掘り出し作業が進められている。
地竜は土で体を覆い、それを魔力で固めた土の鎧と呼ばれる防御を全身に施していた。
その土の鎧を土属性の魔法が使える者達が硬化を解き、ただの土に戻して地竜の体を掘り出しているのだ。
昨夜は城壁の上から眺めているだけだったが、近付くと一層大きさを実感させられる。
鎧として纏っていた土の厚さは、私の腰ぐらいまであるようで、道理で攻撃が通らない訳だ。
昨夜の戦いでは、最初にニャンゴが砲撃を加えたが、ワイバーンの頭を吹き飛ばしたという威力でも地竜に致命傷を与えられなかった。
直後に、城壁の上に集まっていた騎士や兵士、そして私やシューレを含めた冒険者が一斉攻撃を放ったが、致命傷どころか掠り傷ひとつ付けられなかった。
私の風の刃なんて、土の鎧の表面をわずかに削った程度だった。
そんな頑丈な土の鎧を身に付けた地竜を倒したのは、フレイムランスというニャンゴの魔法だ。
ニャンゴが出世街道を走り出すきっかけとなった、ブロンズウルフに止めを刺した魔法だそうで、火の魔法陣と風の魔法陣を組み合わせたものらしい。
高温、高圧の青い炎の槍は、土の鎧を溶かして貫通したそうだ。
実際、掘り出された地竜の頭は、真っ黒に焦げて半ば炭になっている。
土の鎧によって内部に熱が閉じ込められたために、余計に威力が増したらしい。
ニャンゴは事も無げに説明していたが、傍から見たら異常としか思えない。
そもそも、人間が使える魔法属性は、一人に一つと決まっている。
それなのに、フレイムランスは火と風、二つの属性を組み合わせた魔法だ。
魔法陣を用いた刻印魔法を応用しているので、厳密に言えばニャンゴの使っている属性は、空属性の一つだけなのだが、見ている者からすると複数の属性を操っているようだ。
唯一無二の複数属性使いとなれば、名誉子爵に出世するのも当然だと思えるが、当の本人は功績を積み重ねても、まるで偉ぶることがない。
レイラに抱えられている姿は、ただの身綺麗な猫人にしか見えない。
ニャンゴは地竜の焦げた頭には興味が無いらしく、既に食べることしか考えていないようだ。
そのため、黒焦げになった頭は一応確かめたが、すぐに胴体の方へと移動していった。
ニャンゴとレイラが先に進んでも、シューレは腕組みをして地竜の頭をじっと眺めている。
周りでは掘り出し作業が進められていて、作業をしている人間にとっては邪魔だと思うが、近寄り難いオーラを撒き散らしているシューレに文句を言う者はいない。
シューレは、酒を飲んで酔っている時を除けば口数が少ないので、近寄り難いとか不愛想だと思われがちだ。
私も知り合った当時は、何を考えているのか分からず、取っ付きにくいと感じていたが、最近では何を考えているのか分かるようになってきた。
シューレは、どうすればニャンゴと同等の威力を持つ魔法を撃てるか考えているようだ。
昨夜の討伐現場でも、朝食を食べたギルドの酒場でも、殆どの者はニャンゴの魔法の威力に圧倒されていた。
ニャンゴみたいな強力な魔法を撃ちたいと話している者もいたが、その殆どは憧れているだけで、実現しようとは思っていなかった。
だが、シューレは違う。
ニャンゴが火と風の魔法陣を組み合わせて実現したフレイムランスと同等の威力を、風属性の魔法のみで実現しようと真剣に考えているのだ。
私はシューレと同じ風属性だが、正直ニャンゴの魔法と同等の威力を実現するなんて無理だと思っている。
実際、火の要素を取り入れないと、あんな高温は実現できないだろう。
でも、シューレは諦めていない。
何度か首を捻りながら、ブツブツと独り言を繰り返している。
そのままシューレは十分以上立ち尽くしていたが、不意に視線を上げて城壁を見上げた。
城壁は、地竜のブレスによって一部が崩れている。
それだけの威力がある攻撃をまともに食らえば、多数の死傷者を出していただろう。
