竜種(後編)
モンタルボの北門の前を通り過ぎた地竜は、そのまま堀に沿って歩いて行く。
それを追って、街の北側に配置されていた騎士や兵士、それに冒険者たちが城壁の上を走って地竜を追い掛けて行く。
「急げ! 堀を超えようとしたら攻撃するぞ! 地竜と並走しろ!」
号令を下しながら、騎士団長も走って行く。
ゆっくり歩いているように見える地竜だが、一歩の幅が人間とは違い過ぎるので、追いかける側は殆ど全力疾走だ。
俺は、最初の地竜が討伐された場所から、匂いを送る作業に専念して、いざという時まで目立たない場所にいよう。
地竜は城壁内部への興味を失ったようで、この調子ならば街は襲われずに済みそうだ。
風の魔法陣の向きを操作しながら、レイラの所へと戻る。
「ふぅ、街が襲われなくて良かった」
「そうね……でもニャンゴ、あのまま地竜が進んでいくと、野営地に突っ込んで行くんじゃない?」
「にゃぁぁぁ……そうだよ、街の外で野営してる人が一杯いるんだった。ちょっと地竜止めてくる!」
レイラに言われて思い出したが、復興特需に沸くモンタルボには、近隣の村や街から多くの人が出稼ぎに来ている。
街の中に宿を取れない人達は、南門の外の野営地に馬車を停めたり、天幕を張ったりして滞在しているのだ。
地竜は一歩一歩着実に、野営地に向かって足を進めている。
このまま地竜が堀に沿って進んで行けば、野営地の中へと突っ込んでいくことになる。
地竜の前方に先回りするために、エアウォークで街の上をショートカットして走る。
街の東側に出た地竜が更に南に向かって進んでいくと、野営地から悲鳴が上がった。
「こっちに向かって来るぞ!」
「ヤベぇ、街の中に逃げ込め」
「いや、街の西側に逃げた方が良くね?」
「勝手にしろ、俺は街の中に逃げるぞ!」
街の上をショートカットして走ったおかげで、地竜が東門を過ぎた辺りで先回りが出来た。
「この先は通行止めだよ、雷!」
地竜の行く手を阻むように、特大サイズの雷の魔法陣を発動させた。
バシーンっと大きな音と共に青い火花が散るのが見えたが、地竜は一瞬動きを止めただけで再び歩きだした。
「にゃっ、効いてないのか?」
雷の魔法陣はキチンと発動していたし、間違いなく地竜は接触したはずだが、静電気程度にしか感じていないのだろうか。
「もしかして、体の表面を流れ落ちて、内部に殆ど影響を与えられなかったのか?」
地竜のゴツゴツとした体表には導電性があって、電気は体表を伝って地面に流れてしまったのかもしれない。
「それならば、特大バーナー!」
火の魔法陣と風の魔法陣を組み合わせた特大サイズのバーナーを地竜の正面に発動させた。
噴き出す炎が顔面を直撃したはずなのに、地竜は足を止めず、特大バーナーの魔法陣を押し割ってしまった。
「エルメール卿、地竜は土の鎧を纏っています。ただの炎では通りません!」
追い付いてきた騎士団長が。大声で呼び掛けてきた。
「そうか、もう土の鎧を纏っている状態なのか」
暗くて判別できなかったが、既に地竜は土や岩を体の表面に張り付けているようだ。
どのぐらいの厚さがあって、どのぐらいの強度なのか分からないが、雷やバーナーでは表面を撫でているだけで効果が無いらしい。
「騎士団長、この方向に村はありますか?」
「ありますが、馬車で半日かかる距離です」
「了解です。これから砲撃を加えます。続いて下さい」
「分かりました。全員、攻撃準備! エルメール卿に続いて撃て!」
突き抜けても影響が無いなら、思い切って攻撃できる。
「いくぞ……砲撃!」
ワイバーンの頭を吹き飛ばした貫通力を重視した特大サイズの魔銃の魔法陣を発動させる。
ドンっという重たい音と共に、地竜の頭が粉々に吹っ飛んだ……ように見えた。
グラリと地竜の体が傾き、横倒しになるかと思ったが、踏みとどまった。
