反貴族派との対話
「ちっ……貴族の飼い猫め!」
護送二日目の晩、夕食を終えた後に囚人の近くを通りかかったら、蔑むような声をかけられました。
「申し訳ございません、エルメール卿。こいつ、失礼な事をぬかすな!」
「あぁ、大丈夫ですから、そこまでしなくて良いです」
近くにいて囚人の声を聞き付けた大公家の騎士が、手にしていた乗馬用の鞭を振り上げたので制止した。
俺に憎しみの籠った視線を向けているのは、小柄なウサギ人の若い男だ。
灰色の髪をしているが、出会った頃のミリアムみたいに洗うと白い髪なのかもしれない。
少し出っ歯な歯を剥き出しにして俺を睨みつける姿を見て、ラガート子爵家の車列を襲って捕まった直後のカバジェロを思い出した。
あの頃は、ムキになって言い返して対立するしか出来なかったけど、今はどうだろう。
ウサギ人の男に歩み寄って声を掛けてみた。
「俺は貴族に飼われている訳じゃないよ」
「嘘つけ! 大公に取り入って、アーティファクトを独占しているクセに!」
「誰から話を聞いたのか知らないけど、危険なダンジョンに踏み込んで発見した物は、発見者が権利を保有するのは昔からだよ」
「嘘だ! お前がアーティファクトを独占して、莫大な財産も独占してるのは分かってるんだぞ!」
「うん、そうだよ。だって、俺達のパーティーがダンジョンの新区画を掘り当てて、大量のアーティファクトを発見したんだからね。これが冒険者の醍醐味ってやつだよ」
ダンジョンで大きな発見をすれば莫大な富を手に出来る。
これは、俺が生まれる前から行われてきたことだ。
俺には、他の人とは違う前世の知識があったから新区画を発見できたし、アーティファクトを扱うこともできたけど、それでも俺一人では成し得なかっただろう。
恵まれた環境に生まれた訳ではないけれど、知識と工夫と経験を重ねて、ようやく今の自分に辿り着いたのだ。
「他人を羨むぐらいなら、力をつけて、仲間を募って、自分でダンジョンに挑めば良かったんだよ」
「うるさい! 俺達貧乏人は、生きていく、食っていくだけでやっとなんだ。ダンジョンになんて挑める訳ないだろう!」
「だから他人から奪おうとした? それって、君らが嫌っている悪徳貴族と一緒じゃないの? 俺達のパーティーは、入念に準備を整えて、危険を承知でダンジョンに挑み、正当な方法で成果を手にした。その成果を横取りする権利は君たちにあるの?」
幸運だったのは確かだけれど、アーティファクトに関する権利は、正当な手続きの上で認められたものだ。
横から出てきた反貴族派に奪う権利なんかありはしない。
「う、うるさい! お前ら金持ちは、俺達の気持ちなんか分からないんだ!」
「全然分からない訳じゃないよ。俺も田舎の村の小作人の息子だからね」
「だったら、何で助けてくれないんだ!」
「俺は王族でも領主様でもないから、全ての人を救うなんて出来ないよ。今の環境から抜け出すには、自分で正しい道を選んで進むしかない」
「そんなの、どうすりゃいいんだよ。分かんないよ……」
結局は、無知であることを利用されてしまっているのだろう。
貧乏だから学校に通う時間もない。
学校に通う時間が無いから、知識や教養が足りなくて良い仕事に就けない。
不平や不満ばかりが募って、それを悪知恵の働く奴らに利用されてしまう負の連鎖なのだろう。
「他人の物や権利を奪うのは犯罪だって分かってるよね? 罪を認めた上で、どうすれば良かったのか考えてごらん。この先、どうすれば良いのか分からなかったら、色んな人に聞いてみるといいよ。自分にとって都合の良い言葉をくれる人の話ばかりじゃなくて、耳の痛い話も聞いて、世の中を知ることから始めてみたらどうかな」
「世の中を知る……?」
