猫人の狩り(後編)
三つ目の区画に入った後、コースの少し左側へ移動した。
右手前方四百メートルほどの所に、バルドゥーイン殿下に渡してあるミニシールドの反応がある。
殿下の位置が分かるように、カードサイズで作ったシールドを身につけてもらっている。
どうやら、この区画がメインステージのようだ。
恐らく、この狩場を紹介したゴドレスが一緒だろうし、殿下の『うちの道化自慢』が上手くいけば、領主であるグラースト侯爵も一緒にいるはずだ。
散々煽ってやったから、ゴドレスは俺が来るのを手ぐすねを引いて待ち構えているだろう。
身体強化魔法は維持しつつも、狙われやすいように走る速度を落とす。
殿下の持っているミニシールドを目印にして探知ビットで探ると、殿下の周囲に三人、少し離れた場所に別の四人が居るようだ。
離れた所にいる四人がゴドレス達で、殿下はレイラと護衛二人と一緒に見学しているのだろう。
あと百五十メートルぐらいに近付いたところで、一旦木の陰に身を隠した。
点在している木から木へと走っては身を隠し、辺りを窺ってからまた走る……という演技をしながら距離を詰めていく。
あと百メートルを切ったところで、最初の矢が放たれた。
弓弦の音を聞いた直後に体を前方に投げ出すように転がり、すぐさま木の陰に身を隠した。
また弓弦の音が響き、隠れた木の幹に矢が突き立った。
足元の土を掘り返して木の幹の右側に向けて撒くと、今度は一度に複数の弓弦の音が聞こえた。
その直後、俺は幹の左側から走り出す。
撒き散らした土を俺と間違えたのだろう、矢が遥か後方を通り抜けている間に、次の木に辿り着いて隠れた。
また足元の土を掘り返して幹の右側に撒き散らし、直後にコースの先を目指して走り出す。
今度は、土を撒いた時には弓弦の音は聞こえず、俺が飛び出した直後に聞こえて来た。
「うぎゃぁぁぁ!」
矢が突き刺さった直後に悲鳴を上げて転がり、よろめきながら大きな木の陰に隠れた。
「当たった!」
「よし、止めを刺しに行くぞ!」
距離を詰めて止めを刺しに来るようだが、刺さったのは分厚く作ったラバーシールドで、俺の体まで矢は届いていない。
ラバーシールドに突き刺さった矢は、先が丸めてあるどころか鋭く研がれている獲物を殺すための矢だった。
「尖った矢を使うなんて、聞いてにゃいぞ!」
「金貨を盗んだ泥棒猫を捕まえるのに、手加減する必要など無いだろう」
ゴドレスが上機嫌な声で答えてきた。
「ちくしょう、騙しやがったにゃ!」
「ぐははは、今更気付いても手遅れだ。侯爵様立ち合いの下で、罪人として処罰してやる!」
俺と話をしている間にも、四人はジリジリと距離を詰めて来る。
飛び出す振りをして、すぐに隠れると、前方を矢が通過していった。
俺の走る速度を予測して矢を放ったようで、狙いとしては悪くない……というか、そのまま飛び出していたら当たる位置だ。
「往生際の悪いニャンコロめ、諦めて出て来い」
「い、嫌だ! 金貨は返すから殺さないでくれ、頼む!」
精一杯情けない声を出すと、近付いてきた四人が足を止めた。
「いいだろう。まず金貨をこっち投げろ」
「分かった、投げるぞ……矢を放つなよ」
大金貨十枚を革袋ごと投げたが、ずしりと重たいのでゴドレスの所までは届かないどころか、すぐ目の前に落ちた。
「よーし、両手を頭の上に挙げて出て来い。おかしな真似をしたら射るぞ!」
「分かった、にゃにもしないから……殺さにゃいでくれ」
両手を揚げて、足を引き摺りながら木の陰から姿を見せると、四人は一斉に矢を放ち……直後に目を見開いた。
四本の矢は、斜めに立てた空属性魔法のシールドによって、俺を避けるように左へ逸れていった。
手を降ろしながら情けない表情を引っ込めて、四人に向かってニヤリと笑ってみせる。
「まったく、救いようのないクズどもだにゃ」
「き、貴様、矢が当たったんじゃなかったのか! いったい何をした!」
「自分を殺そうとした奴に教える訳にゃいだろう」
「くそっ!」
中央にゴドレスとグラースト侯爵、両脇は侯爵の護衛を務める騎士だ。
射ってこいとばかりにヒラヒラと手招きすると、四人は眉を吊り上げ、新しい矢を番えて弓を引き絞った。
「ほれほれ、ちゃんと狙わないと当たらないにゃ」
四人に尻を向けて尻尾をフリフリしてやると、今度はタイミングをずらし矢を放ってきたが、当然結果は同じだ。
