顔合わせ
王城に呼び出された翌日は、王国騎士団の施設に呼び出された。
『巣立ちの儀』の警備のアドバイザーを務めるために、騎士団の主要なメンバーと顔合わせをしておくためだ。
どのくらいの地位の人と会うのか聞かされていないが、俺みたいな若造が相手を待たせる訳にはいかないので、予定より一時間近く前に騎士団を訪れた。
そもそも王国騎士には貴族の地位が与えられるので、俺と同等以上の地位の人ばかりだ。
警備に関するアドバイスを採用してもらうためには、最初から遅刻して反感を買いたくなかった。
入り口の門の脇にある受付で、王家の紋章が入ったギルドカードを提示して、来訪の目的を告げた。
「エルメール卿、お早いですね」
「たぶん、自分が一番年下でしょうから、呑気に寝坊してられませんよ。ちなみにバルドゥーイン殿下は、まだいらしてませんか?」
「はい、殿下はお忙しいらしく、いつも時間ギリギリにいらっしゃいますよ」
それは、忙しいからギリギリになるのではなく、遅刻して肩身の狭い思いをする者が出なくて済むように配慮してるんじゃないかな。
騎士団の人に案内してもらい、会合が行われる会議室へ案内してもらった。
てか、これから準備を始めるところだったみたいで、早く着きすぎて申し訳ない。
会議室には、片側に五人が座れる大きな机が置かれていて、部屋の奥側の中央にバルドゥーイン殿下、その右隣に騎士団長、左隣りに俺が座るように名札が配置された。
向い側には、第一から第四までの師団長の席が設けられている。
「うわぁ、お偉いさんばっかじゃん……」
昨晩、バルドゥーイン殿下だけでなく国王陛下とも夕食を共にしているのだから、今更だろうとは思うが、それでも騎士団の重鎮が一同に会する場所に紛れるのは気が引ける。
この配置では、師団長のお歴々に俺が品定めされるようなものだ。
「帰っちゃおうかにゃ……」
一旦席に座ったものの、これから始まる会議の居心地の悪さを想像して、腰を浮かせかけたところで開け放たれままになっていたドアから立派な角を持つ山羊人の男性が入ってきた。
慌てて立ち上がって、腰を折って頭を下げた。
「お、おはようございます」
「おぉ、おはようございます、エルメール卿。私は第四師団を任されています、イヴァン・モレノスと申します。よろしくお願いいたします」
笑顔を浮かべて敬礼を返してくれたモレノス第四師団長は、三十代後半ぐらいだろうか、アイベックスを思わせる角が印象的な溌剌とした印象を受ける。
「ニャンゴ・エルメールです。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
丁度俺と向かい合う席だったモレノス第四師団長は、座って話しましょうと勧めてくれた。
「グラースト領の件、伺いましたよ。山賊や狩場の用心棒相手に大活躍だったそうですね」
「あれは相手が油断していたからですよ」
「反貴族派のアジトの摘発にも尽力いただいたそうで、ありがとうございます」
「王都からあまり離れていない場所に、あんなアジトがあるとは思いませんでした」
「えぇ、我々としても予想外の場所でした。放置しておけば『巣立ちの儀』を狙うための本拠地となっていたかもしれませんね」
確かに、先日摘発したアジトは、新王都から馬車を走らせれば一日で到達できる距離だ。
前回の『巣立ちの儀』の時のように砲撃を狙っていたとしたら、あらかじめ場所を設定しておいて、直前に大砲を持ち込むことも出来たかもしれない。
モレノス第四師団長と話をしていると、そのアジト摘発の指示を行ったクリフ・ミュルドルス第三師団長が姿を見せた。
席を立って、先程と同様に挨拶した。
「おはようございます、ミュルドルス師団長」
「おはようございます、エルメール卿。先日はありがとうございました」
「こちらこそ、お役に立ててなによりです」
「クリフさん、今エルメール卿と先日の摘発の話をしてたところです」
「そうだったのか、エルメール卿の活躍で本当に楽させてもらったよ」
ミュルドルス第三師団長は、アーティファクトを使った上空からの偵察などを我がことのように自慢げに話した。
「そんなに凄いのですか?」
「上空から自分の目で見たように、鮮明で詳細な絵が見られるのだ。エルメール卿がいるだけで戦略は大きく変わるぞ」
騎士団の中に部外者の俺が混じるのは気まずいかと思ったが、先日の騎士団との連携のおかげで好意的に受け入れてもらえそうだ……と思い始めた時に、険しい顔つきの獅子人の男性が入ってきた。
「おはようございます、ニャンゴ・エルメールです。今日はよろしくお願いいたします」
第三、第四師団長よりも年上に見える男性に向かって、キッチリ頭を下げて挨拶をしたのだが、返事が戻ってこない。
頭を上げると、獅子人の男性は突っ立ったまま俺を睨み付けていた。
「ふん、調子に乗って足を引っ張るなよ」
名乗りもせず、ニコリともしないで席についたのは、どうやら第二師団長のようだ。
席には座らず話をしていたミュルドルス第三師団長が、すっと近付いてきて小声で教えてくれた。
