入れ食い
倉庫街のアジトは、逃亡していた男達が話していた通り、粉砕の魔道具を作る工房になっていた。
表向きは中古の家具などが置かれた倉庫を装っているが、隠し扉から入る地下の工房には出来上がった粉砕の魔道具が沢山置かれていた。
その数、ざっと数えただけでも二百枚以上。
もし、全ての粉砕の魔道具が『巣立ちの儀』の襲撃に使われていたら、昨年以上の被害が出ていたのは間違い無いだろう。
作られていた粉砕の魔道具は一種類ではなく、大きさや厚みが異なるものが何種類か作られていた。
反貴族派が使っている大砲は、一般的な土管を砲身として使っている。
従来品の粉砕の魔道具は、その土管にフィットする大きさで作られていた。
大きく、厚く作られているのは、従来の物よりも威力を増すためなのだろう。
下水道から横穴を掘って『巣立ちの儀』の会場周辺に埋め込むために作られた物なのかもしれない。
地盤ごと観客席を吹き飛ばすために、威力を増す必要があると考えたのだろう。
ただ、大きなものよりも気になったのは、小型化された粉砕の魔道具だ。
大きさとしては、従来のものの四分一程度しかない。
魔法陣は小さくなるほどに魔法の威力が下がる。
この大きさでは、爆発の威力は四分の一以下になってしまうはずだ。
ただし、威力は落ちてしまうが、隠し持つには都合が良い。
これまでの大きさの粉砕の魔道具では、猫人以外の人種でも持ち歩いていれば分かってしまう大きさだったが、この大きさならば鞄や懐に入れてしまえば分からない。
つまり、この小型の粉砕の魔道具は、自爆テロ専用と考えるべきなのだろう。
いまだに無知な貧しい人の命を、自分達の欲望のために利用しようと考えている反貴族派の連中に沸々と怒りが込み上げてくる。
俺が今使える能力をフル活用して、必ず奴らの計画を叩き潰してやる。
押収した粉砕の魔道具が運び出されていく様子を見守っていると、ツェザール・ヘーゲルフ第二師団長が声を掛けて来た。
「エルメール卿、改めて協力に感謝する」
「いえ、自分は偶々通り掛かっただけですから」
「いいや、うちの者は爆発の混乱に気を取られて逃亡する男を見失っていた。エルメール卿が居なかったら、このアジトは見つけられなかっただろうし、ここに置かれていた粉砕の魔道具が襲撃に利用されていただろう。その結果として、どれほど多くの人の命が失われていたことか……」
「確かに、自分は逃亡する男を追跡しましたが、自分だけではアジトの摘発は出来ません。これは、王国騎士団の成果です」
少し目線が低くなるように調整した足場に立っている俺を、ツェザールは暫し無言で見詰めた後で口を開いた。
「エルメール卿、これまでの無礼な態度を謝罪する。申し訳なかった」
「い、いえ、そんな……頭を上げて下さい」
深々と頭を下げたツェザールに、俺の方が面食らってしまった。
「これは言い訳になってしまうが、私は亡きアーネスト殿下に長年可愛がられていたせいで、偏見の影響を受けてしまっていた。騎士見習いの頃から私なりに努力を重ねて師団長にまで出世したという自負が、一足飛びに輝かしい功績を次々にあげていくエルメール卿に嫉妬していたのだ」
そもそも、王国騎士にスカウトされるのでさえ、ほんの一部の選ばれた人間で、そこから師団長にまでなったのだからエリート中のエリートだ。
ぽっと出の俺が王族に目を掛けられているのを見れば、目障りだとか、疎ましいと感じてしまうのは当然だろう。
「先日、騎士団長から釘を刺されてな、世話になったアーネスト殿下の遺志を継ごうとする気持ちは否定しないが、一部の人種に対する偏見のような好ましくないものまでは引き継ぐなと言われた。まったくその通りだ。猫人であってもエルメール卿のような有能な人物もいるし、他の人種であっても反貴族派のような不届き者もいる。シュレンドル王国騎士団第二師団長である私が目を曇らせている訳にはいかない。だから、謝罪を受け入れてほしい」
