商売上手
村に戻った俺とゼオルさんは、守りを固めている騎士団に冒険者が襲われた状況を報告したが、騎士団は救援には向かわないそうだ。
あくまでも冒険者の活動は自己責任であり、騎士団の仕事は村の暮らしを守ることだからだ。
アツーカ村は小さな村だが、それでも村全体を守るとなれば、相当な人員が必要となる。
現在、砦から救援に来ている騎士と兵士を合わせた人数は百名で、守りながら攻撃するだけの余裕は無いらしい。
騎士団から救援は出されなかったが、偵察は出されている。
守る側としても、ブロンズウルフの居場所は掴んでおきたいので、偵察に特化した兵士が山に分け入っているらしい。
「偵察ですか?」
「あぁ、冒険者でいうならばシーカーの役割を果たす者だ。シーカーには、お前と同じ猫人の者も少なくないぞ」
「でも、イブーロのギルドでは見掛けませんでしたけど……」
「イブーロの依頼の殆どは、牧場や農場周辺の魔物の討伐だ。こうした場所ではシーカーの出番は多くない。シーカーが活躍するのは、主にダンジョンだからな」
俺達が暮すシュレンドル王国には、王都と呼ばれる街が二つある。
一つはオラシオが騎士の訓練を受けるために向かった現在の王都。
もう一つは、大規模なダンジョンの近くにある旧王都だ。
ダンジョンは、レアアイテムが発見される地下迷宮で、一説によると滅んだ先史文明の都市の跡だとも言われている。
レアなマジックアイテムが発見されるのと同時に、強力な魔物が巣食っていて、探索には危険が伴う。
ゼオルさんの話では、そうしたダンジョン探索でこそ真価が発揮され、多くのシーカーは旧王都を活動の拠点としているらしい。
「以前は王族も旧王都に暮していたそうだが、ダンジョンから魔物が溢れ出して、王族にまで犠牲が出たそうだ。冒険者が多く集まり、街の治安も悪化していたから王族は今の王都へと引越し、旧王都は王家の傍系にあたる大公が治めているが、治安はあんまり良く無いな……」
ゼオルさんは、現役の冒険者だった頃に旧王都でも活動していたらしいが、その口振りや表情から察するに、かなりバイオレンスな街みたいだ。
ただ、シーカーという職種には興味がある。
「うーん……シーカーに関しては、罠や仕掛け、待ち伏せなどを察知する独特の感性を必要とするから、俺に教えられることは余り無いぞ」
「でも、ゼオルさんは、痕跡を辿ってオークを討伐してたんですよね?」
「そいつは狩りの延長みたいなもんで、シーカーの役割とは少し違うな」
なんだか良く分からないのだが、偵察とシーカーは似て非なるもののようだ。
「ブロンズウルフの居場所が分かれば、守るのも攻めるのも楽になりますよね?」
「お前、山に入るつもりか?」
「役に立ちたいって思ってるんですが……」
「駄目だ。さっき冒険者が襲われた様子を見ていたよな。あれだけの巨体なのに、怖ろしく速い。木の幹を足場にすれば、相当な高さまで飛び上がって来るぞ」
確かにゼオルさんの言う通りで、10メートルぐらいの高さに居ても、バクっと食われそうな気がする。
それ以上の高さにいれば安全かもしれないが、それでは木が邪魔になってブロンズウルフの姿を見つけられそうもない。
「一人で山に入るのは許可出来ん。どうしても山に入りたいならば、信用出来そうな冒険者を探して一緒に入るか、騎士団の偵察に同行するかのどちらかだ」
ゼオルさんの言う方法なら俺でも役に立つだろうが、問題は冒険者や騎士が同行を認めてくれるかだ。
見るからに頼りない猫人の子供など、彼らからしてみれば足手纏いにしか見えないだろう。
「イブーロのギルドや酒場の熱気を味わえば、俺も……という気持ちになるのも分かるが、ハッキリ言うぞ、今のお前では力不足だ。一人では山に入るな、いいな」
「はい……分かりました。ブロンズウルフが討伐されるまでは、村の中で大人しくしてます」
俺とゼオルさんの宣伝が功を奏して、村には多くの冒険者がやって来たが、全員を受け入れるほどの宿は村には無い。
冒険者達は、村長の屋敷の隣にある広場で天幕生活となる。
広場の脇には、井戸と少し離れてトイレと馬屋、それと薪が用意されてある。
村とすれば、騎士団が駐留する近くに冒険者を集めることで、住民とのトラブルを未然に防ごうという思惑なのだろう。
裕福な冒険者パーティーの中には、自前の幌馬車で乗り付けて、そこを拠点とする物もいる。
村には行商人もやって来て、冒険者が天幕生活する脇で、スープやパン、酒などの食品や、薬品、装備、武器などを馬車を店として商売を始めた。
