発掘
旧王都に到着して、最新のダンジョンの見取り図を確認してから、いくつもの違和感を覚えていた。
一番大きな違和感は、周囲に道路が一本も走っていない事だった。
このダンジョンからは、魔導車の基となる魔道具が見つかっていると聞いていたし、広大な空洞にスロープとなれば地下の駐車場で間違いないだろう。
地下駐車場があるのに道路が無いのは、どう考えてもおかしい。
それと、もう一つ違和感を覚えたのは地下鉄の走っている深さだ。
地下の三階、四階が地下駐車場だとすると、地下鉄の走っている深さは地下六階になる。
駐車場の階層は通常よりも高さに余裕が取ってあるだろうし、そうなると地下七階とか八階の深い部分を走っている事になる。
普通の地下鉄ならば、そんなに深い場所に作る必要は無い。
せいぜい地下四階程度の深さで十分なはずだ。
だとすれば、そんな深い場所を通さなければならない理由があると考えたのだ。
「ライオス、あったよ。貝の化石がびっしりだ」
「決まりだな、かつてここには海があった。ここは海に浮かぶ街だった」
ブルゴスさんが岩盤をくり抜いて作ったらしいと言っていた、一番下の階層はコンクリートの護岸だった。
その外側を埋めている土をガドに土属性魔法を使って圧縮して移動させてもらうと、カラスガイやフジツボのような化石がビッシリと付いているのが見つかった。
「ここに架かっていた橋はどうしちまったんだ?」
「たぶん、地震とかで落ちて、海の底に沈んで、その後火山灰で埋もれたんだと思う」
「なるほど、それじゃあ、この方向へと掘り進めれば、対岸の街に辿り着くってことだな?」
「どの程度栄えていた街かは分からないけど、対岸がある事だけは確かだよ」
「よし、ガド、試し掘りしよう。大人が通れる大きさがあればいい」
「了解じゃ。フォークス、手伝ってくれ」
「分かった」
ガドが穴の中心部を崩し、周囲は崩れないように外側に向かって圧縮する。
崩した土は、兄貴が丸めて固めて、それをみんなで転がして外へと運び出す。
「ニャンゴ、ガドとフォークスの魔力回復を頼めるか?」
「任せて」
魔力回復の魔法陣でガドと兄貴の魔力切れを防ぎ、更にトンネル掘削の効率をアップする。
十メートル程掘り進んだら一度休憩を入れ、更に十メートル掘ったら休むというパターンで作業を進めた。
三回目の休憩に入ったところで、セルージョが話し掛けて来た。
「ニャンゴよぉ、本当に対岸なんかが有るのか?」
「無かったら、最下層の北に向かう鉄路の行き先が無くなっちゃうよ」
「それもそうか……てか、昔の連中は、海の中にこんなものを作っちまったのか。とんでもねぇな……」
セルージョの意見には激しく同意だ。
南北一キロ半、東西二キロもの広さの埋立地を作るならまだしも、全体を一つの建造物にするなんて前世日本の技術よりも進んでいたのではなかろうか。
だとしたら、もっと画期的な遺物が沢山あったはずだと思うのだが、それとも用途が分からないまま処分されてしまったのだろうか。
三度目の休憩は、これまでよりも長めに設定していて、ガドは敷物の上に横になって鼾をかいている。
兄貴はといえば、ガドの左腕に頭を預けて丸くなり、こちらも寝息を立てている。
体格は大人と子供ほどの差があるけど、なかなか良いコンビだと思う。
うん、愛の形は人それぞれだし、兄貴が幸せならば俺は野暮は言わないよ。
まだ休憩終了までには時間があるはずだが、不意にシューレが立ち上がった。
「何か上がってくるわ……」
シューレは二十メートルほど先のエスカレーターと思われる階段を指差した。
僕らの周囲を照らしている魔道具の明かりに照らされてはいるが、ハッキリ見える程の明るさは無い。
薄暗がりの中から姿を見せた奴は、二本足で立つ爬虫類っぽいフォルムをしていた。
体長は三メートルぐらいだろうか、トカゲ人のライオスからは知性が感じられるが、そいつらからは野生の本能しか感じられない。
「なに、あれ?」
「レッサードラゴンの一種ね……」
「ライオス、どうするの?」
「傷付けずに追い払えるか?」
「やってみる」
レッサードラゴンが、どの程度の強さなのか知らないが、ここで討伐してしまえば、血の匂いが広がってしまう。
試し掘りを始めた穴が対岸まで到達する前に、別の魔物達が集まってしまうだろう。
姿を現したレッサードラゴンは二頭で、先が二股に分かれた舌を盛んにチロチロと出し入れしては臭いを嗅いでいる。
