正体見たり……
いかにして船幽霊を誘き出すか。
結局は、俺の知名度を利用する作戦となった。
一つは挑発。
タハリでも、エルメリーヌ姫を救った『巣立ちの儀』の襲撃を題材にした『恋の巣立ち』という演劇が評判になっていて、名誉騎士ニャンゴ・エルメールの名前は知られている。
そのエルメール卿が、船幽霊退治に乗り出すという噂を流すのだ。
反貴族派による大規模な襲撃を退け、エルメリーヌ姫を守り抜いた名誉騎士が退治に乗り出すのだから、船幽霊はビビって出て来ないだろうとか。
あるいは、出て来たとしても何も燃やせずに帰ることになるとか。
半年も成功続きで調子に乗っている連中を挑発して引きずり出そうという考えだ。
だが、ただ挑発するだけでは、腹は立てても出て来ない可能性もある。
そこで、二つ目の要素としてメリットを付け加える。
あのエルメール卿でも正体を見破れないなら、それは怪異で間違いないだろう……被害に遭った連中は、何か幽霊の怒りに触れたのだろう……といった噂も流す。
つまり、エルメール卿を騙し切れれば、自分達の身の安全が保障されるように錯覚させるのだ。
船幽霊を演じている連中を挑発し、一方でメリットがあるように思い込ませる事で、単に引きずり出すだけでなく俺との対決ムードを煽り、こちらが待ち構えている場所に誘導するという狙いもある。
作戦を決めた翌日は、早速噂を撒きにタハリの各地を回った。
まずは、冒険者ギルドと商工ギルド。
どちらも人の出入りが多く、街の経済の中心的な存在なので、ここで噂を広げれば自然と街中に広がっていく。
冒険者ギルドにはライオスが向かい、職員に趣旨を話して噂の拡散に協力してもらった。
商工ギルドには俺とレイラが出向き、こちらでも噂が広がるように手配してもらった。
そして、セルージョ、シューレ、ミリアムの三人が向かったのは『恋の巣立ち』を上演している劇場の近くだ。
言うなれば、タハリで俺の名前が一番売れている場所で噂を撒けば、演劇を通して俺の存在を知った人々に広がるだろうという計算だ。
しかも、シューレが俺の活躍を期待する役、セルージョが俺の活躍を疑問視する役を演じ、攻撃と防御には長けているが探索は苦手という印象を与えるようにした。
セルージョ曰く、演劇とかではただ強い主役では客の受けは今いちで、どこかに弱点がある人物がそれを工夫して敵を倒したりすると盛り上がるらしい。
実際には、空属性魔法の探知ビットを使えば、シューレにも負けない探索が出来るけど、わざわざ宣伝する必要はない。
そうして噂を広げて迎えた夕方の岸壁は、俺の想像を超える状況になっていた。
「ねぇ、ライオス。みんな暇なのかね?」
「それだけ注目度が高いって事なんだろうな」
朝から噂を広め始めたのに、その日の夕暮れ時から、俺達がいる川の東側の岸壁には見物人が集まり始めていた。
それどころか、見物人を目当てにした屋台まで並び始めている。
俺は、午後は冷房を効かせた馬車の中で仮眠していたのだが、夕方には官憲の見回り担当が挨拶に現れたりもした。
てっきり船幽霊を演じている連中の逮捕についての見回りかと思いきや、見物人が集まる事で発生するトラブルへの対処だと言っていた。
その時は、何を言ってるのだと思っていたが、日が傾くと見物人の数は増える一方となった。
「いくらなんでも人が集まり過ぎじゃない?」
「そうだな……だが、調子に乗っている連中が怪異だとアピールするには持って来いだと思うかもしれんぞ。それに、岸辺が明るくなると、余計に沖合は暗く見えるものだ」
「なるほど……じゃあ計画通りだね」
「そうだ、できれば初日で片を付けたいところだな」
当然、船幽霊を演じている連中を捕えるのは一発勝負になるだろう。
二度目が許されない状況で、目的は違えども官憲まで参加するのは有難い。
捕えたその場で証拠を押さえると同時に、引き渡してしまえば良いのだ。
それに、状況を官憲の係官が目撃していれば、後々揉める心配も少なくなるだろう。
チャリオットは、二艘の小舟と漕ぎ手を雇った。
港の沖合にいる犯人達を捕らえるために、それぞれの船にはライオスとセルージョが乗り込む。
そして夕日が沈み、沖合は闇に包まれた。
半月から欠け始めた月は、もっと遅い時間にならないと昇って来ない。
ライオスとセルージョが小舟で待機する一方、俺は闇に紛れて沖合の上空を空属性魔法で作ったボードに乗って漂っている。
空も海も暗く闇に沈んでいるが、港の岸壁の上は昨日とは打って変わって明るく、人のざわめきも絶えない。
何よりも、多くの人が岸壁に腰を下ろして沖合を眺めているのだ。
