大公からの依頼
ギルドから戻ってきたライオスが、チャリオットへのリクエストを持ち帰ってきた。
「大公殿下からのリクエストだ。ニャンゴ、詳しい話を聞きに行くから、明日一緒に行ってくれ」
「何の依頼なのかなぁ……この前、タハリに調査に行った報告をした時には何も言われなかったんだけど……」
「さぁな、リクエストはニャンゴではなくチャリオット宛てになっているから、何かの護衛じゃないか?」
依頼の内容は分からないが、ダンジョンへの立ち入りが再開されないために、地下道の工事に出掛けているガドと兄貴を除いて、みんな少々暇を持て余している。
「体が鈍っちゃうわ……」
などと言って、シューレだけでなくレイラまで手合せしようなんて言ってきて、軽い気持ちでオッケーしたら酷い目に遭った。
シューレは足技が厄介だが、レイラは拳での打撃が半端ないのだ。
いわゆるヒットマンスタイルから変幻自在のフリッカージャブを繰り出して来るかと思えば、強烈な踏み込みからボディーブローを叩き込んで来る。
空属性魔法で作った防具を身につけていたから良いものの、何度バレーボールみたいに叩き飛ばされたことか……。
実戦では、ナックルブレードを着けて戦うのだから……うん、間違っても敵に回したくない。
「ニャンゴ、何か失礼なことを考えてない?」
「うにゃうにゃ、レイラが退屈してたから、良い暇つぶしになるんじゃないかと思っただけだよ」
「どうかしらねぇ……まぁ、気晴らしになりそうなのは確かね」
何の依頼か分からないけど、護衛依頼だとしたら襲ってくる奴らに同情しちゃうかも。
翌日、ライオスと共に屋敷を訪ねると、大公殿下本人が依頼の内容を説明に現れた。
「何度も足を運んでもらって申し訳ないな、エルメール卿」
「いいえ、今回はチャリオットへのリクエストだと伺っていますが……」
「あぁ、その通りだ。そちらがチャリオットのリーダーだな?」
「はい、お初にお目に掛かります。ライオスと申します」
「エルメール卿から話は聞いている。冷静で良いリーダーらしいな」
「そのご期待に応えられると良いのですが……」
一通り挨拶を終えた後で、大公アンブロージョがライオスへ切り出したのは、新王都への護衛依頼だった。
「どなたを護衛するのですか?」
「どなた……なんて上等な者たちではない、旧王都で捕らえた反貴族派の連中だ」
「反貴族派というと、学院を襲撃した連中ですか?」
「学院を襲撃した者の他に、そいつらを締め上げて聞きだした情報を基にして捕らえた連中もいる」
「もしかして、ダンジョンの崩落に関わった連中もいるのですか?」
「いいや、残念ながらダンジョン崩落に関わった者はいない。おそらくだが、崩落に巻き込まれて全滅したのだろう。ただ、それらしい人物の情報は入って来ている」
アンブロージョの話によれば、ダンジョンの崩落を引き起こしたのは、地竜を討伐して大金をせしめて、組織を抜けようと考えていた若手の一団らしい。
「反貴族派の若手だけで、ダンジョンの最下層まで潜ったんですか?」
「いいや、どうやら指導役を務めていた奴がいたらしい」
「冒険者崩れですか?」
「そのようだ……ラガート子爵領から流れてきた奴らしいぞ」
アンブロージョの一言を聞いて、思わずライオスと目線を交わした。
「テオドロ……は捕らえたから、ジントンか?」
「そう言えば、ジントンは反貴族派に送り込まれたって言ってたよね」
「野郎、ガウジョの所から抜けるための金がほしかったのか?」
ジントンとはイブーロにいた頃に因縁浅からぬ奴で、俺とボーデの二度目の決闘の審判を務め、不正を働いたことで評判を落とし、そこから転落の一途を辿ったようだ。
テオドロと共に、元貧民街の元締めガウジョの用心棒を務めていたらしく、貧民街が崩落した後、イブーロから抜け出して旧王都へと流れてきたようだ。
「ライオス、ジントンって竜種を倒せるほどの腕前だったの?」
