道化の意味
「ニャ~ン生、楽して、う~みゃみゃみゃみゃ~♪」
「何なの、その変な歌は?」
馬車に揺られながら替え歌を口ずさむと、イライザことレイラが苦笑いを浮かべた。
「今の吾輩の気分にゃのだ」
「吾輩?」
「そう、吾輩は道化のリゲルにゃ!」
「ハイハイ……」
レイラは呆れているけれど、このぐらい開き直っていないとやっていられないというのが今の正直な気持ちだ。
道化のリゲルとして用意されていた衣装には、長崎の出島に現れた南蛮人か、はたまたエリザベスカラーかと思うような、ヒラヒラの襟が付いていた。
しかも、イタリアの国旗かよと思うような、緑、白、赤の縦ストライプ柄なのだ。
更には、爪先がクリっとカールしている靴まで用意されていた。
うん、道化だからね、王子様の指示だもんね、そりゃ入念に準備するよね。
だったら、俺も開き直って道化になりきるしかないじゃん。
「どうだねエルメール……じゃなかったリゲル、着心地は?」
「たいへん結構でございますよ、坊ちゃま」
「坊ちゃま?」
「おっと、いけません。坊ちゃまではなく若旦那でしたね」
突然、坊ちゃまなんて呼ばれて面食らっているバルドゥーイン殿下を見て、同乗しているドーラとアメリは顔を俯かせて肩を震わせている。
御者台にいるルーゴとベスも、プルプルしながら笑いを堪えているようだ。
「さすがに、この歳になって坊ちゃまと呼ばれるなんて思っていなかったな」
「若旦那、道化に腹を立てるのは無粋というものですぞ」
「ははっ、それもそうだな、ならば好きに呼ぶが良い」
バルドゥーイン殿下は、とある商会の道楽息子ドルーバという設定で、名前か若旦那と呼んでくれと言われているのだが、若旦那というよりは坊ちゃまという感じなのだ。
体格も良いし、武術を嗜んでいるらしく、姿勢や足の運びなどに片鱗が窺える見た目だけなら坊ちゃまなんてイメージは無い。
これまでの慣習を改めて、もっと民衆の姿を直に見たいという考えも立派だと思っていたのだが、身分を隠してお忍びで……といった辺りから風向きが怪しくなってきた。
変装用の衣装とか、偽の身分証などを作るぐらいは、まぁ必要なのだろうと思ったのだが、我々が乗ってる幌馬車は少々やり過ぎのような気がする。
道楽息子が旅をするなら、普通の箱馬車で良いと思うのだ、用意されたのは専用の幌馬車だった。
外から見ると幌馬車なのだが、乗り込んでみると特注品なのは一目で分かった。
バルドゥーイン殿下が座っているのは、御者の後ろのスペースなのだが、くつろげるようにソファーになっている。
しかも、荷台の下や幌の内側には鉄板が貼り付けられていて、弓矢や砲撃、粉砕の魔道具による爆破にも耐えられる作りになっているそうだ。
庶民の暮らし云々というよりも、殿下自身が気ままな旅を楽しみたいだけなのでは……という疑惑が込み上げてくる。
まぁ、今回だけでなく、何度も活用するなら特注する意味もありそうだが、その辺りは旅先の様子を見てから判断した方が良いのだろう。
「ところで、坊ちゃま」
「なんだ?」
「これから向かうグラースト侯爵領で反貴族派が活動を活発化させている理由は、本当に分からないのですか?」
「何の情報も無い……という訳ではないのだが、まだ噂の域を出ない話だ」
「噂……ですか?」
「リゲルは、グラースト侯爵領の名物を知っているか?」
「温泉があると聞きましたが……」
「そうだ、温泉が一つ。もう一つはウサギ狩りだ」
バルドゥーイン殿下の話によると、グラースト侯爵領は角ウサギの一大繁殖地だそうだ。
グラースト領内には、様々な工夫を凝らした狩場があり、近隣の領地の貴族や金持ちがウサギ狩りを楽しみに訪れるそうだ。
「反貴族派が活発化する理由とされている噂は、どちらの名物に関わるものか分かるか?」
「温泉の利権……とかじゃないですよね?」
「ではないな」
