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「ニャンゴ、お前、馬に乗ったことが無いのか……」
予定よりも早く騎士団の応援が到着したので、急きょゼオルさんと一緒にイブーロへ向かうことになったのだが、馬車ではなく馬で向かうと言われた。
今回は、村長やミゲルの送迎ではないので、馬車で行く必要が無いのだが、俺は乗馬の経験が無い。
その上、こちらの世界の馬は、前世のサラブレッドよりも大きく、頑丈な肉体を持っている。
身体のゴツいゼオルさんが跨れば絵になるが、俺が一人で跨ると鞍の装飾品みたいになってしまう。
「しょうがねぇ、一緒に乗れ。馬も一頭で済むし、ペースを合わせる手間も省けていいだろう」
結局、ゼオルさんの前に同乗させてもらうことになった。
ぶっちゃけ、バイクの方が速いけど、まだゼオルさんにはお披露目していないのだ。
ゼオルさんは、長柄の槍を背負い、軽快なペースで馬を走らせていく。
どうやらキダイで馬を替えて、今日のうちにイブーロまで行くつもりのようだ。
「ニャンゴ、お前、顔の前に覆いみたいなものをしてるだろう。俺の前にも作れ」
馬車の時とは移動速度が違うので、時々虫とか砂埃が飛んで来るのを空属性魔法で作ったヘルメットで防いでいたのがバレたようだ。
ゼオルさんの頭に合わせてヘルメットを作るのは難しいので、二人の前を覆うようにシールドを作る。
風の抵抗が大きくなって馬に負担が掛からないように、シールドは流線形にしておいた。
「ほう、こいつはいいな。これなら欠伸しても虫を食っちまう心配は要らないな」
ゼオルさんは、息遣いを見ながらペースを緩めたり、下り坂では少し速めたりしながら、キダイ村までノンストップで馬を走らせた。
村長の屋敷へと入ると、顔見知りの使用人が駆け寄ってきた。
ゼオルさんが先に降りたので、俺もステップを使って馬から降りる。
「これはこれはゼオルさん、随分とお急ぎの様子ですが、どうかなされましたか?」
「今日中にイブーロまで行きたいから替え馬を頼む。それと、アツーカ村の南東の山にブロンズウルフが現われた」
「なんですって! ブロンズウルフ……本当ですか?」
「もうアツーカ村には騎士団の応援が到着したし、ここにも今日中に応援が来るように手配してある。村長にも伝えてくれ」
「ありがとうございます。おいっ、ゼオルさんに替え馬を用意しろ。私は村長のところへ知らせてくる」
ゼオルさんは、替え馬の用意が出来ると、キダイ村の村長を待たずにイブーロに向けて出発した。
ゼオルさんにしては、少し焦っているように感じられる。
「イブーロまで急いで行っても、急には冒険者は集まらないんじゃないですか?」
「人数を決めて、特定の冒険者だけを雇う普通の依頼を出すならば、こんなに急ぐ必要はないが、今回はブロンズウルフの討伐だ。特定の人間を雇うのではなく、仕留めた者に報酬を出す。個人で仕留めれば、そいつが総取り。パーティーで仕留めたら、そのパーティーに報酬を支払う。二つのパーティなら、その二つのパーティーで山分けだ。人数は限定せず、稼ぎたい奴、名を上げたい奴を、出来るだけ早く集めるんだ」
オークやゴブリンなどの通常の討伐依頼の場合、受注する冒険者をギルドの受付で決めるのは、冒険者同士がかち合って、トラブルになるのを防ぐためだが、ブロンズウルフのような強力な魔物の場合には、討伐を優先するために冒険者を限定しないそうだ。
「つまり、早い者勝ちだから、早く依頼を出した方が良いってことですか」
「その通りだが、今日の夕方までにブロンズウルフの話を流せば、酒場で話のネタになって、噂が早く広まる」
「なるほど、酔った勢いで、一丁参加してみるか……みたいな感じですか?」
「まぁ、そうだ。その手の連中は、あんま当てにはならないが、囮ぐらいにはなってくれるだろう」
「うわぁ、酷いですねぇ……」
「がははは、冒険者は己の才覚でやる仕事だ。依頼の最中に命を落としたところで、そいつは依頼者の責任じゃなく、身の程を弁えずに飛びついた本人の責任だ」
「つまり、依頼の内容は良く吟味してから受けろってことですね」
「そういう事だ」
この日は、薄曇りで秋の深まりを感じさせる気温だったこともあり、空が夕日に染まり始める頃にはイブーロのギルドに辿り着けた。
ゼオルさんは、馬に水を飲ませた後で馬丁に預け、ギルドに踏み込むと同時に声を張り上げた。