「さぁな、あまり絡んだことが無いから分からないが、腕利きだったらお尋ね者なんかになってないだろう」
「それもそうだね」
ボーデとか、テオドロとか、ガウジョとか……手を組む相手を間違えたのか、それとも類は友を呼んだのか分からないが、ジントンが失敗したことだけは確かだろう。
俺との話を打ち切って、ライオスがアンブロージョに訊ねた。
「我々を護衛に雇うということは、襲撃が予想されているのでしょうが、相手は反貴族派の連中と考えてよろしいのですか?」
「そうだ。後から捕らえた奴を締め上げたら、捕まった連中の奪還を目論んでいるらしい」
反貴族派を捕らえた場合、まずは捕らえた領地の騎士団や官憲が尋問を行い、その後で新王都の王国騎士団へと連行される。
そこで再度尋問が行われ、罪状が確定したら処分が下されるそうだ。
そういえば、ラガート子爵が襲撃された時も、捕らえた連中は王国騎士団へ引渡したが、襲撃が予想されるのに、わざわざ護送する必要があるのだろうか。
率直な疑問を訊ねてみると、アンブロージョは二度、三度と頷いた後で理由を説明してくれた。
「新王都へ送る理由は三つある。一つは、情報を集約するためだ。反貴族派の連中がやっている事は、国の根幹を揺るがす行為だ。平和的に要望を口にするならまだしも、何の関係もない市民まで巻き込む襲撃は断じて許されない。だから王国が中心となって対処を行っていて、その為の情報を集約させるために捕らえた連中を新王都へ送るのだ」
王家に集約された情報は、各貴族へ通達されて反貴族派の取り締まりに役だてられているそうだ。
「もう一つは、罪状と処罰を統一するためだ。同じ罪状でも、ある領地では死罪、別の領地では無罪では、特定の貴族が恨みを買う恐れが出てくる。それを防ぐために、処罰は王家が下すのだ」
あれっ、カバジェロの処罰はラガート子爵が決めちゃったけど、
大丈夫なのだろうか。
うん、余計な事は言わないでおこう。
「そして最後の一つは、徹底した尋問を行うためだ。我々送り出す側は、生かして届けなければならないから一定の手心を加えるが、王国騎士団の尋問は容赦ないぞ」
つまり、途中で命を落としても構わないという状況で尋問が行われるそうだ。
死ぬ覚悟はとっくにできている……なんてうそぶいていた連中でも、王国騎士団の尋問を受けると、全部喋るから一思いに殺してくれと懇願するようになるらしい。
一体どんな尋問が行われる……いや拷問と言った方が正しいのだろうか。
まさか、オラシオも尋問の訓練とかやらされたりするんだろうか。
たぶん、専門の担当者がいるんだろうし、オラシオは全く向いていない気がする。
「大公殿下、護送する理由は理解しましたが、なぜ我々なんですか?」
「もちろん、我が家の騎士も護衛に当たらせるが、今回は捕らえた人数が多いので、護衛も相応の人数が必要だが、学院や地下道の工事現場の警備も行わなければならず、少々戦力的に手薄になっている。そこで冒険者の経験と知識で手助けしてもらいたい」
旧王都での取り締まりが強化されたため、反貴族派の人数は大きく減少しているようだが、襲撃が行われないという保証は無い。
学院や地下道の工事現場の警備に人数を割き、旧王都内部での取り締まりを強化していると護衛の人数が不足するようだ。
「それに、反貴族派の連中は、エルメール卿を黒い悪魔などと呼んで恐れているそうだ。襲撃してくれば探す手間が省けるが、戦闘となれば双方に死傷者が出るだろう。無駄な死傷者を増やさないために、エルメール卿の名前を利用させてもらいたい」
つまり、黒い悪魔が護衛していると宣伝して、襲撃を未然に防ごうと考えているようだ。
俺としても、名前を貸すだけで襲撃を防げて、しかも依頼料が貰えるなら、いくらでも使って貰って構わない。
この後、出発時刻など細かい点について打ち合わせを行い、正式にリクエストを受注した。





