初めての依頼
ちょっと……ちょっとだけ迷子になりかけながらも無事にチャリオットの拠点に辿り着いたが、三人は戻っていなかった。
レンボルト先生の所に行こうかと思ったが、まずはギルドの朝の風景を見物に行くことにした。
今度は屋根伝いではなく地上を歩いて向かったのだが、朝のイブーロは人通りが多くフラフラ歩いていると蹴飛ばされそうだ。
こんな事ならば、屋根伝いで移動した方が安全な気がする。
ギルドの入口も、仕事を手に入れた冒険者が凄い勢いで飛び出していくので、タイミングを計らないと撥ね飛ばされそうだ。
やはり身体の小さい猫人は、冒険者稼業を続けるには少々ハンデが大きいようだ。
ギルドの中に入ると、依頼が張り出された掲示板の前は酷い混雑だった。
身体の大きな熊人や虎人など冒険者が、肩を怒らせて掲示板の前を占拠し、そこへ後続の冒険者が身体を捻じ込もうとしている。
猫人の俺では、あの中に突っ込んで行く気にはなれない。
ぶっちゃけ、不戦敗を認めざるを得ないだろう。
混雑が終わった頃に依頼を見に行くとして、ぼーっと立っているのも危ないから柱に沿ってステップを使って上へ移動した。
天井近くの柱の陰で、ステップに腰を下ろして混雑が終わるのを待つことにした。
ここなら蹴飛ばされる心配は要らない。
上から眺めてみても、やはり身体の小さな人種は見あたらない。
猫人、ウサギ人などは、成人男性でも130センチ程度の身長しかなく、当然膂力も弱い。
ゼオルさんが、ダンジョンのある旧王都ではシーカーとして活躍する人もいると言っていたが、オークやオーガなどの討伐が大きな仕事であるイブーロでは補助的な仕事が少ないので、必然的に体の小さい冒険者も少ないのだ。
観察していると、先に仕事を選んでいくのはベテラン風の冒険者で、時間が経つごとに年齢が若くなっているように見えた。
そうした決まりがある訳ではないが、ベテランが美味しい仕事を持っていくのは、いわゆる不文律のようなものらしい。
当然最後に残る仕事は、報酬が低かったり、仕事の内容がキツかったり、旨味の少ない仕事になる。
それでも若手に見える冒険者達は、次々に依頼を剥がしてはカウンターへと歩いていく。
これもゼオルさんの受け売りだが、若手がすんなり仕事を決める時は、全体的に仕事が増えている時期だそうだ。
さてさて、そろそろ俺も仕事を探しに行きますかね。
ステップを使って床へ降り、蹴飛ばされないように注意しながら掲示板の前まで移動する。
もう殆ど仕事を吟味する人はいなくなったので、空属性魔法で足場を作って目線を上げた。
残っている仕事には、倉庫などでの荷運びの仕事が多い。
冒険者といえば一般的には力自慢というイメージなのだろうが、これは俺には全く向いていない仕事だ。
身体強化を使えば、出来ないこともないのだろうが、無理してやる必要性は感じない。
借金の回収、家賃の回収なんて仕事もあるが、これは強面の冒険者向けの仕事だろう。
俺が依頼を受けてノコノコ出掛けて行っても、相手にされず戻ってくることになりそうだ。
他に目立つ仕事が、ネズミ捕りの仕事だ。
依頼の中身は、倉庫や大きな家、古い家などの天井裏を我が物顔で闊歩するネズミ共の排除と外部からの侵入経路の遮断だ。
その他は、期間を設定していないゴブリンなどの小型の魔物の討伐、薬草類の採取などだ。
薬草の採取は、アツーカ村にいる時にはエキスパート級だったが、イブーロではどこに生えているのか分からないので受けようがない。
「うーん……やっぱりネズミ退治ぐらいしかないかな」
チャリオットの三人が一緒ならば、討伐の仕事を選び放題だろうが、俺一人では依頼を受けることすら出来そうもない。
比較的割のよい、報酬が小銀貨五枚の依頼を剥がしてカウンターへと向かった。
