後始末
人間狩りの狩場を主催していたグラースト侯爵を観念させたし、参加していた金持ち共も捕えたし、これにて一件落着……なんて簡単にはいかないんだよねぇ。
だって領主様だからね、この領地で一番偉い人だからね。
いくら観念したといっても配下が反発すれば、グラースト侯爵領全体を相手にしなきゃ行けなくなるかもしれない。
こちらは、バルドゥーイン殿下と加えても、たったの七人しかいないのだから、数百人、数千人を相手にするのは無理だ。
グラースト侯爵を人質にして、妙な真似しやがったら侯爵の命は無いぞ……みたいな悪役ムーブをする訳にはいかないし、やったところで、証拠隠滅のために始末しちゃって下さい……なんて言われたら進退窮まってしまう。
なので、グラースト侯爵が捕縛されたという情報が広まる前に、殿下の護衛の一人であるベスが馬を駆り、隣りのレオミュール伯爵領まで応援を呼びに向かった。
「応援を連れてくるまでの間、殿下をお願いします、エルメール卿」
「任せるにゃ……じゃなかった、任せておいてください」
いかんいかん、道化の口調が染み付いてしまっているにゃ。
旧王都に戻るまでに治しておかないと、セルージョ辺りに揶揄われそうだにゃ。
応援が来るまでの間、グラースト侯爵や金持ち共と護衛達、それに勢子の四人は、後ろ手に縛りあげた上で狩場のゲストハウスの一室に閉じ込め、一人ずつ尋問を行った。
ちなみに、狩場の使用人たちは、中で起こっている事に関して厳重な口止めをされた上で、半ば無理やり働かされていたそうだ。
捕らえた連中の監視を頼むと、嬉々としながら積極的に引き受けてくれた。
地下牢に囚われていたウサギ人のピペトとエマも助け出し、雑用をやってもらっている。
グラースト侯爵達を尋問してみると、猫人やウサギ人だけでなく、他の人種までも狩りの獲物にされ、これまでに犠牲になった人数は五十人近くになるようだ。
娯楽のために、それほどの人数が殺されていたとは驚くばかりなのだが、呆れた事にグラースト侯爵によると、この人間狩りは貧困対策なんだそうだ。
「お聞きください、バルドゥーイン殿下。奴らは学も無く、手に職もなく、物乞いするぐらいしか能の無い役立たずです。放置すれば物乞いでは食い繋げず、いずれ盗みに手を出して世の中の治安を悪化させるのです」
「だから、貴様らが楽しんで殺すのか?」
「ただ始末したのでは銅貨一枚にもなりませんが、狩りにすれば珍しい獲物を狩りたい連中が金を払ってくれます。役立たず共が、最期に領地のために働いてくれるのです!」
滔々と語るグラースト侯爵からは、罪の意識がまるで感じられず、殿下の隣で聞いていて鳥肌が立った。
罪の意識に関しては、狩りに参加していた金持ちの方が希薄だった。
「獲物は全て罪人だと聞かされていた……」
「侯爵様から罪には問わないと言われた……」
「罪に問われずに済むように高い金を払ったのに……私は騙された被害者だ」
俺たち冒険者も山賊の命を奪うが、それは殺さなければ殺されるからだ。
そして山賊を討伐したら、官憲に届けを出して、検分してもらわねばならない。
誤って無実の人間を傷つけたり命を奪えば、当然冒険者だって罪に問われる。
それなのに、無抵抗の人間を嬲り殺しにしておいて、あれこれ理由を付けて罪から逃れようとする金持ち連中を見ていると、おぞましいと思ってしまう。
挙句の果てには、四区画、五区画で待っていた連中は、我々はただの狩りとしか聞かされていなかったなどと言い出したが、前日の宴席には殿下も列席している。
その場で『うちの道化自慢』を披露して、狩れるものなら狩ってみてくれ……とまで言っているのだから、シラを切り通せるはずがない。
だいたい、王族相手にそんな言い訳が通用すると本気で思っているのだろうか。
グラースト侯爵が捕らえられたと知ると、侯爵に全ての罪をなすり付けて、自分だけは助かろうとする金持ち共の姿に吐き気を催してしまった。
一通り尋問を終えたバルドゥーイン殿下は、渋柿を齧ったような顔をしていた。
「お疲れ様でした、殿下」
「酷いものだな、想像を絶する選民意識だ。これでは、反貴族派なんて者達が現れるのも無理は無い」
