またまた呼び出し
新王都に戻った俺たちは、王国騎士団へと直行した。
捕縛した人間狩りの首謀者、バルケラム・グラースト侯爵を引渡すためだ。
これからグラースト侯爵は、厳しい取り調べを受け、事件に関して知っている全ての項目を洗いざらい喋らせられるはずだ。
前世の日本とは違って、犯罪者に対して人権は保護されていない。
つまり、取り調べには拷問が用いられる。
素直に供述すれば逃れられるが、供述を拒んだり、虚偽の内容を伝えようとすれば、死んだ方がマシだと思うほどの責め苦を味わわされるらしい。
まぁ、グラースト侯爵の場合、一応貴族としての身分があるので、そこまで酷い拷問はされないだろうが、それでも面子は丸潰れだろう。
そして、侯爵本人の処刑は免れないらしいし、処刑は公開で行われる可能性が高いようだ。
これも日本とは異なっているが、斬首などの処刑が公開で行われるケースは少なくない。
犯罪者に対して厳しい処罰を行っていると見せることで、処罰感情や王家や貴族、騎士団や官憲に対する不満を逸らす狙いがあるからだ。
俺は新王都を離れていたけれど、あの『巣立ちの儀』の襲撃犯で生きて捕えられた者達は、後日公開処刑されたそうだ。
襲撃によって多くの市民の命が奪われているし、『巣立ちの儀』という晴れの日に我が子の命を奪われた親たちの怒りや憎しみは深く、公開処刑を行わなければ矛先は王家に向けられていただろう。
俺とエルメリーヌ姫を題材とした演劇が流行ったのは、今考えてみると王家や騎士への感情を良くするためのプロパガンダだったのかもしれない。
となると、今回の騒動も遠からず演劇となるのだろうか。
水戸黄門は、日本では長く愛されてきた時代劇だし、勧善懲悪のストーリーはどこの世界でも受け入れられるだろう。
王家や騎士への感情を良くして、世の中の安定に寄与できるならば、演劇の題材にされても構わないと思うが、その一方でどんどん王家に取り込まれているように感じるのは考えすぎだろうか。
新王都の騎士団に到着した後、俺は染色の処置をしてもらって三毛猫人から黒猫人に戻った。
さすがに、三毛猫のままでニャンゴ・エルメールを名乗るとトラブルの原因になりそうだからだ。
「うにゅぅ……」
「どうしたの、ニャンゴ」
「にゃんだか毛がボソボソする……」
「あらホントね。毛染めの影響ね」
待っていたレイラと合流したのだが、脱色や染色を繰り返したからか、自慢の毛並みの艶が無くなり、手触りもボソボソになってしまった。
「これは、抱える価値半減ね」
「にゅぅ……もう毛色を変える変装はやらにゃい」
日本で使われているヘアカラーとかならば、もっとダメージが少ないのだろうが、こんなにボソボソになるなんて聞いてない。
というか、これを繰り返していたらハゲるんじゃないか。
ハゲ猫ニャンゴなんて、絶対に嫌だ。
この先、バルドゥーイン殿下が漫遊記を続けるとしても、道化の三毛猫リゲルは抜きでやってもらおう。
というか、影から影へと調べて回る弥七ポジションならやってあげても良いかも。
毛色を戻す処理が終わったので、俺たちは騎士団の施設を出て新王都の冒険者ギルドへ向かった。
今回の漫遊記同行は、一応王家からのリクエストという形になっているので、ギルドにも報告の義務が生じるのだ。
それと、冒険者ギルドの宿泊施設を利用するためだ。
騎士団にも来客用の宿泊所があるそうだが、何となく仕事の延長というか、気が休まらないというか……。
それに夕食は、新王都の街で美味しい物をうみゃうみゃしたかったのだ。
「依頼完了の報告に来ました。それと宿泊所を使いたいのですが……」
「お疲れ様でした、エルメール卿。少々お待ちいただけますか」
声を掛けるた受付嬢は、ニッコリと微笑んだ後でカウンターの後から何かを取り出して戻ってきた。
「こちらをお預かりしております」
差し出されたのは、赤い封蝋が押された金縁の封筒だった。