ブレスを防いだのもニャンゴの魔法だ。
空気を固めたシールドは粉々に砕けたらしいが、それでも地竜のブレスを逸らしてくれたらしい。
風属性の魔法で真似するとしたら……またシューレは城壁を眺めながら思考に沈んだ。
シューレはBランクの冒険者だ。
身内の贔屓目を抜きにしても、シューレは強い。
おそらく、地竜の掘り出し作業に駆り出されている駆け出しクラスの冒険者が、束になって立ち向かっていってもシューレにあしらわれるだけだろう。
それだけの腕前がありながらも、シューレは強くなることを止めない。
以前、シューレに聞いてみた事がある。
「シューレは、どうして強くなりたいの?」
「強くなるのに理由は要らない……」
私とは根本的に考え方が違っている。
私はチャリオットの一員として、冒険者として生きていくために必要に駆られて強くなろうとしているが、シューレにとっては生き方そのものらしい。
今のシューレも、理由とかは抜きにして、唯々強くなる事しか考えていないのだろう。
いや、強くなろうとも考えていないのかもしれない。
「ねぇ、シューレ」
「ん、何……?」
「ニャンゴと同じ事が出来るようになると思っているの?」
「分からない……けど、チャレンジする価値はある……」
そう言うと、シューレはニコっと微笑んでみせた。
「ニャンゴは、私にはない発想をする……」
「それは間違いないわね」
「ニャンゴの発想を取り入れれば、私はもっと強くなれる……」
「そんなに強くなって、何をしたいの?」
「さぁ? でも、変わるのは楽しい……」
たぶん、シューレは誰かよりも強くなるといった欲求ではなくて、今の自分よりも更に強くなるのが楽しいのだろう。
それは、ちょっとだけ分かる。
トローザ村に居た頃の私は、何も出来ない猫人だった。
何も出来ないくせに、出来るつもりでイブーロに行って路頭に迷った。
シューレに拾われてから、私は変わった。
まだ一人前の冒険者だと胸を張れるほどではないが、それでもシューレと出会う前の私とでは雲泥の差だ。
それでも、シューレとの差は大きいし、ニャンゴとの差はもっと大きい。
どうやったら、この差は縮められるのだろう。
レイラの腕から離れて、空中を歩いて地竜を見物してきたニャンゴに問い掛けてみた。
「ねぇ、ニャンゴ、どうやったらそんなに強くなれるの?」
「さぁ……?」
「あんただって、強くなりたいと思ってたから、今みたいに強くなれたんでしょ?」
「まぁ、それはそうなんだけど、俺の場合は運が良かったんだよ」
「でも、運だけじゃないでしょ。地道に魔法陣の練習とかやってるじゃない」
「それは誰でもやってるじゃん。ミリアムだって魔法とか棒術とか練習してるでしょ」
「でも、人並みにも届いてないわよ」
「そりゃあ、そんなに急には強くならないよ。強くなるには積み重ねていくしかないし、俺の場合は積み重ねた成果が人よりも大きかっただけだよ」
確かに、ニャンゴの場合は空属性という特異な魔法と発想力が組み合わさった結果なのだろう。
だとしたら、平凡な風属性の私には、もう大きな伸び代は残っていないのだろうか。
「急には強くならないけど、他の誰かよりも上回りたいと思うなら、尖るしかないんじゃない?」
「尖る……?」
「速さとか、鋭さとか、正確さとか、何かに特化して尖った能力を持ってる人は強いと思うよ」
「尖った能力……尖った、能力……」
頭に浮かんだのは、ニャンゴが発動させたフレイムランスが地竜を貫いた場面だ。
風では岩は熔かせないけど、岩を貫くほどの鋭さを手に入れられたら、きっと今よりも強くなれる。
「鋭く……鋭く……ふみゃぁぁぁ!」
「ごめん、驚かせた……?」
「ううん、ちょっと考え事をしてただけ」
鋭く尖った風について考え込んでいて、肩を叩かれるまでシューレに気付かなかった。
でも、もうちょっと、もうちょっとで何か掴めそうな気がする。