ついでにレンボルト先生からのリクエストの件も話しておこうと思い、昨日担当してくれた犬獣人の女性を探した。
目的の女性職員の所へ歩み寄ると、ニッコリと笑顔で迎えてくれた。
「おはようございます、ニャンゴさん」
「おはようございます。えっと……お名前を教えてもらえますか」
「あぁ、失礼いたしました。私、ジェシカと申します。本日はどのようなご用件でしょうか?」
ジェシカさんは、ブラウンのショートヘアーで年齢は二十代前半ぐらい、シューレとは対照的な真面目な事務職タイプだ。
「えっと、昨日伺ったリクエストの件なんですが……」
レンボルト先生との話し合いの内容や報酬は金銭ではなく、魔法陣に関する知識の譲渡となったと伝えた。
「そうですか。金銭の授受が発生しない場合、ギルドは仲介をいたしません。そのため、報酬に関するトラブルが発生した場合でも、手助けが出来なくなりますが、よろしいでしょうか?」
「はい、レンボルト先生は根っからの研究者という感じで、僕は格好の研究材料なので報酬に関しては大丈夫だと思います」
「かしこまりました。では、こちらのリクエストの件につきましては、ギルド経由の依頼は取り下げさせていただきます。他に御用はございますか?」
ジェシカさんは容姿こそ地味ですが、仕事に関してはテキパキとこなすタイプのようです。
「こちらの依頼について教えていただけますか?」
「ネズミ駆除の仕事ですね。こちらは少し広めの倉庫になりますが、ニャンゴさんお一人で大丈夫ですか?」
「ネズミの駆除、それと侵入経路の発見ですよね?」
「はい、場所が倉庫ですので、侵入経路を発見しても塞ぐための工事が出来ない場合が多く、この依頼では発見までが要望となっております」
「この依頼は、達成できなかった場合にはペナルティはあるんですか?」
「いいえ、ございませんよ。ネズミ駆除に関しては、一日では片付かないケースが殆どなので、雇い主がキチンと働いていたと判断すれば報酬が支払われます。また、この依頼では侵入経路を発見できた場合には、別途成功報酬が支払われます」
言われてみれば、大きな倉庫でのネズミ駆除が一日で終わるはずがない。
かと言って、一日人を使って仕事をさせて、無報酬とはいかないので、そうした措置が取られるのだろう。
「では、この依頼を受けてみます」
「かしこまりました、ではギルドカードをお願いいたします」
依頼表と俺のギルドカードを照らし合わせて、ジェシカさんは依頼受注の登録を行ってくれた。
「依頼場所の倉庫は、こちらになります。担当者はアルムという狸人の男性です」
「こちらに行って、ギルドの依頼を受けに来たと伝えれば良いんですかね?」
「はい、多くの方が受注するのですが、中々根本的な解決が出来ない依頼でもありますので、あまり深刻にならずに頑張って下さい」
「分かりました。ありがとうございました」
ジェシカさんに描いてもらった地図を手に、依頼の倉庫へと向かった。
イブーロの倉庫街は、街の南側に集まっている。
単純に、王都がある南から入ってくる荷物の量が一番多いからだ。
目的の倉庫は、穀物を備蓄している倉庫で、長年ネズミの被害には悩まされているそうだ。
「こんにちは、ギルドでネズミ駆除の依頼を受けて来ました。アルムさんはいらっしゃいますか?」
「アルムは私だが……ほう、猫人か。今回は期待できるかな」
倉庫の受付で声を掛けると、中で座って書類を眺めていたタヌキ人の男性がアルムさんだった。
「依頼に取り組んでもらうのは、ここに見えている倉庫全体だ」
「随分と広い倉庫ですね」
「まぁな。見ての通り、今は搬入搬出で多くの者が出入りをしているので、ネズミ共はどこかに隠れて出て来ない。これが夜になると姿を現して、倉庫に積んである穀物を食い荒らしやがる」
