作戦会議
騎士団への報告を終えた後、ライオスに明日の打ち合わせに誘われた。
ライオス達のパーティー、チャリオットは小型ながら自前の馬車を所有している。
イブーロでは、オークなどの魔物の討伐の依頼を受ける事が多く、獲物を持ち帰るのに必要らしい。
幌馬車の中には、武器や装備、野営に必要な物を納めた木箱が載せられていて、普段は椅子やテーブルの代わりにつかっているそうだ。
チャリオットの馬車の周囲には、ジルのパーティー、ボードメンのメンバーと、一緒に組んでいるレイジングというパーティーのメンバー、それにカートランドの姿もあった。
ブロンズウルフの討伐は、チャリオットだけでは手に余るので、共同戦線を張ることにしたらしい。
車座になった面々のどこに加われば良いかと迷っていると、セルージョに手招きされた。
「後方からの支援役はこっちだ」
セルージョの隣にはカートランドが座っている。
ブロンズウルフに襲われた時には、狼狽してしまって一射も出来なかったが、弓を使うようだ。
俺が車座に加わったのを確認してから、ジルが話を切り出した。
「明日からは、ライオス達にも加わってもらってブロンズウルフを追う。これまでの動きからして、奴は村の西に回り込む可能性が高くなった。ニャンゴだったよな、西の山はどんな感じだ?」
「村の周囲に生えている樹木は、基本的に同じような種類ですが、西の山では炭焼きがおこなわれているので、他の場所に較べると山が整備されていて見通しが利きます。それと比較的に斜面は緩やかな場所が多いです」
「そうか、他の場所に較べると戦いやすそうだな」
「はい、それとこの時期は西から風が吹く日が多いので、麓から登っていく時は風下になると思います」
「そいつは好都合だな」
ジルは、俺の答えに満足した様子だ。
「ライオス、どういう手順で進める?」
「明日もニャンゴに案内役を頼んで、西の山を捜索するが、見ての通り山は広い。そこでチームを三つに分けて、互いを確認出来る距離まで広がって麓から登って行こうと思う」
チーム分けは、中央にチャリオットの三人と俺、右側にカートランドを加えたボードメン、左をレイジングが進む事になった。
「作戦の要はガド達盾役だ。とにかく最初の突進を止めてくれ」
「言われるまでもない、任せておけ」
ガドが分厚い胸板を叩いてみせると、ボードメンやレイジングの盾役も同じく胸板を叩いて拳を握った。
あのブロンズウルフの一撃を止めてみせるのだから、ガドの膂力は凄まじいのだろうと思っていたらセルージョが理由を教えてくれた。
「ガド達盾役は土属性の持ち主で、力の強い者達の集まりだ。土属性の魔法を使って大地に根を張って、敵の攻撃を食い止めるのさ」
土属性魔法を使っているから、足場が不安定な場所でも踏ん張りが利き、結果として強力な一撃を防げるという訳だ。
だが、いくら踏ん張りが利いても力が弱くては話にならない。
俺みたいな猫人では、固めた足ごと刈り取られてしまうだろう。
空属性魔法で作ったシールドを鼻面の前に展開して突進は止められたけど、あの爪の一撃まで防げたかは疑問だ。
「ガドの使っている盾は特別製でな、単純に硬いだけでなく撓るんだとさ。俺らが殴ったり蹴ったりした程度じゃ分からないが、ブロンズウルフクラスの攻撃を受けると、確かに撓る様子が分かるって話だぜ。まぁ、俺らじゃ受けることすら無理だがな」
「なるほど……撓るか」
セルージョの一言で忘れていた事を思い出した。
単純に硬いだけでは壊れてしまうが、弾性を高めれば壊れにくくなる。
硬い盾の表面に、分厚いゴムみたいな素材を配置すれば、壊れない盾が作れるような気もする。
例え壊れてしまったとしても、威力は大幅に減らせるはずだ。
盾役への指示を終えたライオスは、攻撃陣へと向き直った。
「攻撃陣は、隙を見てブロンズウルフの背後を狙う。知ってるとは思うが、ブロンズウルフの毛は硬く、毛並みに沿って攻撃を加えようとしても殆ど通らない。効率的に攻撃を加えるには、毛並みに逆らって刃先を潜りこませるしかない」
斜め後方や下側から刺突を食らわせれば、甲羅と違って毛の下の皮膚までは硬くないらしい。
ただし、ブロンズウルフも自分の弱点は分かっているので、後方や下側に入り込むのが難しい。
「それと、いくら硬い毛並みを持っていても、火までは防げない。火属性の攻撃魔法は有効だ。ただし、炎弾などの攻撃では山火事を引き起こす危険性がある。攻撃する側も十分に気を配ってくれ」