行商人は、冒険者だけでなく村人相手にも、服や生地、糸、針、鍋、包丁、調味料など
生活雑貨の販売を行い始めた。
ブロンズウルフという危険な魔物が出没しているのに、ある種のイベントのような空気が漂っている。
それだけ、アツーカ村には娯楽が少ないという証拠でもある。
イブーロの街から戻って来た時は、偵察役として活躍しようかと思っていたが、冒険者や行商人の様子を見て方針を変更した。
村長に許可をもらって、捕まえたモリネズミを塩焼きにして、冒険者達に販売することにした。
村の北側と西側で、朝から午後までモリネズミを捕まえ、午後から川原で捌いて下拵えをして、夕方から冒険者が野営する広場の端で焼きながら販売した。
石を積んで、串に刺したモリネズミを渡し、空属性で作った火の魔道具で炙る。
オフロードバイクに使っている風の魔道具と同様に、火の魔道具の練習も重ねているので、調理に使う火には困らない。
広場の風上で焼き始めると、匂いに釣られて冒険者が声を掛けてきた。
「坊主、良い匂いをさせてんじゃねぇか。そいつは売り物か?」
「はい、獲れたてのモリネズミの塩焼き、一匹小銀貨一枚です」
「そいつは美味いのか?」
「モリネズミは木の実や穀物を餌にするんで、クセが無くて美味いっすよ」
「よし、一匹くれ」
「まいどあり!」
捌いて塩焼きにしただけで、普段の五倍の値段で飛ぶように売れた。
心臓、腎臓、肝臓も、血抜きをして、串に刺して塩焼きにして売った。
用意した二十匹は、焼きあがるそばから売れていき、すぐに完売。
翌日は、川原で下拵えをしながら、魚を獲って、それも塩焼きにして販売した。
一日の売り上げは大銀貨三枚を超え、これは、稼ぎが少ない時の三十倍ぐらいの儲けだ。
村人の中からは、俺の商売を真似て田楽にした芋を売ったり、トウモロコシの粉で作った蒸しパンなどを売る者が現れた。
まぁ、儲かるならば良いけれど、その売ってる芋とかトウモロコシの粉とかは、冬を越すための備えじゃないだろうね。
ブロンズウルフは討伐されました、でも餓死者が出ましたとかじゃ洒落にならないからな。
商売を始めて三日目、開店の準備をしていると、取巻きを連れたミゲルがこちらを睨んでいた。
距離があるので、何を言ってるのか分からないが、俺にちょっかい出しに来ようとして取巻き達に止められているようだ。
ミゲルがイブーロの学校で寄宿舎生活を続けている間に、俺はオークの討伐に参加したり、鹿やイノシシを一人で仕留めて村まで持って帰ってくるようになっている。
村に残った取巻き連中は、そうした俺の話を聞いたり見たりしているが、ミゲルの元には届いていなかったのだろう。
というか、秋休みも残り一週間を切っているはずだから、オリビエと仲良くなる方法でも考えていろよ。
ミゲルが取り巻き達の制止を振り切って、こちらに向かって歩き出そうとした時、急に広場が騒がしくなった。
「出たぞ! 東の山らしい」
「東? 南って言ってなかったか?」
「移動したんだろう、ゴブリンのコロニーを襲ってたらしい」
広場にいた人達は少しでも情報を得ようと、話を持ってきた人の周りに集まっていく。
ミゲル達もそちらに行ってしまったので、面倒な騒ぎにならずに済みそうだ。
ブロンズウルフの話にも興味はあるけど、今はモリネズミの焼き加減の方が俺には重要だ。
空属性魔法で作った火の魔道具を調節しつつ、モリネズミを引っくり返していたら声を掛けられた。
「君は、ブロンズウルフには興味は無いのかい?」
「あなたは……ライオスさん」
「ほう、俺の名前を覚えていたか」
石を組んだ竈の前に立っていたのは、イブーロのギルドで馬人の冒険者に絡まれた時に助けてくれた蜥蜴人の冒険者だ。
あの時、周りの野次馬がBランクだと言っていた。
「あの時は、助けていただいてありがとうございました」
「いやいや、君には助けはいらなかったと思うよ。君は、討伐には参加しないのかい?」
「そうですねぇ……正直に言うと、ブロンズウルフを見て少しビビっちゃってます」
「ほぅ、君はブロンズウルフを見たのかい?」
「えぇ、最初に発見して知らせて、二度目はイブーロからの帰り道で冒険者が襲われるのを見ました」
「なんと、二度も目撃しているのか……少し話を聞かせてもらっても良いかい?」
「商売をしながらでも良ければ……モリネズミは小銀貨一枚、魚は銅貨五枚です」
「なるほど……君はなかなかの商売上手のようだね」
ライオスさんは、ニヤリと笑みを浮かべた後で、モリネズミを三匹も買ってくれた。