地竜の頭が大きく抉れたように見えたが、実際には外側に張り付けた土や岩が崩れただけで、地竜の本体は無傷のようだ。
ただし、衝撃で脳が揺れているのか、地竜の歩みは止まった。
「撃てぇ!」
騎士団長の号令と共に、火属性の魔法と風属性の魔法が次々に撃ち込まれる。
それなりの威力があるように見えるのだが、地竜の土の鎧は思いの外頑丈で、致命的なダメージは入っていないようだ。
更に、地竜が頭をブルブルっと振ると、抉れていた部分の土の鎧が再生される……というか、周囲の土や岩を使って補っているようだ。
地竜が城壁の方へ向き直り、勢いを溜めるように首を大きく後ろに引いた。
「伏せろ! ブレスが来るぞ!」
「ちょっ、ブレスなんて聞いてないよ! シールド、クワッド!」
シールドを四重にして、斜め上方へ逸らすように立てる。
更に、自分と攻撃に参加しているセルージョ、シューレ、ミリアムの回りにも局所的なシールドを展開した。
「ゴワァァァァ!」
咆哮と共に放たれた地竜のブレスは、一種の衝撃波のようなものだったと思う。
次々とシールドが吹き飛び、これは死んだかも……と思ったが、全て粉々になったシールドはそれでも役目を果たして、ブレスを上方へと受け流してくれたようだ。
シールドから外れた城壁の一部は、ブレスによって崩れ、数名の冒険者が堀に落ちた。
もう一発食らったらヤバい……俺も地竜も同じことを考えていたと思う。
「これならどうだ、フレイムランス!」
砲撃や粉砕の魔法陣で土の鎧を壊したとしても、次の攻撃を加える前に再生されそうだ。
だったら、壊すのではなく突き抜ければ良い。
火の魔法陣と風の魔法陣をそれぞれ五段ずつ重ね、更には炎の出口を小さく絞ると、夜闇に青く輝く炎の槍が地竜の脇腹へ突き刺さった。
高温高圧の炎の槍は、地竜の土の鎧を溶かして内部へと噴き出す。
なまじ土の鎧が頑丈だから、地竜は腹の中を焼かれるまで反応できなかった。
「ゴオォォォォ……」
身をよじった地竜に跳ね飛ばされて、フレイムランスは砕け散ってしまったが、それでも深いダメージを与えられたようだ。
「効いてるねぇ……じゃあ、止めといこうか、フレイムランス!」
今度は地竜の脳天に探知ビットを張り付けて、そこを基準として真下に向けてフレイムランスを発動させた。
青く輝く炎の槍が、地竜の脳天を串刺しにして内部から焼き尽くす。
ブレスを放とうとしたのか、大きく開かれた地竜の口からも炎が噴き出した。
やがて地竜の首が地に落ち、完全に動かなくなったのを確認して勝鬨を上げた。
「にゃぁぁぁ! 地竜倒したぞぉ!」
「おぉぉぉぉ!」
城壁の上、そして野営地からも歓声が上がる。
集まった冒険者の中から、セルージョが駆け寄ってくる。
「やりやがったな、ニャンゴ!」
「飛ばない地竜なら、ブロンズウルフの方が厄介だったかも」
「そんな事を言えるのは、馬鹿みたいな威力の魔法を撃てるお前だけだ」
「相性の問題だと思うよ」
地竜の土の鎧を溶かして貫けるフレイムランスという武器があったから、今回は比較的楽に倒すことが出来た。
それと、ワイバーンみたいに空を飛ばず、動きも緩慢だったのも助かった。
「ありがとうございました、エルメール卿」
「騎士団長、やっぱり、あの穴は埋めた方が良いと思います」
こんなに頻繁に強力な魔物が現れてしまっては、ノイラート家の騎士団だけでは手に負えなくなるだろう。
どうしても探索したいなら一旦埋めて、シュレンドル王家などに助力を求めてから掘り返せば良いと思う。
「そうですね、今夜のうちに領主様に早馬で書簡を送り、進言いたします」
フェルスに地竜、調査依頼としての報酬は期待できないが、それ以上の報酬が転がり込んで来そうだ。
明日のギルドの査定が楽しみだにゃ。