「はぁ……確かに受け取りました」
「では、依頼完了の処理と宿泊所の手配をいたしますね」
「はい……」
封筒は、言うまでもなく王家からの呼び出しだ。
「なぁに? 帰ってきたばかりなのに、また呼び出し?」
「うん……あれ、差出人はファビアン殿下か」
「ファビアン殿下って……第六王子様?」
「うん、何の呼び出しだろう」
「開けてみれば?」
「そうだね」
封筒を受け取った時には力が抜けてしまったが、中身を確認したら……もっと力が抜けてしまった。
「何だって?」
「バルドゥーイン殿下とばかり面白い事をしているのは怪しからんから、詳しい話を聞かせろって……」
「人気者は辛いわね」
「はぁ……まったくだにゃ」
どのみち、この時間から王城に出向く訳にはいかないので、ギルド経由で明日の午後伺うと返事をした。
この晩は、ギルドで紹介してもらった肉料理の店に行ってうみゃうみゃした後、ギルドの宿泊所に戻って踏み踏みしたとさ。
翌朝、レイラと一緒に旧王都までビューンと飛んで、騎士服に着替えてビューンと戻ってきた。
第一街区と第二街区の境にある門の前で地上に降りて、そこから先は空属性魔法で作ったキックボードで移動した。
第一街区に入る門でも、王城に入る門でも、騎士から黒猫に戻られてしまったのですねと残念がられた。
てか、君らの情報統制はどうなってるのかにゃ。
俺を使って楽しみすぎじゃないのか。
王城に入り、日当たりの良い応接間に通されると、メイドさんが焼き菓子をお茶を持ってきてくれた。
「ケーキは後程お出しします」
「にゃ、ど、どうも……」
以前来た時とは違うメイドさんだと思うのだが、まさか俺のうみゃがメイドさんの間で共有されてしまっているのだろうか。
少し名誉騎士としての行動を考えなければいけないのだろうか……などと思いを巡らせながらお茶を飲み、焼き菓子を口に運んだ。
「うーん……うみゃ! にゃにこれ、サックサクでうみゃ!」
焼き菓子は外側がサクサクで、中がホロホロと崩れ、香ばしさと甘さのバランスが絶妙だった。
思わずうみゃうみゃ言ってしまったが、みんな焼き菓子が美味しすぎるのがいけにゃいのだ。
ていうか、これはたぶん道化のリゲルの時のクセが抜けていないからだろう。
焼き菓子を堪能し終えた頃に、ファビアン殿下とエルメリーヌ姫が姿を現した。
「久しいな、エルメール卿」
「ご無沙汰しております、ファビアン殿下、エルメリーヌ姫」
「今日は三毛猫ではないのだな?」
「はい、毛並みがボソボソになってしまうので、もう変装は懲り懲りです」
「まぁ、それはいけませんわ」
毛並みがボソボソになってしまったと話すと、エルメリーヌ姫がすすっと体を寄せて来た。
「女神ファティマ様の名の下に、光よ癒せ……」
「みゃ、にゃんだか暖かい……」
エルメリーヌ姫が両手をかざすと、俺の全身が金色の暖かな光に包まれた。
光に包まれていたのは十秒ほどの時間だったが、なんと言うか全身の細胞が生まれ変わったような感じがした。
「にゃ……フワフワに戻ってる」
「はい、艶々ですよ、ふふっ……ふふふっ……」
光属性魔法の効果を確かめるように、エルメリーヌ姫が俺の頭や頬を撫でるのだが、ちょっと目が怖いんですけど……。
「さて、エルメール卿、新王都で無聊をかこつことしかできない哀れな王族に、楽しい冒険の話を披露してくれるかい? もちろん、とっておきのケーキを用意してあるよ」
「かしこまりました。それでは、道化のリゲルの冒険譚をお聞かせいたしましょう」
ファビアン殿下は、俺とテーブルを挟んだ向かいの席に座ったのだが、エルメリーヌ姫は当然という顔をして俺の隣に座り、ピッタリと体を寄せてきた。
にゃんというか、隙あらばモフろうという気配を感じるのは気のせいではないよね。
それでもグラースト領での一件を披露したのは、とっておきのケーキに釣られたからじゃないからにゃ。