もったいぶった説明をしているけど、作戦を要約すると、見つけて、取り囲んで、タコ殴りにするという単純なものだ。
もう少し計画性があっても良さそうに感じる。
「作戦は以上だが、何か質問はあるか?」
思い切って手を上げて聞いてみた。
「あの……オークとかの魔物を仕留めて、餌にして誘き寄せるというのは駄目ですかね?」
「あぁ、その方法が使えれば楽なんだが、基本的にブロンズウルフは生きている獲物しか食わない。生きた餌なら可能性はあるが、生きた餌ならここにもたくさんいるだろう?」
「あっ……なるほど」
ブロンズウルフの探索は、探すと同時に己を餌としてブロンズウルフを誘き寄せる意図もあるらしい。
てか、そんな危険があるならば、案内役の報酬はもっと吹っ掛けておけば良かった。
「ニャンゴ、明日も今日と同じぐらいの時間に出発する予定だから、そのつもりでいてくれ」
「分かりました。集合場所は、ここで良いのですね?」
「あぁ、そうだ。他に質問がある奴はいないか? いなけりゃ、俺達も飯にしよう。あっ、しまった……」
「どうした、ライオス」
額に手を当てたライオスに、心配そうにジルが訊ねた。
「ニャンゴを案内役に駆り出してしまったから、今日はモリネズミの塩焼きは無しか……」
車座からどっと笑い声が上がった。
俺が昨日までモリネズミと魚を焼いて売っていたのを、何人かの者は知っていたらしい。
「探索の合い間に、鳥でも仕留めておくんだったな……」
セルージョの腕前ならば、飛んでいる鳥を射落とすことも容易いのだろう。
家に戻って食事にしようと思っていたら、ここで食っていけと誘われた。
3パーティー合同の夕食は、二つの大きな鍋で作るゴッタ煮のようなものだ。
片方は塩味で、もう片方はトマト味で、持ち寄った素材はどちらの方が美味いかで振り分けて作るようだ。
例えば、干し肉は塩鍋、サラミに似たドライソーセージはトマト鍋といった感じだ。
これに硬い黒パンと酒が、冒険者の夕食らしい。
俺は、トマト味の鍋と分厚く切った黒パンをもらった。
「うみゃ、熱っ、でもうみゃ!」
「パンは硬ぇから、スープに浸けて食え」
「なるほど……熱っ、でもうみゃ!」
トマトの酸味とドライソーセージから出る脂の甘みがマッチして、鍋は思っていた以上に美味だった。
「ほれ、これも食え、こっちも食っていいぞ」
「ありがとうございます」
鍋の熱さと格闘していると、セルージョがチーズの塊や炙った芋も持って来てくれる。
「なんだ、もう腹がいっぱいになったか?」
「いえ……なんで俺に、こんなにサービスしてくれるんですか?」
「決まってるだろう。ニャンゴ、お前に見所があるからだ。まだまだ経験不足だが、お前は腕の良い冒険者になるだけの素質があるぜ」
「そう、でしょうか……?」
「あぁ、間違いねぇ。ブロンズウルフの股ぐらを火炙りにしたのを見て俺は確信したぜ」
「あれは、咄嗟に一番弱そうな場所を探して偶然……」
「偶然だろうと、あの状況で弱点を探し、的確に攻めてみせた。あのブロンズウルフが悲鳴を上げて逃げ出したんだぜ、自信持っていいぞ」
セルージョの言葉を耳にして、周りに座っている冒険者達の視線が集まってきた。
「セルージョさん、そのニャンコは、そんなに使えるんすか?」
「ニャンコじゃねぇ、ニャンゴだ。おっとテオドロ、レイジングに引き入れようってのは駄目だぜ。明日以降の活躍次第だが、スカウトするのはチャリオットの方が先だ」
「へぇ、それほどですか……」
セルージョに話し掛けてきたテオドロは、ヒョウ獣人の冒険者で、レイジングのリーダーを務めているそうだ。
「うちは火力が不足してるから、活きの良い若い奴はいくらでも欲しいんですよ。それに、どこに入るか選ぶのは、本人次第ですからね。ニャンゴ、イブーロで冒険者として活動するなら、レイジングへの加入を考えておいてくれ」
「テオドロ、新人のスカウトもいいけど、自分のところの若い連中もシッカリ面倒見ておけよ」
「勿論ですよ。うちは、まだまだ大きくなっていきますよ」
テオドロがジルに呼ばれて席を外すと、セルージョは小さく舌打ちしてみせた。
「冒険者は、多かれ少なかれ野心家だが……ニャンゴ、イブーロで冒険者として活動するなら、テオドロ達には気を付けろ」
「どうしてですか?」
「奴らのやり方は、ちょっと強引だから敵も多い。ジルの奴は面倒見が良いから、テオドロ達にも気を配ってやってるみたいだが……」
セルージョは、テオドロを目で追いながら眉間に皺を寄せている。
明日からの共同作戦が上手くいくのか、少々心配になってきた。