とりあえず、こちらに来られないように空属性魔法で壁を作って遮ってみた。
「クルルゥ……」
先に上がって来た一頭が、壁に鼻面をぶつけて首を傾げた。
後から来たレッサードラゴンも、同じように鼻面をぶつけて首を傾げている。
少し場所を変えて進もうとしては見えない壁にぶつかり、その度に首を傾げている姿はコントのようで面白いと思っていたのだが、徐々に苛立ちの色が見え始めた。
「ニャンゴ、あいつら襲う気満々だぞ」
「みたいだね」
壁は結構丈夫に作ってあるので壊されるとは思わないが、セルージョの声には警戒の色が混じっている。
「シャ――ッ!」
どうやら壁の存在を把握して、突き破らないと餌にありつけないと悟ったらしく、レッサードラゴンは鋭い声を上げ後ろ足で地面を搔き始めた。
「雷!」
「ガッ……」
レッサードラゴンがどの程度の勢いで突進してくるか分からないし、万が一壁が壊されると厄介なので、雷の魔法陣を使った。
涎を垂らして牙を剥いている口に突っ込んでやったから、威力はかなり抑えたけれど衝撃が頭を直撃したのだろう。
雷の魔法陣を食らったレッサードラゴンは、弾かれたように倒れて手足をバタつかせて悶絶している。
もう一頭は、何が起こったのか理解できず、悶絶する仲間と俺達の間を何度も視線を往復させている。
「さて、お前はどうする? 来るなら痛い目をみるぞ……」
俺の独り言が聞こえた訳ではないのだろうが、キョロキョロしていたもう一頭は低い唸り声を上げながら、こちらに向かって牙を剥いてみせた。
「グルゥゥゥ……」
「雷!」
「ギピィィィ……」
牙に向かって青白い火花が飛ぶのが見えた直後、レッサードラゴンは痛みに耐えかねて転げ回った。
「おーおー、レッサードラゴンが悲鳴あげてるぜ。マジで、この中は魔素が濃いのか?」
「魔素は濃いけど、ちゃんと加減してるよ。二頭とも死んでないでしょ」
「そうだけど、尻尾巻いて逃げってったぞ」
「居座られても困るじゃん」
「まぁな、しっかし、あんな連中までウロついてやがるのかよ」
「油断出来ないね」
事前に探知魔法で居場所を把握しているならば良いが、油断している所に鉢合わせなんかしたら、ちょっと洒落にならない相手だ。
「でも、あいつら、どこから来たんだろう?」
「そりゃあ、最下層の横穴じゃねぇの?」
「でも、冒険者は通れないんだよね?」
「何か通り抜ける方法があるんじゃねぇのか?」
この二つ下の階層からが、地下の駐車場だったと思われる大きな空間だが、空洞になっているけど全体を見通すような明かりはない。
もしかすると、空洞の何処かに巣を作っていたりするのだろうか。
「シューレ、他にもいそう?」
「近くにはいない……あいつらは、下の下へ逃げていった……」
やはり、大きな空洞となっている階層に住み着いているのだろう。
俺達の探索は、恐らくここを基点にして行う事になるのだろうが、安全のためには下の階層も確かめておいた方が良いのだろうか。
「フォークス、そろそろ始めるぞぃ」
「むにゃん……分かった」
ガドに起こされた兄貴は、眠そうに眼をこすっている。
もうそろそろ限界かなぁ……と思ったが、ブルブルっと頭を振ると、意外にもシャキっとした表情をしてみせた。
もしかすると、ハイオークの襲撃の後で、アツーカ村に残って避難スペースの設置工事を続けていたおかげで、魔法を使うスタミナが鍛えられたのかもしれない。
休憩を終えて作業を再開し、更に三メートルほど掘り進んだ所でガドが声を上げた。
「ライオス、あったぞ。そっちと同じ波型の鉄板のようじゃ」
「よし、そちら側がどうなっているか、もう少しだけ掘り進めよう。ニャンゴの推測では、ここは多くの車が行き交う場所だから、すぐには建物などにはぶつからないだろうが、路面の状態などを見ておきたい」
「了解じゃ、ならば作業を再開するぞ」
対岸の存在が現実となり、ガドの声もいつになく弾んでいるように聞こえた。
更に一メートルほど掘り進めると、路盤はダンジョン側と同じ仕様で作られているのが良く分かった。
「よし、今回の発掘はここまでにしておこう。掘った穴の入り口だけ埋め戻して、地上に戻る前に、一度最下層まで下りてみよう」
俺達の発見を横取りする奴がいるとは思えないが、念のために穴の入り口だけ埋め戻した。
休憩を取った後は、大発見の報告の前にダンジョン観光を楽しませてもらおう。





