道化もけっこう忙しい
山賊たちが制圧されたところで、急いで馬車に戻って道化の衣装に着替えた。
別に冒険者の服装のままでも良かったのだろうが、ゴドレスの関係者に見られるならば道化の衣装の方が良い気がしたのだ。
着替えを終えて、馬車から降りようと靴を履いていると、ゴドレスの怒号が聞こえてきた。
「この役立たず共め! お前らにいくら払ってると思ってるんだ!」
誰に向かって怒鳴っているのかと近付いてみると、ゴドレスは襲撃で命を落とした護衛二人の遺体を足蹴にしていた。
「この無能どもが! 今までに払った金を返しやがれ!」
確かに、山賊の襲撃によって早々に命を落としてしまった二人は護衛としては失格だろうが、これまで自分を守ってくれていた者達にとるべき態度ではない。
バルドゥーイン殿下も顔を顰め、ゴドレスを制止しようと足を踏み出したが、道化の衣装に着替え終えていたので、ついついしゃしゃり出てしまった。
大げさに両手を広げて、呆れ返ったような表情を作りながらゴドレスに話し掛ける。
「主人も守れず、あっさり死んでしまうとは、まっこと無能な護衛の極みでございますねぇ」
「ふん、役立たずの猫人にも分かる無能さだろう」
遺体を足蹴にするのを止めて、俺の方へと振り向いたゴドレスに大きく頷いてみせる。
「うんうん、無能も無能、このリゲルめにも良く分かりますぞ。まったく、こんな無能な護衛を雇った無能な主の顔が見てみたいものです」
「なんだと、貴様ぁ!」
「ひぇぇぇ……お助け~、お助けぇぇぇ……」
ゴドレスは顔を真っ赤にして掴み掛かってきたが、ブクブクに太ったヘラジカ人に捕まるようなヘマはしない。
捕まりそうで、捕まらない、でも捕まりそうな足取りで、馬車の周りをグルグルと逃げ続け、ヘトヘトにしてやった。
俺たちの追いかけっこを、殿下やレイラだけなく、ゴドレスが連れて来た女性までもが笑いながら眺めていた。
そもそも道化に腹を立てるのが間違いだし、良いダイエットになっただろうから感謝してもらいたいくらいだ。
ルーゴとベスが山賊たちの死体を街道脇に積み上げている間に、毒見役のドーラが馬車から外した馬を駆って近くの街まで知らせに行った。
知らせを受けて駆け付けて来たレオミュール伯爵家の騎士団から事情聴取を受けたが、俺は馬車で眠っていたことにして、討伐は全てルーゴとベスの手柄にした。
山賊が後ろから攻撃されたところなどは、かなり曖昧な供述内容で突っ込まれると不味いと思ったが、騎士はあっさりとルーゴ達の話を信じた。
騎士団からすれば山賊を返り討ちにしてくれた恩人なので、配慮してくれたようだが、それでも解放されるまでには時間は掛かった。
そのため、予定していた街までは進めそうもないので、とりあえず一番近い街まで移動する事になったのだが、ゴドレスの馬車を動かす御者がいない。
それどころか、ゴドレスは護衛をしていた冒険者の遺体を捨てていくとまで言い出した。
仕方がないので、ルーゴが近くの街までゴドレスの馬車の御者を務めることになった。
護衛二人の遺体は俺たちの馬車で運び、街の冒険者ギルドで埋葬の手続きをしてもらう。
今回のように、依頼の旅先で命を落とした場合、冒険者カードを所持していれば、最寄りのギルドで埋葬の手続きを行える。
費用は、死亡した人のギルドの口座から賄われ、遺体を運んだ人にも手間賃が支払われる。
遺体は旅先の街で埋葬され、遺品や遺産の受取人が指定されている場合には、その人の下へ遺髪などが届けられるそうだ。
諸々の手続きを終えると、すっかり日が暮れてしまった。
ギルドに一番良い宿を紹介してもらったのだが満室で、二軒目に良い宿も満室。
三軒目の宿でようやく部屋を確保できたのだが、お世辞にも高級な宿とは言い難かった。
「ほほう、なかなか趣があるじゃないか」
などとバルドゥーイン殿下は少し楽しそうにしているが、たぶん、このまま何もせずベッドに寝転んだらダニの餌食にされるだろう。
「さぁさぁ、若旦那はゴドレス殿と食堂で酒でも飲んでいて下され」
殿下を部屋から追い出したら、お掃除ニャンゴの本領発揮と参りましょう。
ダンジョンで鍛えたサイクロン掃除機で、天井、壁、床、布団まで吸いまくった。
「うげぇ……すごい埃だ」