「ウサギ狩りが、どう反貴族派に結び付くんですか? 金持ちの遊びだからですか?」
「それもあるな」
「ラガート子爵なら、ウサギ狩りを一大産業として、多くの庶民に仕事を与えるんじゃないかな……」
「グラースト侯爵も庶民に仕事は与えているそうだぞ」
「それなのに、反貴族派が台頭しているんですか?」
「なぁに、簡単なことだよ。仕事は与えても、それに見合った報酬を支払っていない。ただそれだけだ」
貴族や金持ちは、ウサギ狩りに来れば金を使うそうだが、その金は領主であるグラースト侯爵や狩場の利権を持っている一部の人間に集中して、庶民にまで行き渡らないらしい。
キツい仕事をやらされて、報酬は微々たるものでは文句を言いたくなるのも当然だろう。
「でも、それなら報酬を増やすように命じれば解決するんじゃないですか?」
「問題が報酬だけならな」
「その口振りだと、他にも理由があるみたいですね」
「そうだ。グラースト侯爵領では、一風変わった獲物が狩れるという噂がある」
「一風変わった獲物……って、まさか」
背筋がゾワっとする嫌な予感が頭をよぎった。
「あくまでも噂だが、そのまさからしい」
グラースト侯爵領では、人間を獲物として狩れる場所があるという噂が流れているそうだ。
「人間を狩るなんて、人殺しじゃないですか。そんなの許される訳ないですよ」
「普通に考えるなら許されるはずもない行為も、条件次第では許されてしまうのさ」
「そんな馬鹿な……人を殺して許されるなんて……」
「エルメール卿も人の命を奪ったことがあるのではないか?」
「えっ? あっ! 犯罪者……」
冒険者として活動するようになってから、俺は何人もの人の命を奪っている。
ただし、それは全て犯罪者であり、放置すれば自分の命が危うくなる場合に限られている。
「それじゃあ、罪もない人達を犯罪者に仕立て上げて、狩りを楽しんでいるのですか?」
「という噂があるだけで、まだ確認が取れていない」
バルドゥーイン殿下の話によれば、騎士団が情報収集に動いているが、決定的な証拠は掴めていないそうだ。
「人間狩りの噂がある狩場には、ほんの一握りの上客しか招待されないらしい」
「では、我々は、その上客になりきる必要があるわけですね?」
「それだけでは不十分だ」
「まだ何か条件があるんですね?」
「狩りの標的とされるのは、小柄な人種、ウサギ人や猫人だという噂だ」
一般的に魔力値は体の大きさに比例すると言われている。
実際、体が小さいウサギ人や猫人には、騎士団にスカウトされるような魔力値を持つ者は殆どいない。
俺の場合は、ゴブリンの心臓とオークの心臓を食べて強制的に魔力値を上げたが、素のままでは今と同様の活躍は出来ていないだろう。
「ウサギ人や猫人が標的とされるのは、おそらく魔力値が低いから反撃される心配が無いからだろう。それと……」
「偏見ですね?」
「そうだ。体の小さい人種を差別しているような連中は、人間を狩るなんていう行為をおぞましいと思わないのだろう。罪の意識が無いからこそ、官憲や騎士団に通報される心配も無いという訳だ」
「では、殿下は体の小さい人種を見下す人間になりきる、そのために俺は道化になりきる……ということですね?」
「そういう事だ。本来ならば、依頼をする時点で話しておくべきなのだろうが、役になりきってもらうには、私以外の者からも差別を受け、場合によっては危険に晒されるかもしれない。そんな状況を乗り越えられる人材と考えたら、エルメール卿以外には考えられなかったのだよ」
「なるほど……この衣装の理由が理解できました」
型破りな王子様の道楽に付き合って、護衛をしながら各地の名物をうみゃうみゃする依頼だと思っていたが、どうやら考えていたよりも危険な依頼のようだ。
かくなる上は、ちょっと卑屈で主に媚びを売るような三毛猫人の道化を演じ切ってみせましょうかね。