「アツーカ近くの山にブロンズウルフが出た! 依頼を出すぞ! 討伐報酬は大金貨一枚だ。稼ぎたい奴、名を上げたい奴、早い者勝ちだぞ!」
そのままゼオルさんがカウンターへと歩み寄ると、受付の鹿人のお姉さんは苦笑いで出迎えた。
「すまんな。相手が相手だけに、うちの村としても必死なんだよ」
「依頼を承ります。アツーカ村からの依頼でよろしいのですね」
「そうだ、依頼主はアツーカ村の村長、討伐確認で大金貨一枚を報酬として払う」
「ギルドの手数料として、大銀貨五枚をいただきますがよろしいですか」
「結構だ。なるべく早く、一番目立つ場所に依頼書を貼ってくれ」
「かしこまりました」
どうやら依頼を出す時のギルドへの手数料は、成功報酬の5%のようです。
成功報酬の高いブロンズウルフの討伐依頼は、ギルドにとっては美味しい仕事なので、受付のお姉さんは苦笑いしつつも文句を言えなかったのだ。
ゼオルさんは、依頼書が掲示板に張り出されるのを確かめてからギルドを出て、馬を引き取って宿に向かった。
宿は村長たちと来る時に利用している、『オークの足跡亭』という変わった名前だが部屋は綺麗で食事も美味しい良い宿屋だ。
「女将、二人部屋は空いてるか?」
「いらっしゃい、ゼオルさん。ええ、空いてますよ。ニャンゴ君も、いらっしゃい」
「お世話になります」
「二階の奥、いつものお部屋にどうぞ。夕食はどうされます?」
「夕食は外に出るが、明日の朝食は頼む」
「分かりました。ごゆっくりどうぞ」
部屋に荷物を置いて、馬の手入れを済ませたら、水浴びで汗を流してから着替えて、夕食を食べに街に出る。
ゼオルさんが向かったのは、この前も訪れた串焼き屋だった。
美味いし、価格も手頃なので、この日も多くの客で賑わっている。
席について料理と飲み物を頼み終えると、ゼオルさんはいつもよりも声を張って話し始めた。
「ニャンゴ、ギルドに依頼は出したが、ブロンズウルフの討伐はこれからだ、気を抜くなよ」
「勿論、分かってますよ。討伐の報酬が大金貨一枚の魔物が、そう簡単に討伐されるはずがありませんよね」
「そうだ、簡単に倒せる相手じゃないからこそ、倒せば金も名誉も手に入るって訳だ」
「でも、ギルドに依頼が貼られたから、アツーカに冒険者が押し掛けるんじゃないですか?」
「そりゃそうだろう。ブロンズウルフともなれば、討伐に参加しただけでも箔が付く。傷を負わせただけでも一目置かれるようになるぜ。それに、アツーカは小さい村だからな、冒険者が大挙して押し掛ければ色んな物が足りなくなる。行商人にとっては、またと無い稼ぎ時になるだろうぜ」
俺とゼオルさんが話し始めると、潮が引くように喧騒が収まり、店にいる全員の視線がこちらへと向けられた。
「なぁ、あんたら、今の話をもう少し詳しく聞かせてくれねぇか?」
ゼオルさんがエールを口にしたところ見計らって、隣のテーブルにすわっていた冒険者らしき牛人が話し掛けて来た。この展開がゼオルさんの狙いだ。
娯楽の乏しいこちらの世界では、ちょっとした事件の話でも店中で盛り上がったりするそうだ。
ましてや高額の報酬が懸かったブロンズウルフの話ともなれば、自分が討伐に参加しなくとも、詳しい情報を知りたいと思うのが、人間のサガと言うものだ。
そして、情報を手に入れた者は、誰かに話したいと思うのもまた人間のサガだ。
今夜のうちに人から人へと話が伝わっていけば、明日にはアツーカ村を目指す冒険者も出てくるかもしれない。
今日のうちに行商人が、荷造りを始めるかもしれない。
実際の効果のほどは分からないが、宣伝の手段としては悪くない気がする。
「ブロンズウルフが現れたのは、いつの話だ?」
「まだ、昨日現れたばかりだ」
「村に被害は出たのか?」
「まだだ、村の南東の山でゴブリンを襲っているのを、こいつが見つけて知らせて来た」
「おいおい、猫人でも逃げ切れる程度なのか?」
「こいつは、こう見えても身体強化が使える。逃げ足だけなら、この店にいる誰より速ぇぇぞ」
ゼオルさんは、店のあちこちから飛んで来る質問に、一つずつ丁寧に答えていく。
俺もブロンズウルフを目撃した時の状況を話したが、空属性魔法については何も明かさなかった。
それと、俺もゼオルさんも、既に騎士団の応援が到着している事も話さない。
別に嘘をついたわけじゃなく、聞かれなかったから話さなかっただけだ。
この後、俺とゼオルさんは少し離れた酒場に場所を替え、同じようにブロンズウルフの討伐依頼の件を宣伝しておいた。





