画像チェック
騎士団長に挨拶した後は宿泊用の部屋に籠って、今朝撮影してきた新王都の空撮画像のチェックをする事にした。
作業は、書斎ではなくリビングで行う。
書斎の机よりもリビングのテーブルの方が大きいので地図を広げやすいし、書斎の椅子よりソファーの方が座り心地が良いのだ。
「うん、日当たりも良いし、気合いを入れてないと眠くなりそうだにゃ……」
丸めてあった地図の上には、空属性魔法で作った透明なボードを載せて平らに延ばした。
空属性魔法のボードを載せておけば、この上で飲食しても地図を汚さないで済む。
「さてと、まずは第二街区から見ていこうか」
新王都は王城と貴族街を中心として、同心円状に広がっている。
貴族街のある第一街区への出入りには厳重なチェックが行われるので、怪しい人物が入りこめる可能性はほぼ無い。
俺が空撮でチェックしていくのは、第二街区、第三街区、そして都外だ。
テーブルに広げた地図とタブレットに表示した画像を見比べながら、第二街区の東側からチェックしていく。
第二街区には、国の役所や学院、国立の劇場、図書館などの公共施設や格式の高い商店や飲食店、そしてミリグレアム大聖堂などがある。
都外から第三街区に入るための身元チェックよりも、第二街区に入るチェックは厳しく行われているが物品の搬入も多く、第一街区よりは隙がありそうだ。
それでも、昨年の襲撃以後は、建築用の資材などの持ち込みも、厳しくチェックされているらしい。
何しろ、襲撃に使われた大砲は、土管と粉砕の魔道具、それに拳大の石などで、単品では建設工事のための資材だと偽って持ち込めそうな物ばかりだ。
それに、粉砕の魔法陣さえ持ち込んでしまえば、土管の代わりになる筒は土属性の魔法で制作が可能だ。
粉砕の魔道具だって、職人と材料さえあれば現地で作れない訳ではない。
前世の頃、オリンピックとかワールドカップとか、大きなイベントのテロ対策の大変さはマスコミによって報じられていた。
こちらの世界では、ヘリコプターやドローンなんて存在していないから、空からの警備は俺が中心になって推し進めるしかない。
「第二街区は、特に不審な物は無さそうだ……にゃにゃ?」
第二街区を東側から時計回りにチェックしていくと、ミリグレアム大聖堂の上空を横切り、南西地区に入ったところで気になるものが見つかった。
何の施設なのか分からないが、庭の一角が大きな幌のようなもので覆われている。
「ここは、何の施設なんだ?」
前世の日本のように、ネットの地図を拡大すればマンションの名前まで出てくるような便利さは、こちらの世界では望むべくもない。
騎士団長から受け取った地図にも、主要な役場などの名称は記載されているが、その他は地番が振ってあるだけだ。
「これ、土管みたいだけど……何かの工事なのか……それとも……」
撮影した時に、少し強い風が吹いていたらしく、幌の端が捲れて土管のような物が見えている。
地番をメモしてから、タブレットを持って騎士団長の下へと向かった。
「アンブリス様、少しよろしいでしょうか?」
「何かな、エルメール卿」
「この地番の場所なのですが、何か工事が行われているのでしょうか?」
「第二街区の南側だな。何か不審な物でも見つかったのかね?」
「これなんですが……」
タブレットで問題の画像を少しずつ拡大しながら見せると、騎士団長の表情が険しくなった。
「ツェザール、ちょっと来てくれ」
「はっ、何でしょう?」
騎士団長は机に地図を広げながら、顔合わせの時に俺を敵視していたツェザール・ヘーゲルフ第二師団長を呼び寄せた。
「ここは何の建物だ?」
「そこは……確か、ルナトール商会だったと思います」
「工事の届け出は出されているか?」
「いえ、今の時期は大きな工事は行わないように、事前に通達しております」
「そうか、エルメール卿、先程の絵をツェザールにも見せてくれないか」
「はい」
最初に地図と比較して地形が見やすいサイズで表示して、そこから問題の場所を拡大して見せた。
「これは……これほど正確に写し取れるものなのか……」
タブレットを見たのは初めてとあって、ツェザールは目を見開いて画面を凝視している。
「どう思う? ツェザール」
「騎士団長、これは間違いないでしょう」
「だが、第二街区の商人が反貴族派に手を貸すと思うか?」
「商会主の家族が誘拐されて脅されている……などの状況もあり得るのでは?」
「なるほど……いずれにしても放置は出来ぬな」
「反貴族派の関係者が逃亡出来ないように、昼間の明るい時間に一気に包囲して、敷地内にいる全員を確保しましょう」
「よし、午後から着手出来るように、すぐ手配をしてくれ」
「はっ!」
ツェザールは騎士団長に敬礼した後、俺に向かって何か言いたげな視線を向けてきたが、結局無言のまま席に戻って部下と打ち合わせを始めた。
「あいつは、亡くなられたアーネスト殿下と懇意にしていたから少々偏見を持っているが、根は悪い人間ではないし優秀だ。それと、少々不器用なところがあるから大目に見てやってくれ」
「任務に支障が無いならば、文句を言う気はありませんよ」
「そう言ってもらえるのは有難い。それにしても、これほど早く成果が出るとは……」
「えぇ、自分も少し驚いていますが、この分だと他にも見つけられそうな気がしますので、引き続き作業に戻ります」
「うむ、よろしく頼む」
「それと、比較のために午後と夜間にも撮影を行いたいと思っています。街中から上空に上がると目立ちそうなので、騎士団の敷地から昇り降りをしたいと思っていますが、よろしいでしょうか?」
「あぁ、自由にやってもらって構わないぞ。今やエルメール卿を知らぬ者はおらぬから大丈夫だ」
「ありがとうございます」
俺が騎士団長と話をしている間に、ツェザールは部下を引き連れて慌ただしく部屋を飛び出していった。
情報がどこからもたらされたものであっても、捜索、摘発が必要だと思えば果断な行動を取るのだから、騎士団長の言う通り有能な人物なのだろう。
慌ただしく部屋を飛び出していくツェザールを見送った後、俺も自分の部屋に戻って作業を再開した。
一ヶ所、怪しい場所を発見した事で、画像のチェックにも気合いが入った。
目を皿のようにして、怪しい場所や物が写っていないか、地図と照らし合わせながらチェックを進めた。
第二街区は第三街区のように建物が込み入っていないが、建物と建物の間隔が広く取られているので物を隠しておけそうな場所が多い。
それと、樹木が多く植えられているので、常緑樹の下は上空からでは見通せない。
「うにゅう……この辺は全然見えないにゃ。でも、砲撃するにも邪魔になりそうな気もするし……」
念のため、後で地上からチェックしてもらえるように、気になった所は地番を書き出しておいた。
「これも、なんだか怪しいよね……」
第二街区の西側、これも何の施設が分からない場所の庭に、四角い筒を四つ束ねたような物が置かれている。
見た感じただの筒のようだが、寝かせてある訳でもなく、真上に向けられている訳でもない。
斜め四十五度ぐらいに傾けて置かれているのが、いかにも怪しく見える。
別に強度さえ十分ならば、丸い土管ではなく四角い筒でも砲身の役目は果たせるだろう。
「うん、ここも捜索してもらおう。次は……にゃ、お昼か」
正午を知らせる大聖堂の鐘の音が聞こえて来た。
昼ご飯を食べたら、怪しい地番を騎士団長に伝えて、午後は再度の撮影を兼ねて第二師団の捜索の様子を空から見学するとしよう。





