最下層に向かって
ダンジョンの内部には、多くの虫が生息してる。
明かりを灯すと、光に引き付けられて集まってくる。
当然、その虫を食べる虫がいて、その虫を食べる小動物がいて、それらを食べる動物や魔物が生息している。
最下層の横穴で、明かりを灯すと襲われるというのは、集まった虫を襲う連中がぶつかって来るから襲われているのと同じ状況になるのではないだろうか。
ダンジョン内部は基本的に暗闇なのだが、自ら発光する粘菌類、それに蓄光性の苔類などが生えていて、一度明かりを灯すとボンヤリとだが周囲を見れるようにはなる。
明かりが壊れてしまった場合、一瞬で真っ暗闇に閉ざされる訳ではなく、予備の明かりなどを用意するだけの余裕はありそうだ。
六十五階層で、ダンジョンが海上都市である事と対岸が存在している事の確認をした後、俺達は更に下の階層に向かった。
「ここからは隊列を入れ替えるぞ。先頭はガド、その後にシューレ、ニャンゴ、レイラ、フォークス、セルージョ、ミリアム、俺の順番にする。シューレは前方、ミリアムは後方を警戒してくれ。ニャンゴは明かりを頼む」
ダンジョン内部を進む場合、前方を明かりで照らすと同時に風属性魔法による探知を行って進むのが一般的だ。
こちらは暗い環境に慣れていないが、ダンジョンに暮らす魔物たちは適応している。
相手は暗がりから光を目当てに襲って来るが、こちらが目視で対抗するのは難しい。
そこで不意打ちを食らわないように、探知魔法で接近を察知するのだ。
当然、襲って来るのは前方からとは限らず、後方への備えも怠る訳にはいかない。
普段の討伐では、前衛としてライオスとガドが並ぶのだが、ダンジョンではライオスが後方からの襲撃に備える。
ダンジョンの下部にある広い区画は、全部で十一階層で構成されている。
俺達が発掘を行った階層を地上一階だとすると、地上七階、地下四階という構造だ。
地下一階部分に下りたところで、空属性魔法で明かりの魔道具をいくつか作り、周囲を広く照らし出してみた。
「本当に街みたいじゃな」
「こうして見ると、本当に広い……」
前を歩くガドとシューレが驚くのも当然で、地下一階、地下二階部分は商業地区だったらしく、ところどころが吹き抜け構造の巨大なショッピングモールのように見える。
イブーロの街のメインストリートを二段重ねにして、何倍にも延長した感じだ。
「もう金目の物は、みんな運び出された後みたいだな」
「そりゃあ、国中から集まった冒険者が血眼になって這いまわっていたんだろうからな」
セルージョやライオスが言う通り、お金になりそうな品物は残らず運び出された後という感じで、廃墟と呼ぶのが相応しい状態だ。
「ここからは、鉄とは違う金属も沢山みつかったそうよ」
レイラが言う金属は、アルミなどの合金なのだろう。
これだけの構造物を作るには、コンクリートや建材などのプラントもあったはずだが、ここが海上都市だとしたら、あまり近くには無いかもしれない。
「文献とかは残っていなかったのかなぁ……」
「風化したり、虫に食われたりして、判読出来るものは見つかっていないそうよ」
「そうなんだ……」
紙が無理だとしたら、パソコンとかメモリーとかの記録媒体も機能する物は残っていないだろう。
どれぐらい前の時代の物なのか分からないし、俺の前世とは異なる文明だろうから、IT機器なども全く別の物が使われていたのかもしれない。
俺がそれを見つけても、判別出来ない可能性もある。
途中の階段から、地下二階へと下りた。
「ライオス、前から二頭、さっきのやつかも……」
「後からも一頭来るわ!」
シューレが警戒の声を上げた直後、ミリアムも後方の異変を察知したようだ。
「ニャンゴ、前の二頭はさっきと同じ方法で追い払ってくれ、レイラ、ミリアムと場所を代われ、セルージョ、後の一頭を仕留めるぞ」
「了解!」
十字路の角から姿を現したのは、やはりレッサードラゴンだった。
前方から二頭、後方から一頭が示し合わせたように出て来る辺りを見ると、ここは奴らの狩場なのかもしれない。
「ウォール」
「グルゥゥゥ……」
近づいて来るレッサードラゴンの行く手を空属性魔法の壁で遮ると、ぶつかった直後に警戒するように身構えた。
首を傾げないところをみると、既に学習したさっきの個体なのだろう。
ならば、雷の魔法陣の痛みも覚えているだろうから、あっさりと引き下がるか……それとも、リベンジに向かって来るか。
「ちょっと強めの雷!」
「ガッ……」
「ギピィィィ……」
うん、尻尾を巻いて逃げていったね。
「ニャンゴ、後を援護するわよ……」
「了解、でもライオスとセルージョなら大丈夫じゃない?」
「レッサードラゴンは、あんなに簡単に追い払えるものじゃないわよ……」
「そうなの?」
「そうよ……腹は比較的柔らかいけど、背中や頭は硬いし、尾も強いからね……」
「なるほど……」
シューレの言う通り、レッサードラゴンの背中はワニよりも遥かに硬そうだ。
腹は柔らかいと言うけど、そこを攻撃するには距離を詰めなければならない。
セルージョの矢も正面からだと刺さる部分は限定されてしまうだろう。