港には船が停泊しているので、沖が眺められる場所を探して、見物人があちこち移動する姿も見える。
俺は高さ十メートルほどの場所で周囲を見回しているのだが、船のようなものは見当たらない。
ただ、明かりの無い沖合は暗く、確認出来ないだけかもしれない。
いつ船幽霊が現れても良いように準備を調えつつ待ち構えていたのだが、一時間経っても二時間経っても何も起こらなかった。
見物人は、さぞや退屈して引き上げ始めるのではないかと思いきや、何やら楽器を演奏する一団が現れて、即席のダンスパーティーが始まっていた。
そりゃあ見物している人間にとっては娯楽でしかないのだろうが、船幽霊の正体を暴くとか、対決するといった緊張感が台無しだ。
配置についてから三時間、今夜は現れないかと諦めかけた時だった。
真っ暗な港の沖合五十メートルほどの場所に、突然ボッと青白い光が点った。
俺の見ている場所からは三十メートルほど離れた海面を滑るように移動して、見物人が集まる岸壁の中央に停泊している船へと向かっていく。
「出た! 船幽霊だ!」
「船が燃やされる!」
沖合を眺めていた見物人が叫び、賑やかだった音楽がパタっと途絶えた。
「ウォール!」
船を目指していた人型の炎は、俺が空属性魔法で作った壁にベッタリとへばりついた。
消える気配が無いので壁ごと海に沈めたが、それでも海面で燃え続けている。
よほど可燃性の高い液体を布に染み込ませているのだろう。
「にゃんだ、あれ!」
人型の炎の行く手を阻むのと同時に空属性魔法で作った明かりの魔法陣を発動させると、明るくなった。
上から見ると船の形をしているのだが、海面からでている部分は二十センチ程度しかない。
縁の部分が厚くなっているのは、浮きの役割を果たしているからだろう。
舷側は低いが船底は浅く、大きなパドルボートみたいな作りになっているようだ。
特殊な形の黒い船は、発見されたと気付いたらしく川の方向へと逃走を始めた。
帆もオールも無しで、一体どうやって進んでいるのだろう。
「悪いけど逃がさないよ、ラバーシールド!」
逃走する船の前方にラバーシールドを作って海中へ沈める。
弧を描くように作ってあるから、船は勢いのままに岸壁の方向へと向きを変えた。
「くそっ、どうなってやがる」
「どこに向けて走らせてやがる、この間抜けめ!」
「うるせぇ、舵が効かねぇんだよ」
操船を担当している男は、必死に舵を切っているみたいだけど、ラバーシールドを継ぎ足しているから岸壁に近付いていく一方だ。
「諦めな、もう逃げられないよ」
「なんだと……なんで浮いてやがる!」
「くそっ……風よ!」
操船していた男が右手を振るい、おそらく風の攻撃魔法を放って来たのだろうが、先に展開した空属性魔法のシールドを壊すほどの威力は無かった。
「飛び込むぞ! って、何だこりゃ!」
「ブヨブヨした壁に囲まれちまってる!」
「だから言ったじゃん、もう逃げられないって」
これ以上岸壁に近づくまいと速度を落とした船をラバーシールドでぐるっと取り囲んでおいた。
二人はナイフを取り出して、なんとかラバーシールドを破ろうとしていたけど、その程度の攻撃じゃ壊れたりしないんだよねぇ。
「ではでは、雷!」
「ぎゃぅ!」
ラバーシールドに突き立てようとした切っ先の前に雷の魔法陣を展開しておくと、船の前側に乗った男は悲鳴を上げてナイフを放り出した。
「手前、何をしやがった?」
雷の魔法陣に接触した男は、死んではいないようだが、釣り上げられた魚みたいにビクンビクンしている。
「大人しくしてなよ。次は手加減しないよ」
「くっ……」
わざと冷たく言い放つと、操船を担当していた男もナイフを放り出して座り込んだ。
程なくして、ライオスとセルージョの船が相次いで到着して、黒装束の男達はロープで縛り上げられた。
「あぁ、こいつが船幽霊の正体か」
特殊な船に乗りこんだセルージョが中を見回すと、小振りの樽が五つほど積まれていた。
中には液体に漬された白い布が入っていて、それを広げると人型になるようだ。
「しっかし、ヘンテコな船だな。どうやって進むんだ?」
セルージョが船を調べたが、どうやって動かしているのかサッパリ分からないようだ。
「まぁ、船を調べるのは俺達の仕事じゃねぇか、とりあえず引っ張って帰るとすっか」
一艘の船に犯人の男達とライオスが乗り、セルージョが乗った船で特殊船を引っ張っていく事になった。
俺もセルージョの側の船に同乗していく。
ギッ、ギッ……っとリズミカルな櫓の音と共にゆっくりと進む小舟が向かう岸壁では、また賑やかな音楽と共にダンスパーティーが再開されたようだ。





