新たな懸念
ラバーリングで拘束した二人目の男を、コリントという騎士見習いに担がせて騎士団まで運び入れた。
コリントはオラシオと同期の騎士見習いだそうで、居合わせたツェザール・ヘーゲルフ第二師団長から労いの言葉を掛けてもらい、バネ仕掛けの人形のように敬礼していた。
騎士見習いからすれば師団長は遥かに階級が上の存在で、名前を名乗って存在を知って貰うだけでも感激ものなのだろう。
頬を紅潮させて意気揚々と帰っていく姿を微笑ましいと思ってしまうのは、前世の年齢を合わせると三十近いオッサンだからだろうか。
コリントを見送った後で、ツェザール師団長が軽く頭を下げてみせた。
「すまなかったな、泳がせている途中だったのだろう?」
「いえいえ、それだけ騎士候補生でもシッカリ役目を果たしている証拠ですし、捕らえた男を締め上げてアジトの場所を吐かせてもらえれば済むことですよ」
「まぁ、そうなのだが……白状させてから踏み込むと、もぬけの殻になってる可能性が高いからな」
確かに、男を取り押さえる時には、革鎧の一団が騒ぎを起こしていたし、男が捕らえられたのを仲間が気付く可能性は高いだろう。
そうなれば、アジトを放棄して逃走を図る可能性は高くなる。
逆に上手く追跡してアジトを見つければ、そこに居る連中をまとめて捕縛できる。
反貴族派の人員を減らせなかったのは痛いが、アジトを一つ潰したと思えば、まるっきり無駄ではなかったはずだ。
「今回は、向こうからノコノコ出て来てくれた事案ですし、アジトも一つ潰せると思えば良しとしましょう」
「そうだな、済んだ事に拘るよりも次の摘発を進めるとしようか」
妙なわだかまりが無くなれば、ツェザール師団長は有能な人間だ。
小さな失敗に固執せず切り替えられる辺りは、さすが師団長に選ばれるだけのことはある。
拘束した男を引き渡した後、俺は用意された部屋に戻って画像チェックを再開した。
早朝に撮影した画像と昼間に撮影した画像を見比べて、更に不審な箇所の洗い出しを行う。
怪しいと思える場所は、第二街区、第三街区だけでなく、やはり都外にも何か所か見受けられた。
ただし、都外の場合は周囲の建物が掘っ立て小屋とか天幕レベルのものが多く、布張りの屋根なのか、それとも何かを隠すために張った幕なのか判断がつきにくい。
「うにゅぅぅぅ……チェックしたい場所が多すぎて、騎士見習いが上手くやってくれると良いけど……」
捕縛した男の不自然な動きに気付き、手分けして追い詰めようとした四人の動きはなかなかのものだった。
ただ、その一方で情報を集めるという観点からだと、強権を発動しすぎる感じが見受けられた。
俺の感覚だと、都外で暮らす人々は王国騎士団と反貴族派のどちらに近いと聞かれた場合、心情的には反貴族派に近いのではと感じている。
強権的に捜索を行えば反発を招いて、入って来るはずだった情報も隠されてしまうのではないかと危惧している。
「オラシオ達は上手くやってるかにゃぁ……」
気の弱いオラシオは、コリントのような振る舞いはしないと思うが、最初に突っ掛かって来られたらザカリアス辺りが反発しないか少々心配だ。
別に大きな手柄を立てなくても良いから、無事に捜索を終えてもらいたい……いや、都外の現状を考えるならば、上手く情報を集めてもらいたいところだ。
夕食までに、画像チェックで見つけた怪しげな場所の番地を書き出して、騎士団長へ報告した。
「むぅ、第三街区より内側だけでも、これほど怪しい場所があるのか」
「全部が全部、確実に反貴族派の拠点という訳ではありませんし、念のために確認しておいた方が良いと思われる場所も含めています」
「そうか、第三街区の内側からだと大聖堂が攻撃の射程に入ってしまうと思われるからな、念入りに調べておくにこしたことはないな」
「なんか、仕事を増やしてしまっているようで……すみません」
「何を謝ることがあるか、一つでも見逃せば大きな被害に繋がるのかもしれないのだ、エルメール卿が我々の仕事を増やしてくれるのは大歓迎だぞ」
俺たちの目的を考えるならば、仕事が増える事に文句を言っている場合ではない。
いくら文句を言ったところで『巣立ちの儀』は着実に近付いて来る。
攻撃する側は一つでも成功させれば勝ち、守る側は一つでも見逃せば負けになってしまうのだから分の悪い勝負だ。
