地上への帰還
ダンジョンのベースで休息した後、地上へ戻る事にした。
「ライオス、縦穴の状態を見ておきたいんだけど」
「例の昇降機か?」
「それもあるけど、使われていない縦穴の状態が見たいんだ」
「使われていない縦穴をどうするんだ?」
「うちが上り下りするのに使えないかと思ってね」
「ほぅ、また何か考えてるんだな。いいだろう、行ってみよう」
ベースの休息スペースは、縦穴や階段スペースに隣接しているが、そこに出るには三つの扉を出なければならない。
一枚目の扉は休息スペースから廊下へ出る鉄の扉で、二枚目の扉は廊下の先にある鉄の扉、この二枚の扉の掛け金は中から操作出来るようになっている。
廊下の壁の裏には人が入れるスペースがあり、細い狭間から槍などで攻撃出来るようになっている。
二枚目の扉を開けると更に廊下が続いていて、その先には鉄格子の扉が設置されていた。
ここの掛け金は外から手を入れれば操作できるが、上げてずらしてを二回やらないと外れない。
つまり知性ある者でなければ外せないという訳だが、この鉄格子の扉は通常は開け放たれた状態になっている。
理由は、縦穴の昇降機を管理している者達が、非常時に逃げ込むためだそうだ。
縦穴や階段スペースには、ニガリヨモギなどを使った魔物除けが撒かれているそうだが、それでもどこからか入り込む場合があるらしい。
小物なら撃退、手に負えないと判断したらベースに逃げ込むそうだ。
縦穴の根元、元はエレベーターホールだったと思われる場所には、防具に身を固めた男が三人ほど待機していた。
「あんたら、上まで乗るのかい?」
「いいや、初めて下まで来たんで、ちょっと見物させてくれ」
「ほぅ、この時期に初めて潜ったのか物好きだな」
「みんなから言われてるよ」
ライオスやセルージョが、昇降機を管理している男達と話している間に縦穴を調べさせてもらった。
縦穴の底はホールよりも一メートルぐらい掘り下げられていて、緩衝装置などの土台らしき痕跡が残っていた。
エレベーターの籠やレール、ワイヤー、重りなどが残されていないか空属性魔法で明かりの魔法陣を作って眺めてみたが、どうやら持ち去られているらしい。
ただ空っぽの空洞が続いていて、その先に茜色に染まった四角い空が見えた。
ライオス達の所に戻り、昇降機の管理人に質問してみた。
「すみません、ここでは、どんな物が見つかっているんですか?」
「ここって、縦穴のことか?」
「はい、扉とか色々あったんじゃないですか?」
「あぁ、俺はあんまり詳しくないが、確かに鉄の扉や開閉する部品、鋼線を縒ったロープなんかがあったらしいな。みんな冒険者が剥ぎ取って、持ち帰って、金にして、酒にして飲んじまったらしいぞ」
「なるほど……」
どうやら、少しでも金になると思われる物は、冒険者が剥ぎ取って持ち去ったらしい。
これでは、エレベーターが魔力で動いていたのか、それとも電気で動いていたのかも分からない。
「それでニャンゴ、どうやって上に行く」
「うん、こっちから上がろう」
自前の昇降機で地上まで戻ると言ったら、管理人の男たちは何事かと見にきた。
「そこに床が作ってあるから、乗ってから中央に集まって」
元々あったエレベーターは大型なものだったらしく、チャリオットの八人が入っても縦穴の壁までは随分と余裕がある。
「おいおい、浮いてるぞ」
「どうなってんだ……」
空属性魔法で作った床の上にチャリオットの八人が乗ると、管理人の男達は目を見開いて驚いていた。
「一応、転落防止の柵は付けてあるけど、落ちないでね」
全員が乗ったところで、床を操作して地上へと向かう。
魔力回復の魔法陣も使っているが、ダンジョン内部の魔素が濃いせいか、八人乗せての移動でも全く不安はなかった。
「おぉ、これは楽ちんだな。あの階段をまた登るのかと思ってウンザリしてたからな」
「相変わらずニャンゴは超超超有能……」
途中階から魔物が飛び出して来ないように、ホール側の壁は空属性魔法で作った壁で塞いである。
高速エレベーターとはいかないので、五分ぐらいの時間を掛けて地上階まで戻った。
最上階の転落防止の鎖を潜って下りると、昇降機の地上側の管理人が突然縦穴から出て来た俺達に驚いていた。
「な、何で……どこから上がってきたんだ?」
「一番下から、うちのメンバーの魔法で上がってきた。これから何度も上がって来ると思うから、よろしく頼む」
「お、おぅ……」
ダンジョンの外に出ると、夕暮れ時だった。
早朝に潜り始めてから、二日半ぐらいが経過している。
