ノイラート家の騎士団長(中編)
騎士団の施設に足を踏み入れると、改めて被害が大きかったのだと実感させられた。
城壁の修理は完了しているが、壊された建物の修復は手付かずの状態だ。
とにかく、街の復興を優先しているので、騎士団の建物などは後回しになっているそうだ。
横暴な貴族であれば、民衆は二の次にして騎士団を優先するのだろうが、それだけノイラート辺境伯爵は民衆の生活を考えているという証拠だろう。
騎士団長の執務室は、幸い地竜による破壊を免れていたが、他の部屋に置かれていた資料などが運び込まれて山積みになっていた。
瓦礫の下敷きになったものを掘り出し、風雨に晒されないように、無事な部屋へと運び入れたそうで、空きスペースがあった騎士団長の部屋も例外無く使われているそうだ。
「わざわざご足労いただいたのに、このような有様で申し訳ありません」
「いえいえ、非常時ですからお気になさらず」
「狭苦しくて申し訳ありませんが、どうぞお掛け下さい」
「失礼します」
資料を運び込むために、部屋の隅へと追いやられていた応接ソファーに案内され、テーブルを挟んで騎士団長と向かい合う。
「改めまして、ノイラート辺境伯爵家の騎士団長を務めております、ジブリアーノと申します」
ジブリアーノ騎士団長は、アイベックスのような見事な角を持つ山羊人で、引き締まった体型をしている。
年齢は四十代後半ぐらいだろうか、物腰の柔らかいイケオジだ。
「ニャンゴ・エルメール名誉子爵です、今日はどういったご用件でしょうか?」
「不躾な質問で申し訳ありませんが……エルメール卿は、どういった目的でモンタルボにいらしたのでしょうか?」
「我々がモンタルボを訪れた目的は、地竜が出て来た穴が噂通りに新たなダンジョンであるのか否か、情報収集するためです」
「それは、どこからかの依頼でしょうか?」
語気を荒げる訳でもなく、詰問するような口調でもなく、ごくさりげなく尋ねられているのだが、騎士団長の視線は俺の胸の内を見透かそうとしているように見える。
「旧王都の冒険者ギルドからの調査依頼という形ですが、実際には我々のパーティー、チャリオットの今後の行動方針を決定するための調査です」
「シュレンドル王家からの依頼ではないのですか?」
「王家? いいえ、違いますよ」
なぜ王家の話が出てくるのか意外に思えたが、なにか王家に知られたくない事情を抱えているということなのだろうか。
俺が王家の依頼ではないと否定すると、騎士団長は目線を外して少し考えた後で、意外な質問をぶつけてきた。
「エルメール卿は、勇者カワードの話を知っていらっしゃいますか?」
「はい、ここまでの道中、何人もの吟遊詩人が歌っているのを聞きました」
「どう思われましたか?」
「そうですね……これで自爆という行為が神聖化されると困ると感じました」
「えっ? 自爆の神聖化ですか?」
俺の感想は、騎士団長の予想には無かったらしく、冷静沈着な表情が初めて崩れた。
「はい、自分を犠牲にして愛する人や町を守る行為は神聖なものだ……みたいな考え方が広がると、反貴族派が行う自爆攻撃も神聖視されかねません。俺は、実際に反貴族派が自爆する様子を二度ほど目撃しましたが、あんな残酷な行為は正当化されるべきではない」
俺が自爆に対する意見を披露すると、騎士団長は驚いた顔をしながらも何度も頷いてみせた。
「なるほど、そこまでは考えが及びませんでした。とにかく、地竜を討伐する事ばかり考えていましたから」
「騎士や兵士の犠牲も多かったのですか?」
「二十七名が殉職、十六名が重傷を負っています」
「攻撃は通りませんでしたか?」
「はい、今回の地竜は土の鎧を身に付けていました」
「土の鎧ですか?」
騎士団長の話によれば、地竜は土属性の魔法を使うらしく、背中から首、頭には土や岩で作った鎧を身に付けていたそうだ。