顔合わせの時には、王国騎士団にもこんな人物がいるのかと少々腹を立てたのだが、やはり師団長にまでなる人物はワガママな貴族などとは別物でした。
「謝罪を受け入れます。自分は、世の中から猫人に対する偏見が無くなってほしいと願っています。協力していただけますか?」
「勿論だ、今日からは率先してエルメール卿の素晴らしさを語っていこう」
いやいや、そういう事じゃないんだけど……まぁ、偏見を持つ人が一人減ったから良しとするか。
「ツェザール師団長、奴らの話では、ここの魔道具を押さえられたら計画が頓挫しかねない……という事でした。という事は、ここを押さえられても別口があると考えるべきでしょう」
「うむ、これだけの数の粉砕の魔道具以外に、既に運び出されたものがあるか、あるいは別の拠点があると考えるべきだろう」
「捕らえた奴らは白状するでしょうか?」
「無論白状させる。騎士団の取り調べは甘くないからな。ただし、時間が掛かるかもしれない。奴らを炙り出すのに、エルメール卿による空からの偵察の効果は大きい。今後も違和感と感じる場所を見つけたら、すぐさま知らせてもらいたい」
「分かりました。自分は発見に全力をあげますので、捕縛はよろしくお願いします」
「うむ、こちらこそ、よろしく頼む」
懸念していたツェザール師団長との関係も修復できた。
これで王国騎士団と一つになって、反貴族派の取り締まりに専念できる。
捕縛した反貴族派の男達と押収物を馬車に積み込んで戻っていく第二師団と別れて、俺は少し離れた人通りの無い場所から再び空に上がる事にした。
途中になってしまっていた昼間の空撮を終えてから騎士団に戻ろうと思ったのだが……突然頭の上でガツンと大きな音がした。
「くそっ、どうなってやがる!」
足音を殺して接近し、振り下ろした剣を空属性魔法のシールドに阻まれた男が、剣を握ったまま目を見開いていた。
更に、その男の後ろにも仲間らしいナイフを握った男が二人いる。
「お前ら逃げろ! ここは俺が食い止める!」
「逃げられるとでも思ってるの?」
「早く行け! うおぉぉぉぉ!」
剣を握った男は目茶苦茶に切りつけて来るが、武術の心得も無さそうな攻撃では俺のシールドはビクともしない。
ビクともしないし、まったく怖くもないのだが、あまり余裕を見せ付けても他の二人が逃亡を諦めそうだ。
斬撃を避ける振りをしつつ、空属性魔法で作った棒で男の鳩尾を突いた。
「ぐふぅ……」
「ジール!」
剣を握った男が片膝を付いたのを見て、後方の男の一人が足を止めた。
「馬鹿野郎、早く行け!」
「待てっ! 逃がさないぞ!」
「行かせるかよ!」
追いかけようとする俺の前に、剣を握った男が立ち塞がったのを見て、後方の二人は足早に離れていく。
勿論、二人には探知ビットを既に張り付けてある。
「黒い悪魔、お前はここから先には行かせないぜ」
「心配しなくても、さっきの二人は逃がさないし、次のアジトまで案内してもらうよ」
「させるかよぉ!」
「雷!」
「ぐあぁぁぁ……」
雷の魔法陣に斬り付けた男は、体を硬直させた後でぶっ倒れた。
倒れた男を空属性魔法で作った台車に載せて、摘発した反貴族派のアジトに戻って、現場の警備をしている騎士に事情を説明して引き渡した。
その間に、さっきの二人は別々の方向へ向かって移動している。
「それじゃあ俺は、泳がせた魚を捕らえて行きますね」
「はっ、大きな群れが見つかったらお知らせください。網を持って駆け付けますから」
騎士の敬礼に見送られながら空へと駆け上がる。
まったく新王都はどうなってるんだ、反貴族派が入れ食い状態だよ。