「セルージョ、俺が注意を逸らすよ」
「おぅ、頼むぜ」
後からきた一頭は、前から来た二頭が逃げていったので、襲うか退くか迷っているように見える。
その顔の横に、小さな明かりの魔法陣を発動させた。
パッと反射的に顔を向けたレッサードラゴンの左目に、セルージョの放った矢が突き立つ。
「ガゥゥ……」
怯んだレッサードラゴンの胸に、一気に距離を詰めたライオスが剣を突き入れ、柄を大きく揺さぶってから引き抜いた。
切っ先がレッサードラゴンの体内を斬り裂いたのだろう、傷口からは鮮血が噴き出した。
「ギャゥゥゥ……」
レッサードラゴンは、その場で鋭く回転して尾を叩き付けて来たが、ライオスは余裕を持ってバックステップで躱してみせた。
「シールド」
ライオスに尾を叩き付けた直後に逃走を図ったレッサードラゴンは、俺が空属性魔法で作った盾に顔をぶつけて倒れ込んだ。
ジタバタと暴れてようやく起き上がったが、胸からの出血のせいか動きが鈍そうに見える。
そこへ左目の死角から接近したレイラが、レッサードラゴンの首筋にナックルブレードを振り下ろす。
吹き出す鮮血をレイラは軽やかなステップで躱してみせた。
立ち上がりかけていたレッサードラゴンの膝がガクンと折れて、そのまま俯せに倒れ込む。
プシュ……プシュ……っと心臓の鼓動に合わせて吹き出していた血の勢いが失われ、レッサードラゴンの目から光が失われた。
「よし、シューレとミリアムは周囲を警戒、レイラとニャンゴは水で血を流してくれ、ガド、セルージョ、ばらすぞ」
完全に死んでいる事を確認したら、手分けして解体作業に取り掛かる。
レッサードラゴンは、魔石の他に皮が高価で取り引きされる。
状態の良い物ならば、黒オーク一頭よりも高値で買い取ってもらえるので、解体中に他の魔物が寄ってくる恐れはあるが残していくのは勿体ない。
皮を大きく使えるように、討伐の時についた傷も利用して、皮を裂き、肉から剥がしていく。
腹側は皮が柔らかいのでナイフで削がないといけないが、背中側は皮を掴んで引っ張りベリベリと剥がし取った。
皮を剥いだら魔石を取り出し、最後に脂の乗った背ロースを切り取ってから移動する。
向かった先は、更に二階層下の『大いなる空洞』だ。
かつての地下駐車場と思われる階層には、広大な空洞が広がっている。
ここならば、多少は火を使えるらしい。
と言っても、薪を燃やすなどの火ではなく、魔道具の火のみ使用が許されている。
そういえば、魔道具の炎って二酸化炭素とか一酸化炭素を出すのだろうか?
炭素を燃やしている訳ではないので、空気を汚さないのかな?
レッサードラゴンの背ロースは、少し厚めにスライスして、空属性魔法で作った火の魔道具と網を使って焼いた。
火の魔道具を上下に配置した両面グリルで、時短クッキングだ。
料理をすれば匂いが出るし、匂いが出れば魔物や獣が寄って来る。
そこで、俺が料理をしている間、セルージョが風の流れを作って、匂いの流れる方向を限定している間にチャチャっと作る。
風はなるべく天井を這わせ、階段から追い出して吹き抜けの上へ向けて放出し、料理が終わった後も風を流してこの辺りの匂いを消す。
同じく風属性のシューレとミリアムは、探知魔法を使い続けているから、魔力回復の魔法陣でブーストしておいた。
染み出した脂で肉の表面がカリっとした所に、こちらの世界の味噌ラーシで作った甘辛いタレを塗って、ちょっと焦がせば出来上がりだ。
本当は、ご飯と一緒にワシワシ食べたいところだけれど、今日はパンに挟んでたべる。
「みんな、出来たよ! 邪魔が入らないうちに食べちゃおう!」
「おぉ、この匂いはヤバいな」
「ちゃんと飛ばしておいてよ、セルージョ」
「任せろ、ぬかりはねぇぜ」
いつ魔物が襲って来るか分からないから、ゆっくり味わっている暇が無いのが残念だ。
みんなに配り終えたところで、俺もガブっとかぶりついた。
「うみゃ! もっとしつこいかと思ったけど、意外とあっさりで鶏肉っぽい。噛み締めると旨みがジュワーっと出て来て、うみゃ!」
「おいおい、ニャンゴ。あんまり騒いでると、また奴らが寄って来ちまうぜ」
「そしたら、また雷の魔法陣を食らわせて、人に近づいたら痛い目に遭うって教えてやるよ」
「てか、あいつら覚えるだけの頭があるのか?」
「意外と、セルージョよりも頭が良いかもよ」
「そんな訳ねぇだろう!」
「えぇぇ……でもセルージョ、二日酔いになる度に、もう酒やめた……って言ってるよ」
「馬鹿、あれは学習していない訳じゃなくて……あれだ……挨拶みたいなもんだ」
セルージョの苦しい言い訳に、全員が吹き出した。
ひとしきり笑ったところで、ライオスが移動を指示した。
「ここは匂いが残っているから、少し移動してから休もう。その後は、いよいよ最下層だ」
この下にあるのは、対岸へと伸びる横穴だけだ。
ダンジョンに残された最後の難所であり、百人からなる合同パーティーが踏破を諦めて撤退してきたばかりだ。
勿論、俺達は踏破が目的ではなく見に行くだけだが、それでも危険は付きまとう。
休憩して、万全の体制で下りる予定だ。