便宜上、土の鎧と言っているが、洗練された姿形をしている訳ではなく、ただ土や岩を体に張り付けて硬化させただけのようだ。
「実際、ただの土だったのですが、その土の層が魔法などの攻撃を受け止めてしまい、地竜本体までダメージが届きませんでした」
攻撃を食らえば、土の鎧と言えども壊れていたらしいが、すぐさま地竜が回復させてしまったらしい。
なにせ、土だけに材料はいくらでもあるのだ。
「魔法による攻撃や、大型の弩弓なども使いましたが、我々には地竜を止める術がありませんでした」
最初は、ここモンタルボよりも北にある村の救援に出向いたそうだが、時すでに遅く、村は廃墟と化していたそうだ。
次に、モンタルボの城壁を挟んでの攻防戦。
更に、モンタルボ内部での攻防戦。
ノイラート騎士団は負け続けたらしい。
「それではカワードは、騎士団にとって救世主のような存在だったのですね」
俺の言葉を騎士団長は肯定も否定もせず、じっと俺の瞳を覗き込んでいた。
「エルメール卿、これから話す内容は内密にしていただけますか?」
「それは、勇者カワードに関する話ですか?」
「はい、おっしゃる通りです」
「内密と言いますと、同じパーティーのメンバーに対しても……ですか?」
「はい、内密にしていただきたい」
これまでの様子を見るに、勇者カワードは存在していなかったのだろう。
それでは、いったい誰が地竜を倒したのか、それを知るためには騎士団長の申し出を受けるしかない。
「分かりました。チャリオットのメンバーにも内密にします」
「申し訳ございません、ですが我々には、あの方法しか残されていませんでした」
「何者かに自爆を強制したのですか?」
騎士団長は、一度目を閉じた後でハッキリと頷いてみせた。
「地竜が現れる以前に、モンタルボで連続殺人事件が起こっていました。爆死したのは、その事件の容疑者です」
「でも、どうやって自爆を……」
そこまで言いかけて、騎士団長が自爆ではなく、爆死と言っていたことに気付いた。
「その容疑者に粉砕の魔道具を抱かせて、食われた直後に魔導線を通じて魔力を流し、容疑者もろとも爆破した」
「概ね、エルメール卿がおっしゃる通りです」
「でも、だったら、餌は人間じゃなくても良かったのでは?」
「試してみたのですが、死んだ動物の肉には見向きもせず、生きた動物でも同じでした」
騎士団長いわく、モンタルボよりも前に襲われた村で人間の味を覚えてしまった可能性が高いらしい。
人を好き好んで食べる、土の鎧を着込んだ地竜。
騎士団にも多くの犠牲が出ていて、これ以上人員的にも、時間的にも余裕が無かったらしい。
「一つ確認しても良いですか?」
「何でしょう?」
「その容疑者は、連続殺人を認めていたのですか?」
「いいえ、自分の仕業ではないと否定していましたが、他に容疑者もおらず、奴が犯人であったのは間違いないと思います」
ただし、死刑にするには色々と手順をすっ飛ばしてしまっている。
厳密に言うなら、法律に違反している。
「なぜ、俺に話そうと思ったのですか?」
「不落の魔砲使いに掛かれば、真実を探し当てるのは簡単でしょう。隠し続けた挙句に探り当てられてしまうよりも、自主的に話した方が心証が良くなると思ったのです」
「なるほど……でも、今回の俺達の調査は王家とは無関係ですよ」
「ノイラート家を守るためには、不安要素は全て消すのが私の役割です」
「では、秘密を知った俺も消しますか?」
「とんでもない、不落の魔砲使いを倒せるなんて、微塵も考えていません。ただでさえ地竜によって大きな打撃を受けているのに、更に損失を重ねるような馬鹿な真似はしませんよ」
向かい合って言葉を交わして分かった。
ジブリアーノ騎士団長は強い。
何と言うか、人間としての奥行きが深い気がする。
真正面から戦った場合、経験値の差で追い込まれるのを魔法の威力のゴリ押しで跳ね返すしかなくなるだろう。
こちらを勝手に高く評価してくれるなら、戦わない方が利口な相手だ。