報告書を提出した後、騎士団長から夕食の誘いを受けたが、食堂での話題も『巣立ちの儀』の警護に関するものばかりだった。
「そういえば、昨年の『巣立ちの儀』では南門が破られたようでしたが、今年の警備体制はどうなるのですか?」
「門の前を仮設の砦とすることになっている」
ミリグレアム大聖堂の裏手にある、第三街区と第二街区を繋ぐ南門で、外からの攻撃に備えて第三街区側に石積みの壁を仮設するらしい。
馬車の通行は全面禁止にして、歩行者も蛇行するように設置した石積みの通路を通って内部に向かうことになるそうだ。
既に設置工事が進められていて、馬車は通れなくなっているらしい。
「昨年の襲撃で使われた大砲は、体の大きな人種であれば一人でも抱えて運べてしまう大きさだった。それでいて至近距離から食らえば、人間が肉片になってしまうような威力を秘めているのだから、全く始末におけん」
「下水に使う土管を流用するなんて、本当に面倒な事を考えてくれるものです」
「エルメール卿は会場の中に大砲を運んできた連中も撃退していたそうだが、どうやっていたのだ?」
「基本的に対処の方法は三つです。一つは大砲を使う人間を倒してしまうこと、二つ目は大砲の威力を上回る攻撃で吹き飛ばしてしまうこと、最後は大砲の砲口を固めてしまう方法です」
「砲口を固める?」
「はい、これは空属性魔法独自の方法ですが、砲口を固めてしまうと内部の圧力が逃げ場を失って、結果として砲身が破裂します」
「なるほど、それで大砲を扱っている連中ごと吹き飛ばしてしまうのだな」
「そうですが、これは俺の対処法であって、他の属性の人には難しいですね」
「まったく厄介な物を考えついてくれたものだ」
騎士団長が嘆くのも当然で、威力のある攻撃魔法を放つには大きな魔力を持ち合わせていなければ無理だし、魔力があっても訓練しないと威力を安定させるのは難しい。
だが、魔導具という形にしてしまえば誰でも扱えるようになるし、威力も安定する。
そして、散弾でも砲弾でも、魔法と違って弾に実体があるので威力が高いのだ。
「騎士団で大砲を採用するような予定は無いのですか?」
「他国からの侵略に備えるという意味では、採用を検討する価値はあると思うが、今回のように会場や街を警備するには不向きだろう」
「確かに、その通りですね」
「そう言えば、今日摘発したアジトには魔導具の工房があったそうだな」
「はい、気になったのは粉砕の魔道具が三種類ほど作られていた事ですね」
「従来品に加えて、大きなものと小さなものが作られていたのだな」
「大きなものは、例の下水道から掘っていた横穴の先に設置して、会場を爆破するためのものでしょう。問題は小さなものです」
「自爆か?」
「恐らく……複数個を一度に起爆させれば、相応の威力が得られるはずですし、小さくなれば服の下に隠しやすくなります」
「それに、体の小さな人種でも扱いやすくなるな」
「おっしゃる通りです」
グロブラス伯爵領でラガート子爵一行が襲われた時も、猫人が大きなプレートを持っていたから自爆攻撃に対処できた。
あれがもし、服の中に完全に魔導具を隠した状態だったら、子爵たちに被害が及んでいた可能性が高い。
「当日、南門を通る人間の所持品検査を厳重にするのは勿論、既に持ち込まれている可能性も考慮せねばならんな」
「正直、あの小さな粉砕の魔道具を使われたら、自爆を防ぐのは難しい気がします」
身体検査をすれば発見できるだろうが、発見したその場で自爆されたら防ぎようが無い。
そうした懸念を伝えると、騎士団長も渋い表情になった。
「だが、放置すれば大きな被害を招くし、何らかの方法を考えねばなるまいな」
「そうですね。起爆させない姿勢を取らせて、その状態のまま身体検査を行うようにする必要がありますね」
魔道具が小さくなり、服の中に隠しやすくなったが、魔力を通さなければ魔道具は発動しない。
例えば、両手を頭の上に挙げさせて、掌を見せている状態で身体検査を行えば自爆を防げるかもしれない。
ただし、検査には手間が掛かるし、当日の観客数を考えると相当な人員が必要になりそうだ。
「なるほど、起爆をさせない姿勢で検査するのか……少し考えてみよう」
例年、来場者の検査を行ってきた部門とも打ち合わせをして、確実で効率の良い検査方法を考えることになった。