「酷い腕前にゃ。道理で、か弱い猫人やウサギ人しか獲物に使わない訳だ」
「くそっ……」
グラースト侯爵が目配せをすると、両端にいた二人が広がって、四人で扇型に俺を取り囲んだ。
「これなら、どうだ!」
一斉に放たれた四本の矢は、今度は上に向かって逸れていった。
「どうなってる!」
「だから教えないって言ってるにゃ。そうそう、これは貰っておくにゃ」
呆然とする四人を尻目に、悠々と金貨の入った革袋を拾い上げたところで、勢子役のヒョウ人とクマ人の男が追い付いてきた。
「旦那、気を付けてくだせぇ! その野郎、只者じゃねぇです。一区、二区の旦那たちは全滅、モージルとホレスもやられました」
「なんだと! ニャンコロ、貴様何者だ!」
「グラースト侯爵様には、改めて名乗らせていただくにゃ。吾輩は道化のリゲルにゃ!」
「ふざけるな! おい、さっさと始末しろ!」
せっかく俺が恭しく名乗ったのに、グラースト侯爵は追い付いて来たヒョウ人の男に俺を殺すように命じた。
「今度は逃がさねぇぞ、覚悟しろクソ猫!」
「逃げにゃいから、さっさと掛かってくるにゃ」
「舐めんなよ!」
ヒョウ人の男は腰に下げていた剣を抜くと、クマ人の男に目配せをして、二人で俺を挟み込む位置に移動した。
二人は剣を肩に担ぐようにして構えると、ジリジリと距離を詰めて来る。
俺は防具も着込んでいるし、周囲には探知ビットを撒いてシールドをいつでも展開できるように準備をしたので、二人には目もくれずに侯爵とゴドレスに視線を向けている。
「舐めるな、クソ猫!」
「サンダーシールド、ちょっと強め」
「ぐぁぁぁぁ!」
左右から同時に打ち込んで来た二人は、雷の魔法陣を貼り付けたシールドを叩いた直後、悲鳴を上げて体を硬直させると、バッタリと倒れて動かなくなった。
「ど、ど、どうなってる! あれは何なんだ、ゴドレス!」
「し、知りません、あれはドルーバが連れていた道化……そうだ、ドルーバ!」
ゴドレスと侯爵は、少し離れた所で笑いを堪えながら事態を見守っていた殿下へ向き直った。
「ドルーバ、何だあれは!」
「おやおや、どうされましたかゴドレスさん。私に狩りというものを見せて下さるのですよね?」
バルドゥーイン殿下は、つばの付いた帽子を深く被り、上機嫌に笑みを浮かべている。
「ふざけるな! あのニャンコロは何をやってるんだ!」
「さぁ、私にも分かりません。それに、うちの道化は優秀だから、逃げ切ってしまいますよとお伝えしましたよね」
「逃げるとは聞いたが、矢を防いだり、勢子を倒すなどとは聞いてない!」
「手負いの獣が襲いかかって来る事なんて、狩りをしていれば珍しくないですよ。それより、目を離していて良いのですか?」
「何ぃ……はっ、どこだ! どこに行った!」
四人が揃いも揃って殿下の方を向いている間に、エアウォークでゴドレスの頭上、十メートルほどの場所へと移動しておいた。
「どこを探しているにゃ、吾輩はここにゃ」
「なっ、浮いてる……」
「魔法で撃ち落とせ!」
侯爵の指示を受けて二人の騎士が風の攻撃魔法を放ってきたが、当然シールドに弾かれて俺には届かない。
「ではでは、雷」
「ぎひぃぃぃ!」
雷の魔法陣をぶつけてやると、騎士二人も勢子のヒョウ人と同様に体を硬直させて倒れ込んだ。
「ふはははは!」
「何がおかしいんだ、ドルーバ!」
「あの程度の魔法では、私の父が『不落』と称した名誉騎士は撃ち落とせませんよ」
「何だ……と……」
帽子を取りながら口にした殿下の言葉を聞き、姿を見て、グラースト侯爵は言葉を失った。
バルドゥーイン殿下は、黒髪ではなく本来の白髪へと戻っていた。
更に護衛のルーゴが、懐から王家の紋章が刻まれたプレートを取り出して、グラースト侯爵とゴドレスに向かって突き出した。
「控えろ! こちらにおわすは、シュレンドル王国第二王子バルドゥーイン殿下であらせられるぞ!」
「第二王子……? 侯爵様……?」
呆然とするゴドレスの横で、グラースト侯爵は崩れ落ちるように膝をついて頭を下げた。
「侯爵、ゴドレス、改めて詳しい話を聞かせてもらうぞ。逃げようなんて考えるなよ、不落の魔砲使いに狩られるだけだぞ」
「そんな……黒猫じゃないじゃないか……」
ゴドレスは、もう一度俺を見上げた後で、観念したように座り込んだ。