「そのネズミを駆除、隠れている場所や入り込んでくる場所を特定すれば良いんですね」
「その通りだ。どうかね、上手くやれそうか?」
「俺はアツーカの出身で、毎日のようにモリネズミを掴まえていたんですが、畑と倉庫では勝手が違いますから。あまり過度な期待はせずに見守って下さい」
「そうか、積み荷を破損させなければ、やり方は自由で構わない。一匹でも多くのネズミを捕獲し、積み荷を守ってくれ」
アルムさんと握手を交わして依頼を受諾、早速駆除作業に取り掛かる。
使うのは、これもまた練習を続けてきた探知魔法だ。
アルムさんの言う通り、人が荷物の運搬を行っている周囲にはネズミの姿は見当たらない。
人がいない場所を選んで、ステップを使って高さ2メートルほどの場所を移動して近づき、まずは周囲に空属性魔法で壁を作った。
続いて、小さな粒子状に固めた空気を積み荷の間へと潜り込ませていくと、ネズミ共の移動経路が浮かび上がって来た。
「いたいた……ひぃ、ふぅ、みぃ……何匹いるんだよ」
親ネズミ、子ネズミ、孫ネズミ、ひ孫、玄孫……なのかは分からないが、十匹以上のネズミが積み荷の隙間に寄せ集まって身を隠していた。
「うーん……どうやって駆除しようかね」
その場で殺してしまっては、取り出すのに手間が掛かりそうだ。
死んだイエネズミなんて不衛生だから、放置する訳にはいかない。
それに、駆除したネズミを見せないと実績として認めて貰えないだろう。
なので、ネズミが出入りしている経路を出た辺りを1メートル四方程度の大きさで封鎖して、穴の奥から追い出すことにした。
「みゃぁん……」
盗聴用にマイクが作れるならば、応用すればスピーカーが作れるはずと、これも練習を重ねてきた空属性魔法で、ネズミ共のねぐらの奥から猫っぽい声を流してやった。
効果は絶大で、パニックを起こしたネズミどもは一目散に通路を走り抜け、封鎖した空間へと駆け込んだ。
全てのネズミが駆け込んだところで入口を封鎖して、今度は封鎖した空間の中に、更に小さな範囲で壁を設けていった。
「そうだ、あれを使ってみよう……」
今や50センチ四方程度まで縮小した空間の中に、雷の魔法陣を設置してみた。
最初に設置した小さい魔法陣に触れたネズミは、大きく飛び上がって驚いていたが、動きを止める気配は無い。
たぶん、静電気がパチっとした程度だったのだろう。
丁度良い機会なので、徐々に魔法陣を強力にしていき、威力を確かめることにした。
「ギィ!」
大きさや圧縮率を増した魔法陣に接触したネズミは、身体を硬直させて動かなくなった。
見た限りでは感電して筋肉が硬直しているようだ。
空間の範囲を狭めつつ、同程度の魔法陣を増設していくと、全てのネズミが動かなくなった。
更に空間の範囲を狭め、カートに載せてから魔道具を使って水で満たして持って行く。
気絶しているだけだと、後で動き出して逃げる可能性があるので、しっかりと息の根を止めておく。
「アルムさん。取り合えず、これだけ捕まえたんですが……」
「なにぃ……まだ始めたばかりじゃないか」
「はい、相当な数が潜んでそうですね」
「全部で何匹だ?」
「14匹です。これ、どうしましょう?」
「こっちだ、こっちに持って来てくれ」
アルムさんは倉庫の裏手にあるゴミ置き場まで俺を案内した。
「このケージに捕まえたネズミは入れておいてくれ、最後に確認して、数に応じて報酬を上乗せしよう」
「ありがとうございます。では、駆除を続けますね」
「あぁ、頼む。ネズミ共を根絶やしにしてくれ」
結局、この日俺が捕まえたネズミは全部で73匹、見つけた侵入経路は三か所だった。
確認したアルムさんは、驚きの声を上げると共に、報酬を大幅に増額してくれた。