「よし、セルージョとレイラはレッサードラゴンの皮と魔石をギルドで査定、売却してきてくれ」
「おぅ、任せてくれ」
「私はセルージョのお目付け役ね」
「他の者は、ロッカーに備品を預けたら、一旦拠点に戻ろう。ギルドへの報告は明日にする」
ダンジョンが海上都市であったと報告すれば、詳しい聞き取りには時間が掛かるはずだ。
それなら夕方のこの時間からではなく、翌日の朝からの方が良いだろう。
「ニャンゴ……」
「なんだい、兄貴」
「俺達の布団は無事かな?」
「ちゃんとブルゴスさんに頼んでおいたから心配ないさ」
「そうか、じゃあ早く受け取って帰ろう」
ダンジョンに潜っている間は自分でも気付かないうちに気を張っていたらしく、地上に戻ったと実感したら、どっと疲れが襲ってきた。
休憩している間には、誰かが交代で見張りを務めてくれていたし、それはこれまでの討伐や護衛の依頼の時と同じだ。
ただし、これまでとは異なっているのは、ダンジョンが閉鎖された空間で逃げ場が限定されている事だろう。
大量の魔物を相手に、逃げ場の無い場所に追い詰められたら、相手を殺し尽くすか、こちらの体力や魔力が切れるかの耐久勝負となってしまう。
加えて、もし明かりを失えば、こちらの不利は更に増大する。
ダンジョンに潜ることは、俺が予想していた以上に精神的なストレスとなるようだ。
拠点に戻ったら、手の空いている者から水浴びして汗と埃を流した。
最初はレディーファーストで、シューレとミリアム。
水浴びを終えた二人を俺が乾かしている間に、兄貴とガドが水浴びする。
兄貴を乾かしている間に、戻ってきたセルージョが水浴びを済ませ、続いて俺とレイラが水浴びした。
俺は一人で入りたかったのだが、買い取りを終わらせてきたのだからと丸洗いさせられた。
俺が自分を乾かしている間にライオスが水浴びを済ませ、全員で揃って近くの食堂へ夕食を食べに行く。
夕食から拠点に戻ると、兄貴とミリアムは寝落ちした。
初めてのダンジョン探索に加え、兄貴は発掘作業で張り切っていたし、ミリアムは殆どの時間で周囲の探索を行っていたために、疲労が溜まっていたのだろう。
俺も自分の布団で丸くなりたかったのだが、ライオスが今後の方針を相談したいと言ったので、眠い目をこすりながらなんとか起きている。
「さて、初のダンジョン探索を終えて、ニャンゴの予想通りにダンジョン以外にも遺跡がある可能性が高まってきた。ただし、本格的な発掘ともなれば俺達だけでは手に余る」
今回、対岸までの土を掘り返した方法は、ガドが崩して兄貴が固め、それを皆で運び出すというやり方だった。
人が通れる程度の広さならば、何とかこの方法でも発掘が出来たが、対岸の街並み全体を発掘するとなればチャリオットだけでは人手不足に陥るだろう。
「そこで、対岸があるという話はギルドに持ち込むつもりだが、その情報提供と引き換えに対岸までの通路拡張と安全性の確保、出来れば発掘場所近くに拠点の設置も検討してもらおうと思っている」
「ちょっと良いかな?」
「どうした、ガド」
「掘るのは勿論なのじゃが、掘り出した土の搬出方法についても検討してもらった方が良いじゃろう。今回は通路一本じゃったが、街を一つ掘り出すとなれば大量の土が出る。その土をどうするのか、考えておく必要があるじゃろう」
「なるほど、確かにそうだな……」
ガドの言う通り、発掘が本格化すれば大量の土が出るだろうし、街が埋まっているのは地下六十五階レベルの深さだ。
掘り出した土を地上に搬出するのは簡単ではない。
「何らかのお宝が出ないと、ギルドは動かないかもしれないわね」
「そうだな、レイラの予測も考慮しておいた方が良さそうだな」
何をやるにしても、ダンジョン内部の地下六十五階という条件が付いてまわる。
魔物が押し寄せてくれば命の危険があり、常に気が休まらないような環境では、働く人間も相応の報酬を求めてくる。
ただ土を運ぶという単純作業であっても、地上で行う場合と同じ賃金では人が集まらないだろう。
費用が嵩んだとしても、それを取り戻して余りある成果が出るならば、ギルドは一も二も無く賛成し力を貸してくれるだろう。
だが、対岸が存在する証拠だけでは、いささか決定力に欠けそうだ。
「まぁ、ギルドがどんな反応を示すかは、実際に報告してみないと分からん。とりあえず明日報告に出向くから、ニャンゴは同行してくれ」
「分かった」
ライオス達は、初のダンジョン探索が無事に終わった祝杯を上げるそうだが、俺は布団で丸くならせてもらおう。
さて、ギルドはどんな反応をするのだろうか。