「グラースト侯爵には、どんな処分が下されるのでしょうか?」
「本人は処刑、家族は狩りへの関わり具合によって処分を下す、侯爵家は取り潰しだろうな」
どう理由を付けて取り繕おうとも、この狩場で行われていたのは殺人、それも快楽殺人と呼ぶのが相応しい行為だ。
それを主導したのだから、たとえ貴族であろうとも極刑を免れられない。
これが貴族の三男、四男ならば、まだ家が残る可能性があるが、当主本人では侯爵家は取り潰しだろう。
グラースト侯爵の家族は、罪に問われずに済んだとしても平民落ち、個人の資産を除いて財産も没収となるそうだ。
ある意味、貴族にとっては処刑よりも厳しい罰なのかもしれない。
「侯爵家の家臣はどうなりますか?」
「家臣も狩りへの関わり具合によって、相応の処分が下されるだろう」
「関わっていなくても、侯爵家が取り潰しでは職を失うって事ですよね?」
「次の領主が決まるまでは、ここは王家の直轄地となる。その場合、施設の維持管理のための最低限度の人材は、そのまま雇用される場合もある」
「次の領主が決まって、その人から不要だと言われたら失職ですか?」
「止むを得ないだろうな」
人間狩りが行われていたなんて知らなかった人達の雇用は維持されて欲しいし、そもそも使用人の立場では、知っていたとしても侯爵に意見するなど無理な話だ。
狩場のゲストハウスの客室係の一人が、狩場の利用者のリストを作っていた。
いつ、誰が利用して、誰が酒宴の主役だったのか、連れて来られた獲物にされた人のリストまであった。
いつか告発できる日が来た時のためだったそうだが、一人の使用人が出来るのは、これが限界だろう。
この旅を始めた時は、まるで水戸黄門漫遊記のようだと思っていた。
実際、グラースト侯爵を捕らえるところまでは正にそのまんまの展開で、これだよ、これこれ……なんて思っていたし、その時にはスカっとした。
だが、その後の後始末は、言うならばドラマでは描かれない現実の部分であり、なんともやるせない気分にさせられる。
「領地を持つ貴族の家が取り潰されるって、大変なんですね」
「その通りだ。だからこそ王族、貴族は襟を正し、民の手本となる生き方をせねばならぬのだが……やはり遠方の貴族まで王家の目が届くようにせねばなるまい」
貴族を取り締まる権限は、王家しか持っていない。
貴族同士で取り締まりを行おうとすれば、下手をすれば内戦の引き金を引くような事態が起こりかねない。
それは王家による取り締まりでも同じで、貴族が内乱の準備を終える以前に首根っこを押さえてしまう必要がある。
「何らかの組織か取り締まりのための手段を講じる必要があるな」
「殿下、今回みたいなやり方は駄目ですからね」
「駄目か?」
「駄目です。というか、今回の件で殿下の変装とかバレちゃいますからね」
「ならば、変装などせずに堂々と行動すれば良いではないか」
「変装無しで、今回の件を解決出来たと思いますか?」
「ふむ……確かに素性を明かしていたら難しかっただろうな」
「殿下が動かれるとしたら、事前に秘密裏に調査を行って証拠を押さえた後でしょうね」
「だがなぁ……素性を明かしての旅では面白みに欠けるのだよ」
「殿下……暫くは大人しくしていてください」
「善処しよう」
結局、レオミュール伯爵家の騎士が応援に到着し、知らせを受けた王国騎士団の接収部隊が到着するまで、グラースト侯爵領に一週間以上足止めされた。
王都までの帰路は、グラースト侯爵も護送するので王国騎士団の護衛も付いたし、身分を偽らなくて良くなったので遊んでいるようなものだ。
一応、殿下と同じ馬車にのって護衛という形ではあるが、レイラに抱えられて馬車の旅を楽しませてもらった。
宿も上等、食事も上等、馬車の揺れも少ないし、温熱の魔道具で暖房を効かせているから快適そのものだ。
「ニャ~ン生、楽して、う~みゃみゃみゃみゃ~♪ 食事の後には、デーザートにゃ~♪ お~なか~が出~てぇきて困ったにゃ~♪ 本気で痩せるぞ、あ~した~か~ら~♪」
「ホントかしらねぇ……」
「にゃっ、お腹タプタプしにゃいでぇ!」
旧王都に戻ったら、シューレと手合わせでもしないと、マジでお腹がヤバいかも……。