「反貴族派が全て間違っている訳ではないかもしれないけど、少なくとも君らが関わった人達は、君らに犯罪をさせるという間違った選択をした。では、どうしたら良かったのか、世の中を知らなきゃ答えを出せないでしょ」
「そんなの今更知ったところで……」
「諦めたら終わりだよ。諦めずに進む人にしか、幸運は訪れないと俺は思ってる」
「まだ間に合うのかな?」
「王都の騎士団に行ったら、どうすればやり直せるか、本気で聞いてごらん。闇雲に敵視するだけでなく、相手の話に耳を傾けて、ちゃんと話をしてごらん」
「そうしたら、俺は助かるのかな?」
ウサギ人の男の視線が、敵意ではなく縋るようなものに変わった所で、別の所から鋭い声が飛んだ。
「やめろ、耳を貸すな! そんな王家の飼い猫の話なんか出鱈目だ!」
声を上げたのは、少し離れた場所にいた熊人の男だった。
厳しい取り調べを受けていたせいもあるだろうが、お世辞にも人相が良いとは言えない風貌をしている。
年齢は四十代の後半ぐらいだろうか、こいつが二人いると聞いた幹部クラスの片割れだろう。
「貴様、エルメール卿に失礼な事をぬかすな!」
「待って、待って、大丈夫ですから鞭は無しにして下さい」
「しかし……」
幹部らしい熊人の男を殴ろうとした騎士を制止して、そちらに足を向けた。
「本当のことを知られると困るんですか?」
「何を! うっ、何だこりゃ……動けねぇ」
向かって来ようとする熊人の男を空属性魔法のラバーリングで拘束した。
「あなた達が利用しやすいように、あなた達にとって都合の良い話ばかりを吹き込んで、王族や貴族に対する憎しみを煽ってきた」
「ふざけるな! お前らが貧乏人を虐げているのは事実だろう!」
「貧乏人が、なかなか貧乏から抜け出せないのは事実だけど、他人の物を奪って良い訳じゃないよね。アーティファクトは、俺達が知識と経験を使って、危険を冒して手に入れたものだ。あんたに横取りする権利なんて無いだろう」
「けっ! 俺達は貧乏人に食事を与えて養ってるんだぞ!」
「その食糧、どうやって手に入れたの? それも他人から奪ったんじゃないの? あんたがやらせている事は、ただの盗賊だよ」
「う、うるさい! 悪徳貴族や悪徳商人から奪って何が悪い!」
もっとズル賢い人間が幹部をやっているのかと思いきや、思っていたよりも短絡的な人間にみえる。
あるいは、厳しい取り調べによって余裕が無くなっているのかもしれない。
「その貴族や商人は本当に悪い人なの? なんで悪いと判断したの?」
「毎日の食事にも困るほど貧しい人がいるんだぞ。儲けてる奴らが奪われるのは当然だろう」
「儲けた人は、儲けた分だけ税金を払ってるよ。それに、儲けることが悪い事だと言うなら、誰も真面目に働かなくなっちゃうよ」
「う、うるさい!」
「あんたらは真面目に働く事をやめて、他人を騙して盗賊行為をさせて、その上で胡坐をかいてるだけじゃないか。この人達が真面目に働くようになったら、利用出来る人がいなくなって困るから、俺達の話を聞かせたくないだけだろう」
「うるさい、黙れ! 王家の飼い猫め!」
喚き散らす熊人の男に背中を向けて、こちらを注目している囚人たちを見回した。
「もっと世の中を知って、もっと賢くなって下さい。でないと、こんな連中に利用されるだけです」
「あんただって、王家に利用されてるんじゃないのか?」
「それは否定しません。だって王家に逆らったらマズいじゃないですか。でも、貧しい人から搾取するような行為に加担したことはありませんよ」
「だったら、あんたは貧しい人に手を貸してくれるのか?」
「そうですね。これまでは自分の事で精一杯でしたけど、少しずつ考えていこうと思います。だから、皆さんも考えて下さい。罪に問われるような方法ではなく、どうすれば今の状況から抜け出せるのか」
俺みたいな若造の言葉が響くかどうかは疑問だが、それでも熊人以外の囚人たちは耳を傾けていた。