「ツェザール・ヘーゲルフ第二師団長だ。厳格な方なので……」
「分かりました」
言葉を濁すような第三師団長の言い方に、頷きながら答えた。
会議開始の時間が迫ってきた頃、バルドゥーイン殿下が騎士団長ともう一人の師団長と共に姿を見せた。
「おはようございます、バルドゥーイン殿下」
「おはよう、エルメール卿。今日もよろしく頼むぞ」
「はい、おはようございます、エスカランテ騎士団長」
「久しいな、エルメール卿。数々の活躍は聞いているよ。今回も期待しているぞ」
アンブリス・エスカランテ騎士団長と握手を交わした後で、柔和な感じのクマ人の男性に向き直った。
「おはようございます、ニャンゴ・エルメールです。よろしくお願いいたします」
「第一師団長のブルーノ・タルボロスだ。こちらこそ、よろしく頼む」
ニカっと笑ったタルボロス第一師団長は、騎士団長と同年代に見える陽マッチョという感じがする。
この時点の第一印象だけだが、俺が注意すべきなのはヘーゲルフ第二師団長だけのようだ。
会議開始の時間となり、議事録を作るための書記官二人が席に着き、会議室のドアが閉められた。
バルドゥーイン殿下が臨席するからだろう、会議室の外の廊下には二名の騎士が立って目を光らせるそうだ。
「それでは『巣立ちの儀』に向けて、警備体制の会議を始めたいと思う……と言っても、今回はエルメール卿との顔合わせが主で、詳しい話は後日改めてになるだろう」
会議の冒頭、バルドゥーイン殿下は『巣立ちの儀』の警備期間中、俺には騎士団長と同等の権限を与えると切り出した。
四人の師団長は、皆驚いた表情を見せたが、口を開いて抗議の意思を示したのはヘーゲルフ第二師団長だけだった。
「殿下、失礼ながら騎士団の外の人間に、それほどまでの権限を与える事には賛同出来かねます。何故、そこまでの権限を与える必要があるのですか」
「ふむ、ツェザールの反対ももっともだと思うが、そうした反発を排してエルメール卿の意見を通りやすくするためだ」
バルドゥーイン殿下は、昨晩の夕食後に語り合った、市民に対する騎士団の接し方について話し始めた。
市民に対して協力してくれるように仕向ける俺の提案は、騎士団長やタルボロス第一師団長からも支持されたそうだ。
「王族という立場にある私にとって、市民が騎士団に協力するのは当り前の事だという認識があったが、確かにエルメール卿の言う通り、命じられて協力させられるのと自ら協力するのでは、協力の度合いや成果に大きな違いが生じるだろう。こうした我々が見落としてしまう側面をエルメール卿には補ってもらいたいと思っているし、そのために権限を与えるのだ。反対するのであれば、明確な理由を述べよ」
ヘーゲルフ第二師団長は、何か言いかけた後でグッと奥歯を噛み締め、絞り出すように言った。
「分かりました……」
いや、それ全然分かっていないっていうか、不満たらたらだよね。
「殿下、少しよろしいでしょうか?」
「何かな、エルメール卿」
「はい、私の立場というか、心構えみたいなものを述べさせて下さい」
「構わんよ」
「ありがとうございます」
騎士団長と同等の権限を与えるという話は昨晩のうちに聞かされて、その場で反対したのだがバルドゥーイン殿下だけでなく国王陛下も加わって押し切られてしまった。
そこで、なるべく騎士団との間に波風を立てずに済むように、自分のスタンスを語っておこうと考えたのだ。
「改めまして、御挨拶申し上げます。ニャンゴ・エルメールです、よろしくお願いいたします」
席を立って話し始める前に、少々くどいとは思ったが姿勢を改めて挨拶した。
「皆様御存じかと思いますが、私は昨年の『巣立ちの儀』で功績を上げて名誉騎士の地位を賜りました。光栄であると同時に、多くの人の命を救えなかった事が残念でたまりませんでした。今回、ここ新王都の『巣立ちの儀』の警備に加えていただける事となりましたが、そもそも私は冒険者であって大規模な警備については全くの素人です。言うまでもなく、今回の警備の主役は騎士団の皆様であり、私は微力ながら力添えをするに過ぎません」
実際、商人の護衛などの依頼は受けたことはあるが、計画はライオスやシューレが立てていて、俺は自分の役割を果たしただけだ。
大規模なイベントとか、街全体を守る警備方法などは何からやれば良いのか全く分からない。
それに、俺に求められているのは、そうした働きではないのだろう。
「私は、騎士団の皆様とは違った視点で物を見て意見を述べるので、時には腹立たしいと思われることもあると思います。ですが、新王都を守りたい、将来ある子供たちの門出の日を守りたいと思う気持ちは皆様と同じです。どうか私の話にも耳を貸して下さい、そして私を利用して下さい。よろしくお願いいたします」
もう一度頭を下げると、拍手の音が聞こえてきた。
最初に手を叩いたのはエスカランテ騎士団長だったと思うが、すぐに全員が続き、ヘーゲルフ第二師団長も渋々といった表情で拍手をしてみせた。
まだ不満そうな表情は拭いされていないが、今はこれで良しとすべきだろう。