掃除機を掛け終えたら、布団を空属性魔法で作ったケースに放り込み、温風の魔法陣を使ってダニ退治モードで加熱する。
布団を乾燥している間に、テーブルや椅子を雑巾がけすれば、なんとか一夜を過ごせるレベルの部屋にできた。
更に、二部屋の掃除をして、夕食前にクタクタになってしまった。
大きな宿ではないので、夕食は俺たちも殿下やゴドレスと同じ食堂で食べた。
離れたテーブルに座ったのだが、ゴドレスが俺を睨み付けてきた。
昼間の一件が、相当頭に来ているようだ。
ゴドレスは俺に対しては恨みを抱いたようだが、山賊から守ってもらったからか、殿下にはすっかり気を許している。
子供じみた対抗心も引っ込めて、対等以上の扱いをすると決めたようだ。
「いやぁ、有能な護衛をお持ちで、ドルーバ殿が羨ましい」
「彼らは、父の伝手で雇い入れた者達ですから、私の手柄ではないのですよ」
「どうでしょう、グラースト領に着くまで今日と同様に一人お貸し願えませんか?」
冒険者ギルドで、新たな護衛を雇ってはどうかとドルーバことバルドゥーイン殿下が勧めたのだが、ゴドレスは首を横に振ってみせた。
「このような田舎町のギルドでは、信用のおける護衛は雇えませんよ」
「だが、私としても一人引き抜かれるのは困ります」
「今日のように、私の馬車に同乗していただき、馬車を連ねて移動すれば大丈夫でしょう。私はグラースト侯爵と懇意にしているので、あちらに着けば良い人材を紹介してもらえますから」
「うーん……」
「勿論、謝礼はいたしますし、会員制の特別な狩場に招待しますよ」
「会員制の狩場ですか?」
「ええ、選ばれた人間だけの狩場ですから、私も滅多に他人を紹介しないんです。でも、ドルーバ殿ならば紹介いたしますよ」
「なるほど、それは魅力的ですね。分かりました、そこまで同道すればよろしいですか?」
「はい、そうしていただけると助かります」
ゴドレスは殿下と握手を交わした後、俺に視線をむけてニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべてみせた。
なにやら企んでいるみたいだが、殿下が誘いに乗った以上は付いていくしかない。
安宿に泊まった翌日から、護衛の態勢を変更した。
馬車二台を連ねてグラースト侯爵領を目指すのだが、隊列はゴドレスの馬車が前、俺たちの馬車がすぐ後を走る。
ゴドレスの馬車の御者台には、風属性の探知魔法が使えるベスが座り、毒見役のドーラが御者の補佐を務める。
ドーラは毒見役だが、乗馬や馬車を動かす訓練も受けているそうだ。
俺たちの馬車はルーゴが手綱を取り、御者台の隣には俺が座る。
荷台の馬車の御者台には、空属性魔法の通信機を設置して連絡が取れるようにした。
そして、馬車が動き出したら、俺は白い布に包まって御者台から上空へと移動する。
後ろの馬車の御者台に居てもゴドレスの馬車を守れるが、上から見ていた方がいざという時の対応はやり易い。
道中は上から、休憩などで馬車を止める時には御者台に戻る。
殿下には話してあるが、ゴドレスの関係者は、俺の行動には気付かないはずだ。
というか、道中はレイラに抱えられながら、のんびり過ごすはずだったのに、どうしてこうなった。
ブチブチと文句を言いつつも、その後は襲撃も無く無事にレオミュール伯爵領を通過して、いよいよグラースト侯爵領に入った。
反貴族派が活動を活発化させているという疑惑の領地だが、領地境の検問からして他の領地とは違っていた。
検問を行っている兵士は、ゴドレスの馬車を見るとペコペコと頭を下げて、ロクに調べもせず通過させた。
通常、こうした検問の場合、貴族に対しては丁寧な対応をするが、平民相手には高飛車な態度をとる場合が多い。
それなのに平民のゴドレスの方が尊大な態度を取っている様子からみても、グラースト侯爵と懇意にしているという話は本当のようだ。
ゴドレスが自分の同行者だと言うと、兵士は俺たちの馬車もロクに調べもせずに通してくれた。
それどころか検問所からは、グラースト侯爵家の兵士がゴドレスの馬車の御者と護衛を務めるそうだ。
なにやらキナ臭くなってきたが、漫遊記としては庶民との触れ合いパートや、お色気パートが不足気味な気がするにゃ。





